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「銀」のレビュー

銀

Fate/Zero

一見さん歓迎

レビュアー:ticheese Warrior

『Fate/Zero』はPCゲーム『Fate/Stay night』の過去の物語である。
時系列の上では「Zero」を先に読むことは何の問題もないが、「Fate/Zero」は決して新規の読者に優しい物語とは言えない。すべてのSF・ファンタジーに言えることだが、固有の単語や独自の世界観は物語を深める上で重要な要素になる。しかしその反面、読者に未知の情報を伝えなくてはならない必要性が出てきてしまう。情報が上手く把握できなければ、読者は置いてきぼりになってしまうのだ。
「聖杯戦争」「サーヴァント」「聖杯」「サーヴァントのクラス」「令呪」「宝具」など、漫画やゲームに触れる機会の多かった世代でさえ初見の単語が数多く存在する「Fate」はその点で(ゲームや漫画などの)初心者に薦めにくい。さらに「Stay night」が「聖杯戦争」について何も知らなかった少年を主人公に据えているのに対し、複数の視点から語られる「Zero」はいきなり「Fate」の世界を形作る情報が氾濫してくるのだ。これでは読み始めが少々つらいかもしれない。
しかし設定でつまずく人もそこで諦めてほしくない。設定が多く複雑でも決してストーリー自体(3巻までの時点で)はそこまで複雑ではないのだ。これはキャラクターに振り分けられた明確な役割に起因する。
敵を打ち倒すヒーローがセイバー陣営
ヘタレな若者の成長で魅せるのがライダー陣営
囚われの少女を救い出す茨の道を歩む悲劇のヒーローがバーサーカー陣営
時には敵対し、時には味方となるライバルがランサー陣営
カリスマ的存在感を醸すヒールがアーチャー陣営
誰もが不快感を催す徹底した悪がキャスター陣営
暗躍する裏ボス的空気を纏うのがアサシン陣営
かなり安直に振り分けてみたが、視点の一定しない群像劇の体をとりながらも『Fate/Zero』はかなり分かりやすい配役をとっている。この配役を見ただけでどんな物語が繰り広げられるか想像でき、ワクワクしてこないだろうか? これが全6巻。現在3巻まで発売された『Fate/Zero』をこれから読む人に向けた(あくまで個人的な)解説である。あまり構えず読んでもらえると、布教する一ファンとしては非常にうれしい。
・・・そして以後の巻で著者の虚淵玄氏の味を堪能してほしい。

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2011.03.22

銀

空の境界

俯瞰する作者

レビュアー:ヨシマル Novice

僕が「空の境界」に出会ったのは講談社ノベルスから上梓されて間もなくのことだった。当時から、奈須きのこの名前は有名ではあったし、『新伝綺』なる十代をくすぐる言葉で彩られた本は瞬く間に人気となった。もともと売り場の少ないノベルス売り場に長く平積みにされ、その美麗な表紙を見せつけていた。もともと奈須きのこの名前を知らない人でも「空の境界」を読んでいたし、「ファウスト」誌の存在を知らなくても『新伝綺』なる言葉を知っていた。

そんな中、僕も、かなりの期待と同程度の不安をもって本書に臨んだ。

そして見事に期待は裏切られ、不安が現実となった。

絶賛されていることが全く理解できなかった。僕にとってそれは数多ある物語の一つとして記録されるものだった。ある友人は言う「キャラクターが魅力的だ」、またある友人が言う「物語に重みがある」、それらの言葉に偽りはないのだろう。けれど、本文と同様どの言葉も僕には響いて来なかった。この会話に入れない僕の青春の一ページ、それは羞恥でも忸怩でもなく、諦念だった。

理解出来ない理由を文章のせいにしたし、心の中で作品自体を貶めようとも画策していた。それが意味のない行為であることも充分に承知もしていたし、なにより読書する自分の価値を下げるものであることもよく分かっていた。けれど、周りに対抗したいとする心は僕の中にもあったし、だから映画が公開されても見に行くこともなかった。

