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レビュアー「zonby」のレビュー

銅

エトランゼのすべて

『会長』と『私』と罪なき魔法

レビュアー:zonby Adept

「不安なんですね」

冒頭の数ページ。
主人公に向かってそう言った会長こそ、一番不安だったのではないかと私は思う。

主人公を前にして悠然とした態度をとり、会ったこともない主人公の地元や母校のことを連綿と語る。
真っ黒なワンピースに白い肌。さらさらの黒髪。目は大きく、なにより美しい。
魔性とも呼ぶべき美貌と雰囲気を携えた女の子であるところの会長。

読み始めた時、主人公が思ったように私も会長は絶対的な存在であり、凡人とは何か一線を超越した存在だと思った。
本名も明かさない。住んでいるところも分からない。
「ちょっとした魔法ですよ」
「ああ、この傘が気になりました?これは私の力の源泉なんです」
なんて、普通の人が口にしたら浮いてしまって戻ってこれそうにない台詞を、さらりと言って尚それが
似合ってしまう人。

でもそれら全ては、彼女の精一杯の虚勢だったのではないかと思うのだ。
主人公や他のサークルメンバーの前に姿を現す時にはる、彼女なりの薄い薄い外界とのバリア。
騙されたい人にしかかからない、かすかな魔法。
『会長』という言葉の力や、神秘的な美貌、己の情報を秘匿することで構築されたそのバリアの中にはいつでも自作の小汚いプラカードを掲げ、立ち尽くしている彼女がいる。
不安な顔で。
でも、誰にも声をかけることができず立ち続けることしか知らない彼女が…。

なーんて…。
私の思い込みすぎだろうか。それこそ私が会長に抱いている幻想だろうか。
それとも「エトランゼのすべて」にかけられた魔法?
けれど、そう感じるのだ。
そして誰の中にも「自作の小汚いプラカードを掲げ、立ち尽くしている彼女」はいるのだと思う。
その姿はそれぞれ違うかもしれない。
「汚いアパートで布団から抜け出せない自分」かもしれないし、「街中で座りこんだまま、立ち上がれなくなってしまった自分」かもしれない。
その姿は千差万別だ。
けれど、多分それは他人には知られたくない格好悪くて情けない自分の姿だ。
『会長』のように――『会長』ほど上手くはないかもしれないが、私達はそんな情けない自分を隠すために
バリアをはる。十重二十重に、複雑に重ねて虚勢をはる。
嘘をつく。
それは自分と自分に接する人にかける、小さな魔法だ。
誰もが行う罪なき魔法だ。

「エトランゼのすべて」は、『私』よりも『私』の中の「情けない私」に必要な物語だと思う。
私は『私』の魔法が溶けてしまいそうになった時、あるいは「情けない私」を私自身が許せなくなった時、また「エトランゼのすべて」を読むだろう。
圧縮された一年ではあるけれど、かけられた魔法と溶けた魔法の全ての一年間はここにある。
ページを開く度に『会長』は言うだろう。

「不安なんですね」

私は答える。

「はい。不安です。貴女も不安なんでしょう?」

そうして物語の中の一年を過ごした時、そっと背中を押してもらえるような気がするのだ。

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2012.01.30

銅

ざいんさんのイラストレーションについて

毒の名前は【ざいん】

レビュアー:zonby Adept

なぜだか不穏な感じがするのです。
なぜだか長い間見ていてはいけないような気がするのです。
ええもちろん、一度目にしたら最後、目を奪われてしまうことを知っています。
だからこそ、見続けてはいけないんです。
でも見過ごすことも許されていないのです。

