虚淵玄『Fate/Zero』
虐げられている貴方を見てるのも、割と好きだったんだよ。
レビュアー:ユキムラ
申し訳ありません、前回のレビューでの発言を一部取り下げます。
私は間男ランサーに対して、ツンデレ属性なんて発動していません。今後一切、発動させる予定もないのです。
『Fate/stay night』からFateに入った私としては、どうしてもランサー同士を比較してしまいます。
その二人のランサーを天秤にかけると、私はどうしても『Fate/stay night』のランサーに天秤を傾けてしまうのですよ。
『Fate/stay night』は分岐のあるルートなので一概には言えませんが、えー...なんていうか、ランサーが漢前なのです。
「そこにシビれる!あこがれるゥ!」とはまた違った魅力で、一生ついていきたくなります。
マスターを裏切ってまで己が信念を貫き、凛を助けたシーンなんて、「凛、ちょっと変われ!」と叫びかけたほどで。
転じて『Fate/Zero』における間男ランサーは…「まぁ顔だけだな」という感じだったりするのです。
いえ、他に魅力もありますよ? 多分。
騎士道精神とか忠節っぷりとか……あとホクロとか?
だが所詮はそれだけ止まりの男。私の心にはまったく響いてこないのです。
否。
響くシーンがひとつだけありました。
臨終のかのシーンです。
さすがにあそこは同情したものです。
いえいえいえ、私が真実同情したのはソラウに対してやも知れません。
こたびの生こそ忠義を貫こうとするランサーにとっての、獅子身中の虫。
けれどソラウのその慕情は恋に違いなくて。
サウンドドラマでの一味違った演出の最期には、私はソラウに対して明らかなる憐憫の情を抱いたものです。あるいは当て字な恋憫の。
それからというもの、間男ランサーの最期を読むたび/聴くたび、私の口許には嗤いが浮かびます。
因果応報だと
自業自得だと
昏い感情を覚えずにはいられないのです。
これは恋ではありません。愛なんかではありません。まして、ツンデレであるはずがない。
――けど、もしかしたらヤンデレってやつなのかも知れませんね。
だってやっぱり、その後ろ姿を目で追って、ふりかかる災厄や試練に一喜一憂しちゃうんだもん。。。
私は間男ランサーに対して、ツンデレ属性なんて発動していません。今後一切、発動させる予定もないのです。
『Fate/stay night』からFateに入った私としては、どうしてもランサー同士を比較してしまいます。
その二人のランサーを天秤にかけると、私はどうしても『Fate/stay night』のランサーに天秤を傾けてしまうのですよ。
『Fate/stay night』は分岐のあるルートなので一概には言えませんが、えー...なんていうか、ランサーが漢前なのです。
「そこにシビれる!あこがれるゥ!」とはまた違った魅力で、一生ついていきたくなります。
マスターを裏切ってまで己が信念を貫き、凛を助けたシーンなんて、「凛、ちょっと変われ!」と叫びかけたほどで。
転じて『Fate/Zero』における間男ランサーは…「まぁ顔だけだな」という感じだったりするのです。
いえ、他に魅力もありますよ? 多分。
騎士道精神とか忠節っぷりとか……あとホクロとか?
だが所詮はそれだけ止まりの男。私の心にはまったく響いてこないのです。
否。
響くシーンがひとつだけありました。
臨終のかのシーンです。
さすがにあそこは同情したものです。
いえいえいえ、私が真実同情したのはソラウに対してやも知れません。
こたびの生こそ忠義を貫こうとするランサーにとっての、獅子身中の虫。
けれどソラウのその慕情は恋に違いなくて。
サウンドドラマでの一味違った演出の最期には、私はソラウに対して明らかなる憐憫の情を抱いたものです。あるいは当て字な恋憫の。
それからというもの、間男ランサーの最期を読むたび/聴くたび、私の口許には嗤いが浮かびます。
因果応報だと
自業自得だと
昏い感情を覚えずにはいられないのです。
これは恋ではありません。愛なんかではありません。まして、ツンデレであるはずがない。
――けど、もしかしたらヤンデレってやつなのかも知れませんね。
だってやっぱり、その後ろ姿を目で追って、ふりかかる災厄や試練に一喜一憂しちゃうんだもん。。。