けれど、漫画として新たに形を変える段になって覚悟を決めることにした。自分が「空の境界」を受け入れることができないのは文章が苦手だったためなのかもしれない。漫画になれば、その要因はなくなり、物語それ自体を享受できるようになるかもしれない。そう思ってこの漫画に向かった。

だからこそ、僕はこの漫画を慎重に読んだ。初めて読むときの気持ちを大切に、バイアスをかけることなく素直な気持ちを持ちながら。僕の青春時代に輝いていた彼らの気持ちになれるように。


結果として僕の感想に変化が起きることはなかった。原作付きの漫画としては充分過ぎるほどのできだと思う。絵が上手い下手の判断はできないが、僕好みの絵柄ではあるし、作品の雰囲気ともマッチしている。それでも僕はこの物語に感動も歓喜も感傷も抱かなかった。僕にとってそれは消費される一つの物語のままだったのだ。

何故か。しかし、それは「殺人考察(前)」第一回を見て理解できた。この回の最後、誰が考えたのかは分からないが、漫画でしかできないギミックが施された。確かにそれは両手を挙げて喝采すべきものなのかもしれない。創造性に富み、まさに『最前線』な表現なのだろう。けれど、僕に見えたのはその表現方法を考えただろう誰かや、それを描いた誰かの姿だった。その瞬間から創造性は独善性に変わり、ギミックは自己満足の道具に成り下がった。

思えば最初に「空の境界」を読んだときに感じたものもこの種の印象だったのだろう。冒頭の話である「俯瞰風景」は特殊な時制で話が進む。この話を整理するためには、全体を一度上から眺めることが必要となってくる。そうすることで「俯瞰風景」の時制を理解し、それと同時にビルの上にいる幽霊の時制も理解しやすくなる。しかし、ひとたび僕が眺めようとすると、そこに作者・奈須きのこの幻影を見てしまう。僕が眺めることを許されたのは彼によって上空に上げられてしまったからだ。僕が眺めている、そんな僕を常に彼が眺めている。そんな気分にさせられてしまう。

僕は奈須きのこの幻影に捉えられながら読み進めざるを得なくなってしまっていた。それは知らず知らずのうちに、僕の気持ちを物語から引かせてしまっていたのだろう。キャラクターの行動、言動、思考、それらと向きあうことなしに、作者・奈須きのこと向きあってしまう。そして僕はそこからすぐに目を逸らしてしまったのだ。だからいくら媒体が変わろうと、僕の気持ちが変わることがなかったのだ。

だからこそ思う。作者と真摯に向き合い、目を逸らすことなくこの物語を享受している人たちが心底羨ましいと。できるならば僕もいつか正面から作者と対峙できることを望まずにはいられない。

