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読者レビュー

金

ベッドタイムストーリー

無音の声、ほしのこえ

レビュアー:6rin Novice

 小説『ベッドタイムストーリー』は朗読を収めたCDとセットで書籍になっている。フルカラーの本はイラストが彩る。
 このCDの朗読に僕は温もりを感じる。懐かしい記憶を呼び起こされたからだろうか。
 幼い頃、母が布団のなかの僕に寄り添い、子守唄を歌ったり、絵本を読み聞かせてくれたことを漠然とだが覚えている。幼い僕は寝る時に真っ暗になるのが怖かった。木製の雨戸が外の光を遮る部屋に、優しい母がオレンジ色の小さな明かりを点けてくれた。思い出すと温かい気持ちになる。この記憶は今後、明瞭になることはないだろうが、決して消えることもないだろう。記憶と温もりが僕にこびりついているのだ。CDの朗読に温もりが感じられたのは、朗読の読み聞かせという形式が、僕のなかの普段は記憶の古層に眠るその温もりを揺り起こしたからだと思う。
 朗読される物語は青年と大学の一年後輩である女の子、椎名アカリの間にある温もりを描く。その温もりは、僕の読み聞かせの記憶が持つ消えない温もりと同様に強固だ。
 青年は難病を患い、あと何日生きられるか分からない。青年は落日した人生の、明日が来ないかもしれない夜を病室のベッドで過ごす。アカリは青年が不安で眠れないとき、安心して欲しくて、青年の寝るベッドの傍らで宇宙に関するほら話を語る。
 ……青年の命が助かる儚い希望にすがりながら。
 流星群が見える夜、青年は健気なアカリに感謝の気持ちを伝える。

《「………………………………先輩」

  …………………………………………ん?

 「………………………………………………きれいですね」

  ……………………………………………………ああ。

 「……………………………………………………先輩」

  ……………………………………………………ん?

 「…………………………………………いえ………………」

  ………………………………………椎名。

 「………………………………はい………………?」

  ……………………………………ありがとう。

 「………………………………………いえ………………」》

 二人の会話は上記のように小説に書かれていて、朗読においてもそれぞれの言葉と言葉の間に沈黙「……」が挟まれる。
 この場面では二人とも、助かる望みが僅かであることがよく分かっている。だから、溢れるほどの切なさを噛み締め、声を絞りだすのに時間を要する。その結果生まれるこれらの「……」が痛々しい。ここでの沈黙は物語中のどの言葉よりも二人の間に愛があることを雄弁に語っている。

《彼女の声を、どこまでも持っていく。
 どこまでも、どこまでも……。
 夜のむこうまで……。
 彼女の声を……。》

 物語の冒頭にある青年のこの言葉通り、どんなに遠くてもアカリの声は青年に届く。なぜなら、二人が愛し合っていて、青年がアカリの想いを感じているからだ。青年は〈眠れない青年がかわいそうだ〉とか〈青年が好きだ〉などのアカリの想いを知っていて、それらを声として感じる。
 想いは口にしなければ物理的には声にならない。逆に言えば、想いは口にしなくても無音の声を発するということだ。口にしない想いは、青年がアカリの想いを知っている場合のように、相手が想いを知っているという条件付きでしか相手に届かない。だが届く場合は無音ゆえに、どんなにノイズが大きくても、どんなに遠く離れていても、相手に聞こえる。無音の声、つまり沈黙は音量が最も小さく、だからこそ最も強い声なのだ。
 想いは懐かれている間、ずっと無音の声を発する。青年の死の瀬戸際で寄り添う二人の深い想いは喧嘩しているときでさえも、それぞれの胸の奥で星の瞬きのように無音の声を発していたに違いない。二人の間にある温もりは強固な沈黙としてある。
 前述した感謝を述べる場面での二人の愛の現れである沈黙「……」には、そんな強固な沈黙としてある二人の愛が剥きだしになった生々しい感触がある。だからこそ言葉を詰まらせる二人の姿が痛々しいのだ。この場面における「……」は見事に愛を表現している。
 とりわけ素晴らしいのは、この表現が朗読というメディアを活かしている点である。小説の「……」は長く書かれていても、読者が読むスピードを調節できるゆえに短く読み飛ばされかねない。しかし朗読の場合は違う。スピードは朗読者しだいであり、聴き手は強制的に沈黙をその長さのままにしっかりと体験させられる。さらに、小説には音が無いが、朗読は音だけのメディアなので、沈黙の無音が前後の音に挟まれ際立つ。件の場面では音楽すら流れない。完全な無音の沈黙が聴き手を引き込む。
 物語の作者である乙一は映画の脚本や監督の経験を持つ。音声を扱うメディアである映画での経験があったからこそ、朗読により魅力的になる表現を物語に盛り込めたのかもしれない。
 
 物語を聴き終えた後とても切なくなった。レビューを書いている今も、作品が巧みに表現した二人の無音の声が余韻として残っている。切ない物語を書いた乙一。品のある可愛らしいイラストを描いた漫画家の釣巻和。歯切れのいい爽やかな声が耳に心地よい、朗読を担当した声優の坂本真綾。それぞれの仕事を一つの書籍にまとめた星海社。僕はこの書籍に「いいものを作りたい」という彼らの無音の声を聞いた。だから、僕は彼らに言いたい。
 素晴らしい作品を届けてくれた皆様へ。ありがとうございました。

2011.12.20

のぞみ
感謝したくなるって良いですわ~。本も、朗読も素敵ですものね!
さやわか
書き手の感動と真摯な姿勢がよく書かれています。というか、このレビューは、ずば抜けて優れています。書き手の読書体験を思い返しながら、作品が朗読CDという形でリリースされた意味をも、物語論としてもメディア論的としても完全に語りきっている。それでいて一般読者に作品の価値を伝えようとするレビューの範疇にある。何より文体が整っており美しい。お見事です。強いて言えばわずかに長いくらいでしょうかね。しかし、なかなか書けるものではないです。ぜひこれは「金」とさせてください。

本文はここまでです。