私が話しているのは――――
そう。
「iKILL」「iKILL2.0」に使われているざいんさんのイラストレーションについて。
滑らかに描かれた少女の肌の質感。青味がかったフィルターを通したような画面。
この世界の一部を切り取り、再構築された世界は緻密なようでいて、どこかざらついた質感を伴っています。
日常の景色を借りた、非日常の構図。
繰り返される蛍光色。その光の攻撃性。
焦点を結ばない少女達。
美しいから、目をそらすのです。
綺麗だから、怖いのです。
正確過ぎて、ずれているのです。
見続けてはいけないなんて言うのは、怖いなんて言うのは言い過ぎでしょうか?
でも私にとってそれは紛うことなき真実なのです。

―――不安定だから、愛しいのです。

あまりにきらやかで、なごやかで、幸福をそのまま絵にしたような絵には惹かれません。
正当に美しいものは、正当なだけで何のひっかかりもないまま頭の中で溶けてゆく。
溶けた後には痕跡すら残らないから。
私は、怖いものが好きです。
私は、綺麗で汚いものが好きです。
見るだけで心ごと奪い去られ、脳髄に生々しい爪痕をつけ、かすかな断片でも焼き付くような絵が好きなのです。

エゴン・シーレの描く、崖の上で抱き合う恋人達の姿。
その絵から立ち昇る切迫感。
ハンマースホイが描いた、外に出ることも中に入ることもできない部屋。
安定しているはずの空間が歪む瞬間。
エドワード・ゴーリーが描き出す、ただひたすら死にゆく子供達。
実現してはいけないことが、紙の上で演じられるという現実。

それらは、美しいだけでは済まされない何かを提示してきます。
綺麗な花には棘がある。
気になる絵には毒がある。
花に触れば血が流れ。
絵を見続ければ、その毒にやられることもあるでしょう。
けれどその痛みが更に絵を印象的な物にさせ、毒はやがて麻薬となって脳内を駆け巡るのです。
もっと。
もっともっと。
と。
私はざいんさんのイラストレーションを求め、その毒にやられてしまわぬよう直視はしないように、それでも時たまイラストレーション見たさだけで「iKILL」「iKILL2.0」を開くのです。

でも、気を付けなければ。
有名な人が言っています。

「誰であれ、怪物と戦う者は、その過程において自らが怪物にならぬよう注意すべきである。
長い間奈落をのぞきこんでいると、奈落もまたこちらをのぞき込むものだ」

と。

気を付けて。
あまり長い時間絵を見続けていると、絵の中の少女と目が合ってしまうかもしれないから。

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2012.01.30

銅

「Fate/Zero」

それもまた「Fate」に至る一つの扉だった

レビュアー:zonby Adept

名前は聞けど、触れえぬもの。
姿は見れど、よくは分からぬもの。
本はあれど、開かぬもの。
――それが私にとっての「Fate」だった。

いつかはちゃんと把握するつもりでいた。しかし、とうとうここまできてしまったのには理由がある。
「Fate」という世界観があまりにも巨大すぎる、と感じていたからだ。
オリジナルから始まった世界。物語は枝分かれし、キャラクターは様々な顔を持つ。また「Fate」という物語を支配する、独特のルール。独自の専門用語は、少し触れただけでは混乱を招くばかりで、余計に苦手意識がつのるばかりだったのだ。
英霊ってなんですか、に始まり
マスター?サーヴァント?聖杯戦争?クラス?宝具?固有スキル?マジュツ回路?セイバー?何なの?なんか闘う話なの?ゲームなの?四次とか五次とか、キャラクター何人いるの?
…。
……。
理解放棄。
興味はある。理解はしようとする。
けれど、あまりに膨大な情報量に圧倒されてすごすごと引き下がるのが常であった。

ありがちな例えで言えば、30巻以上まで巻を重ね、尚かつまだ連載の続いている漫画においそれと手を伸ばせない感覚とでも言おうか。いや、それならまだ良い。遅れはとっても1巻から順に読んでいけば良いのである。
問題は「Zero」だ。
起源となった本編でも、本編から発展した先でもない、本編の前の物語なのである。
私は原作至上主義者ではない。
だがこの「Fate」の後にくっついた「Zero」が、より私の食指を鈍らせた。

本編すら把握していない者が、果たして本編に至る物語になど手を出して良いものか…!