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2011.03.22

銀

金の瞳と鉄の剣 第一話

説明不要の『王道』

レビュアー:ヨシマル Novice

栄子:おう! どういうこっちゃ! 説明してみい!
ヨシマル:……申し訳、ありませんでした。
栄子:謝れば済むとでも思とるんかい!
ヨシマル:まさかプリキュアの話を広げるのが正解だったとは……。
栄子:わざわざあたしの話を遮ったよなあ自分? 納得出来る説明があるんやろなあ!
ヨシマル:まあまあ、ヨシマルが悪かったよ。始まったばかりだったし、どんな流れがいいのか探り探りだったんだから。次からは努力するよ。
栄子:ふんっ。当然やな。あのままあたしに任せとけば良かったんよ。まあ、次回くらいあたしに仕切らせてくれるんなら許してあげないこともないんやけどね。
ヨシマル:いいよ、もうそれで。あんまり前回のを引っ張ってもしょうがないし。
栄子:……前回の解説で会話形式の利点ほとんどバラされてもうたからっていじけてんねんな。
ヨシマル:まあね。心の中を覗かれた気分だよ。
栄子:あと残った利点はこうやって自分の過去のレビューを参照しやすいってことくらいやな。
ヨシマル:そうなんだよね。でもそれもあんまり使わない方がいいだろうし……。。
栄子:なんや調子狂うわあ。まあいいや、早(は)よレビュー始めよか?
ヨシマル:はあ、そうだね。
栄子:元気だしいや。今回のレビュー対象は『「金の瞳と鉄の剣」第一回』やで。
ヨシマル:うん。ついでにあらすじもお願い。
栄子:上昇思考の剣士タウと本物の魔法使いキア、二人はそれぞれの思いを胸に龍狩りに赴く。その先に何が待っているのか? 龍とはなんなのか? 王道ハイファンタジーが幕を開ける。って感じやな。
ヨシマル:今回は第一回がレビュー対象だからあらすじも短くなるな。
栄子:なんで第一回だけに限ったん?
ヨシマル:気付いたんだ。
栄子:何に?
ヨシマル:分けなかったらすぐにレビュー対象がなくなってしまう。
栄子:……。まあ、そないなとこだとは思ったけどさ。
ヨシマル:てことで第一回なんだけど、栄子はこの話どう思う?
栄子:せやなあ、男の友情って感じやな。
ヨシマル:実はそれは単純なんだけど、真実に近いとヨシマルは考えてる。
栄子:友情物語?
ヨシマル:そう。ところでこの話のジャンルってなんだと思う?
栄子:? そりゃもち『ファンタジー』やろ。
ヨシマル:その通り。惹句にそのまま『王道ファンタジー』とか『ハイファンタジー』とか書いてあるからね。でも、栄子の感想にはファンタジーってのは出てこなかったよね。栄子:そういえば、そうやなあ。
ヨシマル:それには理由があると思うんだ。感想には出てこなかったけど、ジャンルはって聞かれたら誰もがファンタジーだと答えるだろうことにもね。
栄子:どういうこと?
ヨシマル:ファンタジーって言うけれどその範囲はかなり広い。
栄子:魔法少女ものだってファンタジーやし。
ヨシマル:定義となると難しいけど魔法少女ものなんてファンタジーの典型だよね。でも「金の瞳と鉄の剣」とは大きく違うところがある。
栄子:ヒロインが女か男か!
ヨシマル:世界観が違うってことだね!
栄子:…………。
ヨシマル:多くの魔法少女作品の舞台は現実の世界、『現代ファンタジー』って範疇になる。「空の境界」なんかもこれに入るね。それに対して「金の瞳と鉄の剣」は『異世界ファンタジー』だ。実はこの二つには大きな書き分けが存在するんだ。
栄子:書き分け?
ヨシマル:どっちかを今すぐ書けって言われてどちらが書けそう?
栄子:うーん、今すぐって言われたら『現代ファンタジー』の方かなあ。
ヨシマル:個人差はあるだろうけど、多くはそうだと思う。実はそれは読む方にも言えて、手短に読みたいなら『現代ファンタジー』になる。
栄子:異世界ファンタジーって設定とか頭使いそうやし。
ヨシマル:まさにそこなんだ。異世界ファンタジーを書く場合、最も大事なところはその世界観の説明なんだ。それが『現代ファンタジー』の場合、物語に関係する部分の不思議を説明すればいい。
栄子:魔法少女はだいたい勝手に巻き込まれるしなあ。それになんか解説役みたいなんが付いてくるし。
ヨシマル:それが読者にとっても物語にとっても自然な展開になるからね。現実世界と差異があるところを随時無理なく説明できる。対して異世界ファンタジーの場合はかなり異なる。
栄子:現実と比べるってことができひんのか。
