本を読む人のための書体入門
味覚ちがって、みんないい
レビュアー:ヴィリジアン・ヴィガン
書体と聞いて初めに思い浮かんだのは、両親の年賀状のことだった。
毎年、年末になると、母の独自の感性による的確な指示のもと、年賀状を作成しなくてはならない。厄介なのは「あけましておめでとうございます」や「賀正」をどの書体にするかという事である。
「いや、もうちょっと、やさしい感じで」とか「もっと、しっかりした感じ」とか「んー、ちょっと軽いかなぁ」と指示を出される度、自分でやってくれと思わなくもない。
驚くのは「やさしい」「しっかり」「軽い」がことごとくすれ違うことだ。書体に対する感覚がまるで違うのである。
この本を読んで納得した。
著者は書体に対する自分の感覚を「味覚」で表現しようとする。だが、味覚は非常に曖昧で、食べ物の好き嫌いがあるように人により全く違う。
ようするに「書体」に対する感覚も、1人1人とらえ方が違っていて当たり前なのだ。
書体への感覚なんて、誰と何処で話す機会があるだろうか? 熱心な文芸部や、マンガ同好会なんかではそんなこともあるのかもしれない。出版社等の文字を扱う仕事についている人でもない限り、普通に読書をしている人が書体について考えるきっかけなんて、それこそ年賀状を作るときくらいだろう。
書体でもう1つ思い当たったのが電子書籍だ。例えばkindleの場合、フォントの大きさ、明朝体かゴシック体か、行間と余白が調整できる。
書体が2種類しかないため、送り手が届けたかった「味」はそぎ落とされてしまうかもしれない。逆に書体や行間を読み手側で読みやすいように「チューニング」できるから、紙の本ではしっくりこなかったけどkindleなら最後まで読めたなんてこともあるだろう。
送り手側の選択を尊重するか、読み手側の読みやすさを優先させるか。これもまた、1人1人の「本の味わい方」にゆだねられている。
さまざまな書体に彩られたこの本を持ち寄り、誰かと「書体の味」について語りたくなる一冊。
毎年、年末になると、母の独自の感性による的確な指示のもと、年賀状を作成しなくてはならない。厄介なのは「あけましておめでとうございます」や「賀正」をどの書体にするかという事である。
「いや、もうちょっと、やさしい感じで」とか「もっと、しっかりした感じ」とか「んー、ちょっと軽いかなぁ」と指示を出される度、自分でやってくれと思わなくもない。
驚くのは「やさしい」「しっかり」「軽い」がことごとくすれ違うことだ。書体に対する感覚がまるで違うのである。
この本を読んで納得した。
著者は書体に対する自分の感覚を「味覚」で表現しようとする。だが、味覚は非常に曖昧で、食べ物の好き嫌いがあるように人により全く違う。
ようするに「書体」に対する感覚も、1人1人とらえ方が違っていて当たり前なのだ。
書体への感覚なんて、誰と何処で話す機会があるだろうか? 熱心な文芸部や、マンガ同好会なんかではそんなこともあるのかもしれない。出版社等の文字を扱う仕事についている人でもない限り、普通に読書をしている人が書体について考えるきっかけなんて、それこそ年賀状を作るときくらいだろう。
書体でもう1つ思い当たったのが電子書籍だ。例えばkindleの場合、フォントの大きさ、明朝体かゴシック体か、行間と余白が調整できる。
書体が2種類しかないため、送り手が届けたかった「味」はそぎ落とされてしまうかもしれない。逆に書体や行間を読み手側で読みやすいように「チューニング」できるから、紙の本ではしっくりこなかったけどkindleなら最後まで読めたなんてこともあるだろう。
送り手側の選択を尊重するか、読み手側の読みやすさを優先させるか。これもまた、1人1人の「本の味わい方」にゆだねられている。
さまざまな書体に彩られたこの本を持ち寄り、誰かと「書体の味」について語りたくなる一冊。