10年後の未来、『Fate/stay night』でセイバーはマスターである衛宮士郎に語り聞かせる。
前のマスターであった衛宮切嗣に話しかけられたのは令呪の際のたった三度きりだった、と。
それを受け止める形で、虚淵玄は『Fate/Zero』セイバー陣営の主従関係を練っている。
令呪で契約した其の二人は、とことんまで生き様が噛み合わない。
望む先は似通っているくせ、決定的に、信念をたがえているから。
物語序盤、衛宮切嗣の切り札により、ランサーのマスターは生命の危機を迎えた。
ランサーと対峙していたセイバーは、ともすればマスターの危機を迎えることを認識しながら忠道のために道をあける。
それは、セイバーの信念たる騎士道を歩む上での道理であり、誇りである。
一方、衛宮切嗣はその行為を契機にセイバーに対して見切りをつける。
ランサーのマスターと衛宮切嗣が共にいることを知りながら、敵サーヴァントを自身のマスターの元へと向かわせるなど。
それは衛宮切嗣の信念に照らし合わせると、愚行でしかない。
もし、ランサーのマスターに意識があれば……
ランサーに令呪を下せるだけの余力があれば……
所詮 サーヴァント同士の絆や誇りなど、マスターの令呪によって簡単に犯され穢され、衛宮切嗣は命を落としていただろう。
それが自明なだけに、衛宮切嗣は眉をひそめ、セイバーとわかり合えぬ瞭然を噛みしめることとなる。
決定的に、分かり合えない――
されど一方で、二人は強固な絆によって結ばれている。
アイリスフィールがさらわれた折に衛宮切嗣が用いた令呪がそうだ。
もちろん、アイリスフィール当人も二人の緩衝材の役割を果たしていた。
それでも、二人は其の絆の存在を意識しながらも背を向ける。
最後の最後まで、衛宮切嗣はセイバーに対して声をかけようとしない。
ことさらに声を大きくして自身の考えや言葉を聞かせることはあっても、声は向けない。
本当に、最後の 最後まで。
衛宮切嗣がセイバーに向けたのは、【言葉】ではなく、令呪としての【意志】だけ。
「令呪を以て我が傀儡に命ず! セイバー、土蔵に戻れ! 今すぐに!」
「衛宮切嗣の名の許に、令呪を以てセイバーに命ず――宝具にて、聖杯を破壊せよ――」
「第三の令呪を以て、重ねて命ず――セイバー、聖杯を破壊しろ!」
たった、みたび。
ただそれだけの言の葉を言霊として、衛宮切嗣はセイバーに【意志】を手向ける。
セイバーが向けてきた言葉はすべて手折った上で。
やがて二人は決裂し決別し、それぞれの最期に向けて生き始める。
衛宮切嗣は償いの形として、死地で一人の少年の命を助ける。
セイバーもまた、先とは異なる願いを胸に抱きて次なる聖杯戦争に祈りを託す。
閉じゆく『Fate/Zero』という物語に、二人をつなぐ新たな絆は明示されない。
少年の形をしたその絆は、衛宮切嗣に命を救われ、願いと理想を受け継ぎ。そうして、次の聖杯戦争でセイバーのマスターとなるのだ。
それは、『Fate/stay night』をプレイして、はじめて理解できる絆の形。
時にその絆は、セイバーよりももっと大切な何かを優先することもあるし、些細な過ちから命を摘み取られる可能性だって秘めている。
絶対な強度を誇る絆などでは決してない。
されど確かに、衛宮切嗣とセイバーをつなぐ絆として成立しているのだ。
―――― 貴方が私に残した 固くもろい絆
このように、柴咲コウの『冬空』は歌いだされる。
実際、『Fate/Zero』におけるセイバー陣営の絆は儚いものだった。
しかしながら、未来には。
わずか10年後、再度召喚されるセイバーは、切嗣の残した 令呪以上の絆と出逢う。
セイバーが再び聖杯に臨むとき。
切嗣との絆がどんなものだったかを、セイバーもようやく気づけるのだ。
最前線で『Fate/Zero』を読む