ヨシマル:うん。だからどうしても世界観説明に文章量が割かれて物語がなかなか進みにくいし、読みにくいってことにも陥りやすい。
栄子:でも、そんなに読みにくさって感じたことないんやけどな。
ヨシマル:もちろんその辺りにはかなり工夫がされてるからね。例えば主人公を現実世界から連れてきてしまうっていうのがある。
栄子:「十二国記」とか?
ヨシマル:そう。これをすると主人公の知識は読者と同等だから主人公に説明しながら読者にも説明できる。
栄子:説明役もいるし。魔法少女ものと違って可愛さ少なめやけど。
ヨシマル:現実世界からでなくとも、別の世界ってしてもいいし、例えば田舎ものが都会にやってきたっていう設定でも似たように話を進めることができる。
栄子:成り上がり物語多いんやな。
ヨシマル:それで「金の瞳と鉄の剣」を見てみると……
栄子:どうなん?
ヨシマル:よく分からん。
栄子:はあ?
ヨシマル:いや、上手く定義できないんだ。
栄子:タウもキアも現実世界から来たわけでもないし、田舎ものってわけでもないんやな。
ヨシマル:そうなんだけど、無理やり言うとしたら、キアが世間知らずで、タウがそれを教えようとしてはいる。
栄子:それならいいんじゃない?
ヨシマル:でも、実際言ってる内容自体は世界観の説明っていうよりも人間それ自体の説明だし、逆にキアが魔法の説明をタウにするっていう描写もあまり見られない。
栄子:両方おしゃべり違(ちゃ)うからなあ。
ヨシマル:てことで、よくよく考えると、この一話でほとんど世界観の説明をしてないんだよね。
栄子:ホンマや。
ヨシマル:これって結構珍しいことで、普通異世界ファンタジー書こうとすると一番重要視するところが世界観の構築だと思うんだ。むしろそれがしたいから異世界ファンタジーを描くのが自然だろ。
栄子:でもでも、あたしはこれ、ファンタジーって凄く感じるんやけど。
ヨシマル:世界自体はファンタジー一直線だし、惹句にしっかり『王道』ファンタジーなんて書いてあるからね。逆にそう書いてあるからこそ、読む側としては安心して『ファンタジー』だとして読める。
栄子:『超王道学園アドベンチャー』とかじゃないんや!
ヨシマル:なんの話かなー?
栄子:カワイイ魔法少女ものかと思たら……。なんてことはないんやな!
ヨシマル:だから何の話だよ!
栄子:まあまあ。で、つまりどういうことなん?。
ヨシマル:つまり『王道ファンタジー』の冠を付けることでファンタジーという枠から外れることに成功してるんだ。
栄子:外れる?
ヨシマル:先に『王道』と言っておけば、読者がそれぞれ持ってる『王道ファンタジー』に当てはめることができるからね。どんなファンタジーかっていう説明を省ける。
栄子:本来ならしなければならない説明をしなくてもよくなるんや。それが外れるってことやな。
ヨシマル:そう。そしてファンタジーから外れた先にあるのが、さっき言ってた友情物語なんだ。
栄子:世界自体でなく、タウとキアが物語の中心ってことやね。
ヨシマル:実際、第一話の中で登場人物は二人だけなんだ。龍も出てくるけど『人』じゃないしね。
栄子:男子二人やから――と想像してまうよね。
ヨシマル:イラストも高河ゆんさんだし……。ってそういうことじゃなくて、例えば「あぶない刑事」や「相棒」シリーズだったり、「ガングレイヴ」や「鋼の錬金術師」みたいに男二人主人公っていうのはその主人公本人たちに焦点を当てたヒューマンドラマになる傾向がある。
栄子:命を掛けて戦う男たちって絵になるんよ。相棒の危機に体を張って守って――
ヨシマル:……。まあ、つまり男二人っていのは二人の間での問題発生から解決までのプロセスをより濃く描くことができるんだと思うんだ。これはヨシマルの主観だけれど男二人主人公はガンアクションとかハードボイルド系の作品に多く見られる気がする。
栄子:その方が想像膨らむし。
ヨシマル:なんのだよ!
栄子:言いたいことは「金の瞳と鉄の剣」はファンタジーを装ったヒューマンドラマってことやな。
ヨシマル:そいういうこと。これ以降は二人の過去未来を含めた関係性に要注目だね。
栄子:にしても、今回も長かったな。
ヨシマル:こんだけ書けば前回「レビュアー騎士団」を「レビュー騎士団」なんて書いたことも忘れられるだろ。
栄子:自分で言っちゃったよ!
ヨシマル:しまった!
栄子:フッフッフ。どうせ来週はヨシマル一回休みやしな。
ヨシマル:なんか嫌な予感。
栄子:それでは次回魔法少女マジカル☆エイコ! をお楽しみに!

