『マージナル・オペレーション』は、かつて日本でニート生活を送っていた主人公・アラタと、中央アジアで少年兵として戦っていた少女・ジブリールが出会うところから始まる物語である。
……既読の方には当然わかるが、これは嘘だ。本編はその少し前、アラタが日本を発つところから始まる。しかも、アラタが選んだ再就職先である「民間軍事会社のオペレーター(作戦指揮官)」という仕事での、最初の挫折にジブリールは関与しない。アラタは自力でそれを乗り越えている。彼の物語が本当の意味で動き出すのは戦争の意味を理解したその瞬間である。彼を癒し、その背中を押すのは売春宿で出会った女性である。
アラタと出会うことで動き出したのは、ジブリールの物語なのだ。
さて、ヒロインのジブリールのかわいらしさについて今さら語ることなど不要なのだが、彼女を見る目は巻数を追うごとに変化していった。1巻で「中央アジアの戦闘美少女でしかも元はお嬢さま」という、ある種完璧な属性を備えたヒロインとして登場したジブリールは、物語が進むごとに想い人にあしらわれ続ける不憫で可憐な少女となっていく。ジブリールが異性としてアラタを好きだと主張しても、彼はあくまで「父親として」愛していると言い続ける。まあようするに、読者の視点が「ジブリールかわいい」から「アラタいい加減にしろ」へと変わるのである。
……これはもちろんアラタが成長することにより、読者の投影先としてではなく、物語を進める英雄としての主人公像を得ていくから、という事情もある。が、そういう問題ではない。俺たちはジブリールが幸せになる姿が見たいんだ。アラタいい加減にしろ。
アラタとジブリールは、共に戦い、同じ景色を見ながら、それでもどこか食い違っていた。あるいはそれは、彼がジブリールを天使だと慈しみ、彼女がアラタをイヌワシと敬ったからかもしれない。
表紙のしずまよしのり氏のイラストでも、彼らは常にセットで描かれながら、一度も視線を合わせてはいなかった。しかし5巻でついに彼らは、並んでお互いに目を合わせる。その結末は、ここで語ることではないだろう。
アラタの物語が始まったとき、ジブリールは隣に居なかった。しかし、彼の物語が終わるとき、そこにはジブリールが欠かせないのだ。