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読者レビュー

鉄

死体泥棒

死体泥棒の現実と、私のロマンチシズム

レビュアー:zonby Adept

死んだ恋人を盗んで運んで、冷凍保存。
花盗人ならぬ、死体泥棒。
それって物語のテーマとして、なんだかロマンチック?
いいえ、そんな訳ありません。

そんな言葉を、この物語を読み始める前の私に投げつけてやりたい。
読む前に想像していた、主人公が恋人の死体を盗んで冷凍保存し、毎日夢か現の耽溺の日々。なんてひと昔前の猟奇小説のような展開は、あっと言う間に打ち砕かれました。
そうです、そうです。
そうなんです。
この現代社会において、死体を完璧に冷凍保存するなんてことは意外と簡単そうで難しいんです。
死体を盗む、ましてや自分の部屋で冷凍保存。
なんて言葉を聞くと、なんだか主人公が鬼畜に思えるでしょう?それをやった主人公の人生、180度変わるような気がするでしょう?
でもあんまり変わらないんです。
むしろ悪くなるんです。
今までぎりぎり大学生だったのが学校まで辞めてしまって、部屋には手慰みで作ったバルーンアートの山。死んだ恋人を腐らせないために巨大冷凍庫はずっと稼働させていなくちゃならないし、なんというか人生下降線?むしろゴミ虫、クズ人間一歩手前?
この本を開く前に感じていたロマンチシズムなんて糞くらえですよ、まったく。

でも思うんですよ。
死体を盗んだことで自分の人生や、何より自分が変わらなかったことに一番驚いたのは、多分主人公自身だったんだろうな、って。
もちろん、部屋に鎮座する巨大冷凍庫&冷凍保存された恋人の存在は異質ですよ。
けれど一度主人公の日常に溶け込んでしまえば、それもまた日常の一部になってしまう。ロマンなんて欠片もなく、現実的に処理されるべき問題の一部になってしまうんだな、って。
生きている人間には現実がつきまとうのです。
そこに死んだ人間を無理矢理、生きているかのように見せかけてねじ込んでも死んだ人間の時間は止まったまま。
主人公は、死んだ恋人を盗んで保存することで現実に対抗する、非現実を作り出そうとしたのかもしれません。そこまで考えていなかったとしても、死んだ恋人の腐敗、あるいは火葬という時間を止めることで主人公自身に流れる時間も、止めたかったのかな、と思います。
時間なんて、止められる訳ないのにね。

少しでもロマンを感じるとするならば、それは私の頭の中にしかないのかもしれません。
物語の中に描かれなかった彼等の部屋の描写。
壊れたおもちゃ箱みたいに、色とりどりのバルーンアートが散らかっていて、それに不釣合いな無骨な業務用冷凍庫がある部屋を、想像するんです。
低く唸るような稼働音をたてる冷凍庫。
その中で、眠るように死んでいる美しい恋人。
その音を聴きながら、馬鹿げた色の組み合わせでバルーンアートを作る主人公。
流れる時間。

その描写されなかった光景だけが。
ね?
ほら少しだけ、私のロマンチシズム。

2012.03.09

のぞみ
死体や、泥棒という言葉のある物語から、ロマンって言葉が出てくるって、それだけでも、なんだかワクワクしますわよね……。
さやわか
まあ、それが結局は作品の中にはなかった、というレビューですな。文章の運びはしっかりしていると思います。作品を読んだ時の心情が、レビューを読む人が共感できる形で記述できている。ただ、結局のところこのレビューが何を求めて書かれたのかは今ひとつわかりにくいように思いました。おそらく作品内では描写されなかったロマンチシズムを自分の想像力で補う、という趣旨のことを締めにしたかったはずで、それはなかなか魅力的な内容だと思います。しかし、この文章はそこまで言い得ていないのではないでしょうか。ロマンは私の頭の中にしかない、という言い方だけが強調されるので、結果的に作品へと読者の注意を向かわせることができません。つまり『死体泥棒』という作品ではなくて、単に自分が何を嗜好として求めているかについてのみ書いたように読めてしまいます。それは本意ではないですよね。しかし、ちょっともったいないですが、ここは「鉄」ということにしましょう。

本文はここまでです。