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2011.03.01

銀

名探偵 夢水清志郎事件ノート 亡霊は夜歩く

カップル? アベック?

レビュアー:ヨシマル Novice

栄子:ちぇんじ!ちぇんじ!はぁときゃっち♪
ヨシマル:ちょっ。
栄子:だんす!だんす!はぁときゃっち♪
ヨシマル:まっ。
栄子:はぁときゃっち♪ぷりき――
ヨシマル:ストーーーーップ!!!!
栄子:なんやの、いきなし。
ヨシマル:それはこっちのセリフだって。いきなり何歌い初めてんの。
栄子:「ハートキャッチプリキュア」やん。知らんの?
ヨシマル:それは知ってるよ。なんで歌ってるのかって言ってんの! ここどこか知ってるでしょ。
栄子:もち! 好きなアニメを語りつくすんでしょ。任しといてや! えりか大好きやああああ!
ヨシマル:うわぁ。ノリ突っ込みもできないくらい間違ってる……。
栄子:なによ。最初なんやから少しくらいこっちのテンションに合わせてもええやん。新しいプリキュア始まるのに最終回も見れてへんのやから、ストレス溜まってるのよぅ。まったく。ちゃんと分かってるって。星海社の「さやわかレビュー騎士団」やろ。
ヨシマル:分かってるなら初めからしっかりやっといてよ。確かに、今ヨシマルたちが居るところはプリキュアの放送見れないんだけど、ここで発散しなくても。
栄子:他にどこですんのよ。ってことで、レビューはっじめっるよーーー。
ヨシマル:強引だなあ、もう。はい、じゃあ今回の対象を紹介して。
栄子:今回は箸井地図「名探偵夢水清志郎ノート 亡霊は夜歩く」(以下『亡霊』)やね。
ヨシマル:そう。はやみねかおるの児童向け小説が原作だね。
栄子:なんでこれにしたん? ヨシマル、ノベゲーめっさ好きやん。
ヨシマル:まあ、今回の連載陣見てみると確かにゲーム畑出身の人が多いけどさ。文章や原作に関わってないのは『亡霊』だけかもしれない。それについてはまた機会を改めてレビューしたいところだね。ただ今回『亡霊』を選んだのは「さやわかレビュー騎士団」っていう仕組みがきっかけだな。
栄子:仕組み?
ヨシマル:うん。こういう応募型レビュー企画って企画側が作品を絞るのが普通だと思うんだ。でも、「さやわかレビュー騎士団」っていうのは星海社っていう縛りはあるけれど、それ以外は自由だ。最初の説明にもあるように誰かのレビューをレビューしてもいいって書いてある。
栄子:それで?
ヨシマル:それが許されるってことはレビューをレビューしてそれをまたレビューして、またそれを(以下略)っていう入れ子が成立しやすいってことになる。つまりレビューが作品自体になってしまうっていう逆転構造が生まれてしまうんだ。
栄子:(……ややこい。)逆転構造になるとどうなってしまうん?
ヨシマル:知識ひけらかした後批判されると悔しい。
栄子:はぁ?
ヨシマル:ほら多少なりとも背景知ってるって思うと知ったかしちゃうでしょ。
栄子:子供か!
ヨシマル:まあ、そんなわけで今回は『亡霊』です。はい。
栄子:分かったことにしとこか……。
ヨシマル:実際そういうことなしに考えてもこの作品は興味深い作品なんだ。あらすじお願い。
栄子:はいはい。舞台は亜依・真衣・美衣三姉妹が通う虹北学園。学園祭を控えたこの学園で四つの伝説になぞらえられた不思議な現象が次々起こる。その謎を探る三つ子と名探偵夢水清志郎が迫る!って感じやな。
ヨシマル:そうだね。学園祭、不思議な伝説、そして気になる異性、と学園ミステリーの王道設定がふんだんに盛り込まれてるのが本作の特長かな。
