私のおわり
海がこの胸に広がっている
レビュアー:6rin
この小説には「電子海」というネットゲームが登場する。「電子海」のプレイヤーは船を操り広大な海を移動する。ゲームに定められた目的はなく、そこでなにをやるかはプレイヤー次第である。海に浮かぶ沢山の船は、晴れた空の下を四方八方好きに移動する。とても自由度が高いゲームである。また、「電子海」の海の上にいるプレイヤーの数は広さに比べ圧倒的に少ない。そのため、プレイヤーの一人である大学生のサヨによると船乗り仲間は貴重な存在であり、ゲームの中だけにおいても普通以上に親密になるそうだ。
サヨにもゲームの外の現実で会うようになるほど親しくなった「電子海」の仲間が数人できた。そして、そのうちの一人である天霧くんにサヨは恋をしている。サヨは歳が幾らか上の天霧くんにまだ想いを伝えていない。
天霧くんは「電子海」の管理人である。サヨと「電子海」を通じてできた仲間たちは頻繁に天霧くんの部屋に集まって遊んだ。サヨはネットでも仲間たちと繋がっており、仲間たちがいる「電子海」の海へと出掛けるのを日課としていた。サヨと仲間たちを出会わせ、結びつけている「電子海」はサヨと仲間たちの絆の象徴たる場所といえよう。しかし、「電子海」で繋がるサヨの仲間たちとの幸せな日々は、ある日唐突に終わる。
大学からの帰り道の途中で、サヨは車にはねられて死ぬ。
愛しの天霧くんに告白したい。付き合いたい。これからも仲間たちと楽しく過ごしたい。サヨのこの世への未練は非常に大きい。サヨはあの世へ連行される道中、この世へと逃げ出してしまう。
サヨが戻ったこの世は、サヨが死んだ日から四日前だった。幽霊となったサヨは天霧くんの部屋で生活する。部屋には仲間や生きていた時のサヨが来ることがあるが、見えない幽霊のサヨが近くにいることに誰も気付かない。そんな状況でサヨは、自身が幽霊としても長生きできずに間もなくもう一度死ぬことを予感している。サヨは死んでみんなと別れ、独りになるのが怖い。
本作は「航海日誌その一」から「その四」までの四章から成り、主人公サヨの人生を航海に見立てている。それに倣うならば、今のサヨは一隻だけで漂う船の甲板に立ち、冷たい風のなか死を見つめていると表現できる。サヨの前方には何もない闇があるばかりだ。
サヨは穏やかな気持ちで人生の最後を迎えたいと願う。しかし、死に感じる恐怖、寂しさを抑えるのは簡単ではない。
しかし、死と向き合うサヨは幽霊である故に、過去の生きている自身を間近から第三者の視点で捉えることができる。だからサヨは、天霧くんと仲間の一人である七原と生きているサヨが流し台に仲良く立つ幸せな光景を外から見ることができた。そんな風に自身を外から眺める幽霊として過ごす中で、サヨは生きている時には気づかなかった、恋敵でもある七原との友情みたいなもの、家族みたいな仲間たちと自分の姿といった小さな喜びが感じられるものをいくつも見つけていく。やがて仲間たちとの大切な絆を再確認したサヨは言う。「みんなの様子をもう一度見られて、おかげであの世へ行く覚悟が少しづつできた」
この時、サヨは死がもたらす孤独の不安から解放されていて、サヨの船は人生の航海において穏やかな海を進んでいる。前方にあった孤独の闇は消え、周りには仲間の船がいくつも見える。その海は仲間たちとの絆の象徴「電子海」の自由な海である。仲間はいい奴ばかりだ。死後も仲間たちのなかでサヨは生き続け、仲間たちとの絆を失わず「電子海」の海を航海するだろう。そして、僕はサヨの人生の航海にスポーツ選手のプレーを重ね見る。
スポーツ選手が最高のプレーをするとき、競技中の緊迫した状況で自身や手の動き、あるいは周囲の様子を冷静に観察する特殊な意識領域に達することがあるらしい。その状態の選手は幽体離脱して自身を外から見るような感覚になるという。同様にサヨも幽霊となり第三者の位置から自身を見つめた。それによって、死に対する不安の暗闇からの出口を見つけ、仲間がいる「電子海」の海へと脱け出した。それは人と人の絆の強さを死に見せつける最高のプレー、最高の航海だと思う。僕はそれを目撃した。
