虚淵玄『Fate/Zero』
悲槍をめぐる物語
レビュアー:ユキムラ
「……姉ちゃん」
「なに?」
「さっきネット通販のサイトで見とったサンダル、もしかして買うつもりやったりするん?」
「いや、買わへんけど。ただのウィンドウショッピング」
「ふーん。それやったら別にええわ」
「どないしたん? 言いたいことあるならサッサと言えやコラ」
「…………。あのサンダルって、ランサーが履いとったやつに似とったから。そんな理由で買うつもりやったら、弟として止めるべきかなー思て」
「へ? ランサーは全身青タイツやからサンダルなんか……あー、間男ランサーの方のことか。確かにアニメ一期のエンディングでグラニアとおそろで履いとった。かわいかったなぁ…(うっとり)」
「ランサーが?」
「グラニアちゃんに決まっとろうが! キモイこと言うなやボケ!! ……で、何? さっき『買うつもりやったら止めるべきかなー思て』とか言わんかった?」
「言いました」
「なぜに」
「あのタイプのサンダルって、裸足で履くんが普通やんか。でも姉ちゃんって基本ズボラでケチやから、絶対に足に日焼け止めとか塗らんやろ? やからめっちゃ足日焼けしそうやん。腹が黒い分、色が白い姉ちゃんを心配してだな……」
「それはどうも。途中、非常に聞き捨てならん単語がしばしば聞こえたけど、聞こえんかったことにしたるわ」
「と言われながらも、俺が蹴られてるのはなんでだろう……」
「なんでだろうね!」
「…………。ランサー程じゃないけど、女運が悪くてかわいそうな俺」
「お前の女運云々はおいとくにしても、間男ランサーは別にかわいそうじゃないだろ」
「え? ……いやいやいや、姉ちゃん、想像してみぃよ。もうちょっとだけ女運とか主運が良くなったランサー。それと比べて今の不遇っぷりときたら! 男の俺でも同情するんですけどー? ………………メシウマw」
「今、小声でメシウマとか聞こえたけど」
「気のせいです」
「さよか。つーか、間男ランサーから薄幸を抜いたら、奴の魅力なんか中の人だけになってしまうやんか。流石にそれはヤバイやろ」
「え、いや……あの。……ランサーには他にも魅力、あります よね?」
「は? どこに?(真顔)」
などという、姉弟の会話なんてなかった。なかった ったらなかった!!
さりとて、かの間男ランサーの薄幸もまた奴の魅力であることは否定しきれないと、私は考える。
それは、未踏の雪を踏むのに似ているのだ。
朝日に照らされて耀く一面の白銀の、その、誰にも何物にも穢されていない薄くなめらかな 芸術にも近い雪面を。
自らの足で踏みつけにして、支配する。
この瞬間ばかりは、雪面を蹂躙した者こそが冬のさなかの王になりえる。
その心地好さを、言葉で紐解き解説するは ひどく難い。
まっすぐに、ただ騎士として忠義の為に生きて死にたいと考える悲壮なる祈り。周囲の理解が伴わないばかりに、その稀求は手折られ続けて。
考えてみれば、登場してすぐの見せ場でもそうだった。
自身の実力を出しきってセイバーに勝ちたい/勝ってみせるとするランサーに、マスターたるケイネスは令呪で以ってその槍先を歪ませる。
ゆえにセイバーは苦戦し、ランサーの胸中もまた苦悩にまみれた。
ライダーの言によりその場ばかりは収まったものの、ランサーのゆく先には、彼の求めた忠義のカタチがあるはずもなく。
一度目の生ゆえに、二度目の主君に裏切られた。
一度目の生ゆえに、二度目の主君に仕えきりたかっただけなのに。
そんな二律背反があるからこそ、読者はランサーを、そしてランサー陣営を意識する。ただ単に序盤のセイバーのライバルだとか噛ませ犬だとか、そんなふうには思わずに。
刹那の業を背負った哀しき立ち姿にこそ、『次』を求める。この悲哀の男は、次はどうなるのか。どうなってしまうのか。
其の手の悲槍なる緋槍を誰が為に誰に向けるのか。
魂を掴まれたかの如くに意識を吸い寄せられ、さんざ揺さぶられる。
地の文が醸し出す雰囲気やら 衛宮切嗣の暗躍やら 著者の今までの作風やらを思えば、ランサー陣営が勝利を掴み取る確率など、それこそ/Zero
だから、これは、ランサーにとっては敗北に至る道のり。
懸命に生きて灯した命の耀きを、消される過程の物語。
けれど――
散々 足蹴にされて、それでも変わらぬ祈りをいだいて主君に仕えようとしていた、其の姿勢は。
薄幸にも負けまいと耀いていた命のともしびは。
とても鮮烈で。
だからこそ、私はこの男の登場シーンを流し読むことなんてできやしないのだ。