栄子:レーチカッコイイわあ。
ヨシマル:レーチのかっこ良さはこれから描かれていくだろうね。ヨシマルは小説の原作は未読だけれど、昔NHKで放送していたドラマを見てるんだ。
栄子:ダブルブッキングの人が夢水してたやつやな。
ヨシマル:懐かしい話だなあ。「双子探偵」って名前を変えてね。夢水は和泉元彌だった。
栄子:羽野晶紀の旦那。
ヨシマル:元彌情報はもういいよ。
栄子:主婦にはウケがええのに……。
ヨシマル:主婦ウケ考えてどうする。話を戻すよ、ドラマにも同タイトルの話があったけど、内容はかなり違うみたい。だから原作が94年出版の有名作品だけど推理しながら読むっていう楽しみかたがでるから面白いね。
栄子:いつもなら解決篇まで一気に読み進めるからなあヨシマルは。
ヨシマル:それを考えるとミステリーと連載形式ってのは相性は他の小説と比べてもいいのかもしれないね。
栄子:でもこの漫画、伏線が分かりやすい気もすんねんけど。磁石が盗まれた事件とかちょっと唐突過ぎひん?
ヨシマル:そこはページ数とかの都合もあるだろうけれど……。もともと原作が小学生を対象に書かれてるってのが大きいだろうね。実際ヨシマルの通ってた小学校にも置かれてた覚えがある。
栄子:それもずいぶん昔の話になってまうなあ。
ヨシマル:うぅ。悲しき哉。でも、今回のレビューの論点はまさにそこなんだ。
栄子:やっとレビューの中身が出てきたんかいな。
ヨシマル:誰のせいでこんなにかかってると思ってんだ。
栄子:♪
ヨシマル:まったく。で、重要なのはこの話の原作が書かれたのが既に20年近く前ってことだ。
栄子:Gガンの頃やな。
ヨシマル:その覚え方もどうかと思うんだ。でも実際ヨシマルもGガンをリアルタイムで見てた世代じゃないからそれだけでも時代を感じてしまう。
栄子:いや、そこ見栄はらんでも。そこそこ直撃やん。
ヨシマル:うるさいよ、そこ! 実際ヨシマルはWから見始めたんだから間違ってはないの。それだけ時代が経ってるってこと。
栄子:確かにワープロなんかまったく見んくなったし。
ヨシマル:パソコンにもフロッピードライブ標準装備じゃなくなってからずいぶん経つし、2話で脅迫文が書かれた文章を読むのにわざわざプリントアウトしてる所にも違和感を感じてしまう。
栄子:そうやな。箸井地図さんの絵も最近の絵っていうより児童書って雰囲気の絵柄やし。
ヨシマル:それがこの作品の雰囲気を醸し出してるのは確かだけどね。箸井地図さん自身それは狙って描いてるんじゃないかと思う。
栄子:「探偵儀式」と絵柄だいぶ違(ちゃ)うし……。
ヨシマル:それにワープロとかとフロッピーとかガジェットだけじゃなく、物語全体がノスタルジックに仕立てられてる。
栄子:中学校時代でも思い出すん?
ヨシマル:確かに物語の舞台は中学校なんだけど、ヨシマルが感じるのは小学生の頃の感覚なんだ。
栄子:なんでなん?
ヨシマル:原作者がこの話を書いたとき現役小学校教師だったってのと関係はあるのだろうけれど、なんというか、レトロフューチャーに近いものを感じるんだ。
栄子:れとろふゅーちゃー?
ヨシマル:昔の人が考えた未来像ってとこかな。懐古的未来像とも呼ばれてる。つまり、この物語の舞台設定が小学生から見た理想の中学校って感じなんだよね。
栄子:まあ、中学校の学園祭でこんな大規模なことやるとこなんて滅多になさそやしなあ。
ヨシマル:多分に理想化された学園生活なんだよね。作中に登場するような校則に楯突く優等生なんかはむしろはやみねかおる本人を射影してるともとれる。
栄子:どーせ、あたしの中学時代にはレーチも憧れの先輩もいなかったわよ!