サヨの船が海に描いた軌跡は陽を反射し、きらきらと輝く。僕は船の後ろ姿を見送り、その情景が収まった胸の扉を、本と同時にそっと閉めた。
サヨにもゲームの外の現実で会うようになるほど親しくなった「電子海」の仲間が数人できた。そして、そのうちの一人である天霧くんにサヨは恋をしている。サヨは歳が幾らか上の天霧くんにまだ想いを伝えていない。
天霧くんは「電子海」の管理人である。サヨと「電子海」を通じてできた仲間たちは頻繁に天霧くんの部屋に集まって遊んだ。サヨはネットでも仲間たちと繋がっており、仲間たちがいる「電子海」の海へと出掛けるのを日課としていた。サヨと仲間たちを出会わせ、結びつけている「電子海」はサヨと仲間たちの絆の象徴たる場所といえよう。しかし、「電子海」で繋がるサヨの仲間たちとの幸せな日々は、ある日唐突に終わる。
大学からの帰り道の途中で、サヨは車にはねられて死ぬ。
愛しの天霧くんに告白したい。付き合いたい。これからも仲間たちと楽しく過ごしたい。サヨのこの世への未練は非常に大きい。サヨはあの世へ連行される道中、この世へと逃げ出してしまう。
サヨが戻ったこの世は、サヨが死んだ日から四日前だった。幽霊となったサヨは天霧くんの部屋で生活する。部屋には仲間や生きていた時のサヨが来ることがあるが、見えない幽霊のサヨが近くにいることに誰も気付かない。そんな状況でサヨは、自身が幽霊としても長生きできずに間もなくもう一度死ぬことを予感している。サヨは死んでみんなと別れ、独りになるのが怖い。
本作は「航海日誌その一」から「その四」までの四章から成り、主人公サヨの人生を航海に見立てている。それに倣うならば、今のサヨは一隻だけで漂う船の甲板に立ち、冷たい風のなか死を見つめていると表現できる。サヨの前方には何もない闇があるばかりだ。
サヨは穏やかな気持ちで人生の最後を迎えたいと願う。しかし、死に感じる恐怖、寂しさを抑えるのは簡単ではない。
しかし、死と向き合うサヨは幽霊である故に、過去の生きている自身を間近から第三者の視点で捉えることができる。だからサヨは、天霧くんと仲間の一人である七原と生きているサヨが流し台に仲良く立つ幸せな光景を外から見ることができた。そんな風に自身を外から眺める幽霊として過ごす中で、サヨは生きている時には気づかなかった、恋敵でもある七原との友情みたいなもの、家族みたいな仲間たちと自分の姿といった小さな喜びが感じられるものをいくつも見つけていく。やがて仲間たちとの大切な絆を再確認したサヨは言う。「みんなの様子をもう一度見られて、おかげであの世へ行く覚悟が少しづつできた」
この時、サヨは死がもたらす孤独の不安から解放されていて、サヨの船は人生の航海において穏やかな海を進んでいる。前方にあった孤独の闇は消え、周りには仲間の船がいくつも見える。その海は仲間たちとの絆の象徴「電子海」の自由な海である。仲間はいい奴ばかりだ。死後も仲間たちのなかでサヨは生き続け、仲間たちとの絆を失わず「電子海」の海を航海するだろう。そして、僕はサヨの人生の航海にスポーツ選手のプレーを重ね見る。
スポーツ選手が最高のプレーをするとき、競技中の緊迫した状況で自身や手の動き、あるいは周囲の様子を冷静に観察する特殊な意識領域に達することがあるらしい。その状態の選手は幽体離脱して自身を外から見るような感覚になるという。同様にサヨも幽霊となり第三者の位置から自身を見つめた。それによって、死に対する不安の暗闇からの出口を見つけ、仲間がいる「電子海」の海へと脱け出した。それは人と人の絆の強さを死に見せつける最高のプレー、最高の航海だと思う。僕はそれを目撃した。
サヨの船が海に描いた軌跡は陽を反射し、きらきらと輝く。僕は船の後ろ姿を見送り、その情景が収まった胸の扉を、本と同時にそっと閉めた。