あくまで「Fate」とは「Fate/stay nighat」が母体な訳で、それを起点に他の関連した物語は広がってきていたはずなのである。更に言えば「Fate/stay night」で繰り広げられた一連のお話。キャラクター達の関係性や、結末を知った上で読んだ方がより一層楽しんで読めるのではないか、という本読みびととしての貪欲さが、私の手を止めていた。
分かっている。
これは完全に私の自意識の問題だ。しかし、世界は広い。同じ理由で「Fate/Zero」に手を出せないでいる輩がいないとも限らないので書いておこう。

「Fate/Zero」もまた、「Fate」の世界を彩る一つの欠片にしか過ぎない。

確かに時系列の問題はある。「Fate/Zero」は「Fate/stay night」より前の物語だ。
だが、純然とした一つの物語だ。
私が疑問に思っていた単語や、その世界観を司るルールも、「Fate/Zero」を読むことで明らかになった。ある意味で言えばこれで私は、より「Fate」を理解し楽しむことができるようになったということだろう。

あまりに巨大すぎる物語の前に、巨大になりすぎた物語の前に、手も出せず立ちすくむことは多々ある。
その起源に固執するあまり余計に近寄ることができなくなることもあるだろう。そんな時は、一番身近にある作品に触れることが重要だ。巨大な物語は、巨大なだけ数多くの入口や扉が存在する。
「Fate/Zero」もその一つ。

安心して欲しい。
「Fate/Zero」は一個の物語として完成しているだけでなく、「Fate/stay night」へのみちしるべを示してくれる。
安心して欲しい。
「Fate/Zero」によって開かれた扉は、やがて根幹と至る「Fate」そのものへの道でもあるのだ。

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2012.01.17

銅

iKILL2.0

ページの中から語りかける声

レビュアー:zonby Adept

声が、聴こえると思った。
実際に耳に届く訳ではない。
読んだ文章が脳内で響き、呼応するように内側から声がする、と思った。
その声は問う。
それは牽制するようにも、誘うようにも聴こえる。

「次のページを読むか?読まないか?」

その声を打ち消すように、私は次々とページをめくることを選択し続ける。
まるでその声を無視しようかとするように。
まるで、先急ぐように。

前作の「iKILL」を読んでいたので、その内容が一筋縄ではいかないこと。おそらく目を背けたくなるような残酷な描写がされることは、ある程度予測がついていた。
しかし私は一ページ目の見開きで、早くも出鼻をくじかれることとなる。
文字は横書きで、左は誰かの告白文から始まる。そして右ページにはこんな文字。

*このメールは全自動でお届けしています
*ご興味があれば、ページを送って、読み続けて下さい
*あなたが読み続ける限り、配信は続きます。
*ご興味がなければ、読むことを中断するのも、それはあなたの自由です。

私はこれらの文章が、メールに送られているという設定で書かれていることを理解する。
ああ、そういう世界観なのか。そういう約束なのか。
この四つの*の意味を、私はその程度にしか受け取らず、「読む」ことを選択して次のページをめくった。めくってしまったのだ。

―――やがて私は、「iKILL 2.0」を読み終える。
「iKILL 2.0」を読む前の私とは、微妙に意識の変化した私だけがそこに残る。
読む前の私には戻れない。
声はもう、聞こえない。

読み終えた私は、考える。
この物語を、"読まない勇気"がある人間がいるだろうか。
読み続ける限り、終着点まで止まらない残酷な配信を、途中でなかったことにできる人間がいるだろうか。
読み終わって尚、読む前と一ミリたりとも変わらずにいられる人間が、いるのかどうか、と。

「次のページを読むか?読まないか?」

この声、聴こえますか?

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2011.12.20


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