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読者レビュー

銅

Fate/Zero

正義をなすもの

レビュアー:Panzerkeil Adept

 虚淵玄の手になる、第四次聖杯戦争を描いた公式小説である。Fate/stay nightの前史に相当する。恐ろしくも分厚い小説であるがサクサク読めた。虚淵玄の文章はいっけん難解そうであっても、非常にロジカルで頭に入りやすいという特徴がある。
 ゲームでも、ある程度描かれていたものの、漠然としていた第四次聖杯戦争が具体的な形になっているのが興味深い。とても悲惨な物語だけど、独特のユーモアがあるのは原作ゲームの持ち味を良く生かしていると思う。
 この作品で主人公と言えるのは、Fate/stay nightではすでに故人となっている、衛宮士郎の養父である衛宮切嗣だろう。
 彼の究極の目的は正義をなすことであり、可能な限り多くの人間を救うことだ。しかし、この目的は自己矛盾を含んでいる、可能な限り多くの人を救うという事は、必ず救われない人もいるという事だからだ。先に虚淵玄の文章はロジカルだと言ったが、これは物語そのものにおいてもそうである。
 偶然ではあるが、この小説を最初に読んで少ししてから、哲学者のマイケル・サンデル教授による「ハーバード白熱教室」という番組がNHKで人気だったが、このテーマがまさに「正義」で、衛宮切嗣が直面した問題が取り上げられていた。これは人類の歴史を通しての命題でもあるのだ。
 Fate/stay nightの前史である以上、衛宮切嗣の物語が、悲劇で終わることは避けられないのであるが、この正義という怪物に立ち向かい、絶望し、そして最後に希望を繋いだ姿を多くの人に読んで頂きたいと思う。
 せっかくなので、ロジカルという言葉について、もう少し考察してみよう。虚淵玄のロジカルな要素というのは、文章や物語だけではなく設定や道具立てにも及んでいる。
 例えば衛宮切嗣は魔術師であるが、魔術よりも有効であると判断すれば最新のテクノロジーを使う事に何のためらいも無い。彼は時間制御に特化した限定的な能力しか持たないが故に、むしろ通常兵器、銃や爆発物を積極的に使用している。
 実にロジカルであるし、魔法の世界に、現代戦の要素を取り入れているのは、実に斬新であるとも言える。そういった楽しみ方も見逃せない。
 余談ではあるが、同じく虚淵玄が脚本を担当したアニメ魔法少女まどか☆マギカに登場する暁美ほむらも、時間制御に特化した、戦闘能力の低い魔法少女であり、銃器等でそれを補っていた。私は暁美ほむらの原型は衛宮切嗣ではないかと考えている。美少女とオッサンの違いはあるけれどね。

2013.05.29

さくら
「正義」って考えると難しいですね。子どもたちが想像するヒーローには共通のイメージがありますが現実には勝てば官軍、という言葉があるくらいですし…切嗣のロジカルな部分ってすごく非道にもみえるけれど彼にとっての「正義」を貫いていて、ちょっと魅力的ですよね。
さやわか
『Fate/Zero』という作品のことをよく理解していて、しかもその魅力を語ろうという姿勢が感じられます。虚淵玄のロジカルさについての言及も面白いですな。このレビューにはそれだけで「銅」に相当する価値があると思います! ちょっとだけ惜しいのは、このレビューがFate/stay nightとか虚淵玄とか、あるいは衛宮切嗣という登場人物についての知識を前提としてしまっていることです。レビューというのはそれらの作品を知らない人に興味を持ってもらうものなので、全く作品への知識がなくても読めることが望ましい。その点がちょっと、このレビューの敷居を上げてしまっていると思いました。知っている人のために書かれるテキストとしては興味深い分析にまで踏み込んでいるので非常に悔しいのですが、やはりここは「銅」ということにいたしました!

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