ヨシマル:いきなり叫ぶなって。もともとが小学生向けなんだから。彼らが楽しめるように、成長するのが楽しみになように舞台を整えてある。その辺りがレトロフューチャーと同じなんだ。
栄子:なーる。でも星海社で読んでんの小学生より上の世代が多いんやない?
ヨシマル:それもまたレトロフューチャーなんだ。
栄子:?
ヨシマル:実は現在でもレトロフューチャーを舞台にした作品は生み出され続けてる。レトロフューチャーを生み出した人達にとってそれはこれから迎えるかもしれない未来として描いてるんだけど、現代から見たら昔の人が思い浮かべた存在し得ない世界として理想化されてる。
栄子:……。
ヨシマル:まあ、簡単に言えばこんな中学生活だったら良かったなぁって思えるってことだね。特に小学生の時リアルタイムで読んでた人はぐっとくるんじゃないかな。
栄子:はやみねかおるさん好きって人確かに少し上の世代の人が多い気するわ。
ヨシマル:今20代後半のイメージかな。
栄子:あたしたちの設定は20代前半やな。
ヨシマル:……ギリギリだけどね。でも実際ヨシマル達の世代からすると少し違和感を覚えてしまうセリフ回しなんかもときどきあるんだ。
栄子:「カップルで座ってた」とかやな。
ヨシマル:うん。微妙な表現ではあるんだけど、この文脈で使うのにヨシマルは抵抗があるんだ。
栄子:カップルって他人に使うイメージやもんな。使うのもちょっと気恥ずかしい感じやし……。
ヨシマル:それがすんなり受け止められるのはリアルタイムに過ごしてきた世代かまだそういった言葉を使ってないかのどちらかになるだろうね。そういう意味でも対象年齢は子供と大人なんだ。
栄子:子供から大人まで違(ちゃ)うねんな。
ヨシマル:もちろん今の高校生や大学生が読んでも面白いのは大前提なんだけど、特にその二つの世代が持つ印象は強いと思う。
栄子:つまり年少組はこれから来るかもしれない未来を見て、年長者はあったかもしれない過去を見るってことやね。
ヨシマル:今星海社で夢水シリーズを扱ってるのも、そのあたりのことを考えてるんだと思う。
栄子:20代後半の人が主な読者ってこと?
ヨシマル:そう、最前線の連載陣を見てもそのあたりを読者層って考えてる節はあるしね。
栄子:そんな所まで考えてるんやねえ。編集さんの趣味やと思ってた。
ヨシマル:もちろんすべてヨシマルの想像だから本当のところは分からないけどね。完全に趣味かもしれないし、全然違う思惑があるのかもしれない。でもそういう発想でラインナップを見るのも楽しみの一つだよ。
栄子:読み手にも背景があんねんな。二つの世代がターゲットやったなんて。あ、分かった!!
ヨシマル:どうした、いきなり。
栄子:おんなしような作品見つけてん。
ヨシマル:同じような作品?
栄子:そや。
ヨシマル:小学生といい大人向け?
栄子:なんや引っかかる言い方やなあ。けどその通り。表向きは子供向け、しかしその実大人向けの作品。しかも巷で大人気。
ヨシマル:たいそうなキャッチコピーだな。なんなのそれは?
栄子:それは――
ヨシマル:それは?
栄子:プリキュアやーーーーー!!!
ヨシマル:な、なんだってー!
栄子:『名探偵夢水清志郎』シリーズはミステリー界のプリキュアやったんや!
ヨシマル:結局落ちもプリキュアかいっ!

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2011.02.10


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