最前線で『Fate/Zero』を読む
「なに?」
「さっきネット通販のサイトで見とったサンダル、もしかして買うつもりやったりするん?」
「いや、買わへんけど。ただのウィンドウショッピング」
「ふーん。それやったら別にええわ」
「どないしたん? 言いたいことあるならサッサと言えやコラ」
「…………。あのサンダルって、ランサーが履いとったやつに似とったから。そんな理由で買うつもりやったら、弟として止めるべきかなー思て」
「へ? ランサーは全身青タイツやからサンダルなんか……あー、間男ランサーの方のことか。確かにアニメ一期のエンディングでグラニアとおそろで履いとった。かわいかったなぁ…(うっとり)」
「ランサーが?」
「グラニアちゃんに決まっとろうが! キモイこと言うなやボケ!! ……で、何? さっき『買うつもりやったら止めるべきかなー思て』とか言わんかった?」
「言いました」
「なぜに」
「あのタイプのサンダルって、裸足で履くんが普通やんか。でも姉ちゃんって基本ズボラでケチやから、絶対に足に日焼け止めとか塗らんやろ? やからめっちゃ足日焼けしそうやん。腹が黒い分、色が白い姉ちゃんを心配してだな……」
「それはどうも。途中、非常に聞き捨てならん単語がしばしば聞こえたけど、聞こえんかったことにしたるわ」
「と言われながらも、俺が蹴られてるのはなんでだろう……」
「なんでだろうね!」
「…………。ランサー程じゃないけど、女運が悪くてかわいそうな俺」
「お前の女運云々はおいとくにしても、間男ランサーは別にかわいそうじゃないだろ」
「え? ……いやいやいや、姉ちゃん、想像してみぃよ。もうちょっとだけ女運とか主運が良くなったランサー。それと比べて今の不遇っぷりときたら! 男の俺でも同情するんですけどー? ………………メシウマw」
「今、小声でメシウマとか聞こえたけど」
「気のせいです」
「さよか。つーか、間男ランサーから薄幸を抜いたら、奴の魅力なんか中の人だけになってしまうやんか。流石にそれはヤバイやろ」
「え、いや……あの。……ランサーには他にも魅力、あります よね?」
「は? どこに?(真顔)」
などという、姉弟の会話なんてなかった。なかった ったらなかった!!
さりとて、かの間男ランサーの薄幸もまた奴の魅力であることは否定しきれないと、私は考える。
それは、未踏の雪を踏むのに似ているのだ。
朝日に照らされて耀く一面の白銀の、その、誰にも何物にも穢されていない薄くなめらかな 芸術にも近い雪面を。
自らの足で踏みつけにして、支配する。
この瞬間ばかりは、雪面を蹂躙した者こそが冬のさなかの王になりえる。
その心地好さを、言葉で紐解き解説するは ひどく難い。
まっすぐに、ただ騎士として忠義の為に生きて死にたいと考える悲壮なる祈り。周囲の理解が伴わないばかりに、その稀求は手折られ続けて。
考えてみれば、登場してすぐの見せ場でもそうだった。
自身の実力を出しきってセイバーに勝ちたい/勝ってみせるとするランサーに、マスターたるケイネスは令呪で以ってその槍先を歪ませる。
ゆえにセイバーは苦戦し、ランサーの胸中もまた苦悩にまみれた。
ライダーの言によりその場ばかりは収まったものの、ランサーのゆく先には、彼の求めた忠義のカタチがあるはずもなく。
一度目の生ゆえに、二度目の主君に裏切られた。
一度目の生ゆえに、二度目の主君に仕えきりたかっただけなのに。
そんな二律背反があるからこそ、読者はランサーを、そしてランサー陣営を意識する。ただ単に序盤のセイバーのライバルだとか噛ませ犬だとか、そんなふうには思わずに。
刹那の業を背負った哀しき立ち姿にこそ、『次』を求める。この悲哀の男は、次はどうなるのか。どうなってしまうのか。
其の手の悲槍なる緋槍を誰が為に誰に向けるのか。
魂を掴まれたかの如くに意識を吸い寄せられ、さんざ揺さぶられる。
地の文が醸し出す雰囲気やら 衛宮切嗣の暗躍やら 著者の今までの作風やらを思えば、ランサー陣営が勝利を掴み取る確率など、それこそ/Zero
だから、これは、ランサーにとっては敗北に至る道のり。
懸命に生きて灯した命の耀きを、消される過程の物語。
けれど――
散々 足蹴にされて、それでも変わらぬ祈りをいだいて主君に仕えようとしていた、其の姿勢は。
薄幸にも負けまいと耀いていた命のともしびは。
とても鮮烈で。
だからこそ、私はこの男の登場シーンを流し読むことなんてできやしないのだ。
最前線で『Fate/Zero』を読む