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読者レビュー

銅

Fate/Zero

問いと答えが出会うまで

レビュアー:ややせ Novice

小説とはずるいものだ。
すべての捉えようのない出来事を、人の感情を、広大な空間を捕まえて。針と糸で串刺しにするように、長い長い一列の言葉にしてしまおうというのだから。
本当ならば同時に起こったこと、波紋が広がるように連鎖していったこと。そういったものが無遠慮な順番という形式に押し込められてしまう。
だからこそ、情報量の制限されたノベライズにがっかりさせられることがある。
けれど、だからこそ、手元に記憶を置くものとして小説という形が愛されてきたのもまた事実である。

先に述べておくと、私はFate/Stay nightを知らないし、Fate/Zeroのアニメも見ていない。友人が「ウェーバーちゃんが!ウェーバーちゃんがあぁぁ!」と叫ぶのをなんのこっちゃと呆れて聞いていたくらいのものである。
FateFateと何かと騒がしい昨今、私のように、ゲームなのかアニメなのか一体何なのか?という予備知識の無い状態で、小説を手に取る人も少なくないだろう。
この物語は、聖杯と呼ばれるどんな願いでも希望でも叶えてくれるとされるモノを、選ばれた七人のマスターとそれぞれが召還したサーヴァント(歴史上の有名な人物の英霊)が、奪い合うというバトルロイヤルものである。
サーヴァントにはアサシンだとかバーサーカーといったクラスがあり、それに応じた特殊スキルがあり、単純な力の強弱では計れない戦いとなる。つまり、魔術が存在するこの世界らしい派手で幻想的な戦いが展開されるのだけれど、実際に行ってみると盤遊戯のような戦略の方がむしろ重要になってくるのだ。
マスターとサーヴァントの関係、あるいはマスター同士サーヴァント同士の関係、そこにはドラマがあり、それが後々の戦局に大きな影響を及ぼしていく。

どのマスターもサーヴァントも個性豊かで魅力的だから、誰が主人公というのもぴんとこないのだが、あえて言うならば主人公はアーサー王の英霊であるセイバーとそのマスターの切嗣チームだろうか。
かの有名なアーサー王の英霊、騎士王であるセイバーはなんと少女の姿で顕現し、そのことが元でマスターである切嗣とはどうもしっくりこない。しっくりこないどころか、正義や理想をまっすぐに追求するセイバーに対し、目的のためなら手段を選ばない切嗣は正反対だ。
肉体が滅びた後の、いわば伝説やイメージといった輝かしい存在が英霊だとするのなら、セイバーは最初からどこかおかしな感じがする。その理由は終盤で明かされるが、それはそのまま、切嗣の理想とする望みが歪んでいることをひっそりと暗示しているようにも思える。
Fateには、マスターとサーヴァントが知略や能力を駆使して華々しく活躍する物語であると同時に、死すべき身体の持ち主であるマスターと既に肉体を持たないサーヴァント達の苦しい悔恨の物語という二つの面がある。
永続する栄光はどれも曇りなく眩しい。
まるで運命に踊らされるマスター達の死や英霊達の改竄された歴史は、その栄光のため犠牲となって聖杯に注がれるかのようでもある。
それは、聖杯が納めるに相応しい理想を待っているからだろう。
何を犠牲にして、何を願うのか。問い続け、答え続けられない者に勝利はない。

さて、最初の話題に立ち返り、小説とは単なる情報を小さくダイジェストにまとめたものに過ぎないのだろうか、と自分に問うてみる。
アニメやゲームには存在するであろう音も絵もなく、そもそもの物語の本編ではなく、どちらかと言えばスピンアウト的なこのFate/Zeroだ。これだけでは楽しめないのではないか、という恐れを、手に取ったときに感じてしまうのは仕方がないことかもしれない。
けれど、答えは否だ。
小説版は、この膨大な物語世界を受け止めるために受肉した投影機だ。
第四次聖杯戦争とはどういうものだったのか。次の聖杯戦争はどうなるのか。既に始まっている次代の物語を予見しつつ、何度でも頁を繰って見ることができる。
もし自分がマスターだったら、どんな英霊とどんな戦い方をするだろうか。そう、想像するのも誇らしく楽しい。

ちなみに、友人が「ウェイバーちゃん!!!」と騒ぐ理由はよく分かった。
私も彼と、彼のサーヴァントとのやり取りが一番心に残っているし、彼らのエンディングには身体が震えてしまった。……類友というやつなのかもしれない。

2012.01.17

のぞみ
あらすじというのか、概要というのか、最初の方にあるFateの説明は分かりやすくて良いと思いました!
さやわか
これはですな、『Fate』を知らなかったころの自分についてから順に書いてあるおかげで読みやすく、親しみやすいんですよ。レビューを書いている今は、この方はすでに『Fate』がどんな話か知っているんです。でも、作品を知らずにレビューを読む人のために、自分もなんだかよく知らなかった、という話から書いている。読者目線になってあげているんですね。こういう、読み手を意識した書き方というのはレビューに限らず文章を書くときの基本だと思いますよ。
のぞみ
最後の段落の素直な感じが好きですわ!
さやわか
そうなんですよ。全体的にはわりと硬い感じで書き進めていながら、最後に「身体が震えてしまった」という、素朴な感情の見える書き方になっている。偶然なのかもしれませんが、うまく構成されていると思いました。もちろん、「膨大な物語世界を受け止めるために受肉した投影機だ」みたいな比喩もうまくできていると思います。強いていえばわずかに冗長なところがあるかな? というくらいです。ともあれ、「銅」を献上いたします!

本文はここまでです。