「大日本サムライガール」2巻
壮大なロードーノベル。
レビュアー:オペラに吠えろ。
学生時代、職場でバイトリーダーを務めていた友人があるときに「すっごくワクワクする仕事なんだよね! ワクワクなワーク!」とか言っていたのをふと思い出した。書き出してみると大しておもしろくないのが残念だ。わたしは、言っている本人が大まじめだったのがおかしくておかしくて、腹を抱えて笑った。あれから数年。E君、あなたはまだバイトリーダーなのでしょうか。それとも社員に昇格したのかな。
というわけで、本書のテーマはずばり「仕事」である。「労働」とか「勤労」とかいうアレだ。勘違いされがちだが、会社の机で難しそうな顔をしたり、会議をすることだけが「仕事」ではない。本書で描かれる「アイドル」だって立派な職業であり、仕事だ。そのアイドルをサポートする「マネージャー」だって仕事だし、アイドルたちが登場する雑誌のグラビアやテレビ番組だって、誰かの仕事の成果なのである。
第2巻では、この「仕事」というテーマによりスポットが当てられている。理由は簡単。新キャラクターの朝霧千歳が、とにかく「仕事」がしたくてたまらないアイドルだからだ。ただし「仕事」が好きだから「仕事」をしたいのではなく、彼女が「仕事」をしたいのは「お金」のためである。そこにやりがいなどは一切求めず、労働の対価たる「お金」だけを一途に求める姿は清々しいといえよう。そういえば、このシリーズのヒロインたる神楽陽毬も、アイドルという「仕事」はあくまで政治活動のためだと割り切っていた。その意味で、このシリーズでは「仕事」はいつも何かを達成するための手段として描かれてきたといえるだろう。
だが冷静に考えれば、本書で主に描かれる「アイドル」というのは、生きるために絶対に必要な仕事ではない。だからこそ、アイドルたちは「アイドル」でいる意味を自分たちで探さなくてはいけない。陽毬にとってはそれが政治活動であり、千歳にとってはお金だったのだろう。だが、「アイドルでいる」ために「アイドル」でいる人がいてもいいとわたしは思う。人はきっとそれを「やりがい」と呼ぶのだろうから。
まだ陽毬たちは「アイドル」にやりがいを感じる境地にまでは至っていない。だからこそ、彼女たちが「アイドルでいる」ために「アイドル」をしている姿をわたしは見てみたいと思う。冒頭で言及した友人のE君は、まさにそんな人だった。働くことが何よりも好きなようにわたしからは見えた。E君のようになりたいわけでは決してないが、何かの「仕事」に打ち込める人はうらやましい。いや、正確には、何か打ち込めるような「仕事」を見つけられたことがうらやましいのかもしれない。
というわけで、本書のテーマはずばり「仕事」である。「労働」とか「勤労」とかいうアレだ。勘違いされがちだが、会社の机で難しそうな顔をしたり、会議をすることだけが「仕事」ではない。本書で描かれる「アイドル」だって立派な職業であり、仕事だ。そのアイドルをサポートする「マネージャー」だって仕事だし、アイドルたちが登場する雑誌のグラビアやテレビ番組だって、誰かの仕事の成果なのである。
第2巻では、この「仕事」というテーマによりスポットが当てられている。理由は簡単。新キャラクターの朝霧千歳が、とにかく「仕事」がしたくてたまらないアイドルだからだ。ただし「仕事」が好きだから「仕事」をしたいのではなく、彼女が「仕事」をしたいのは「お金」のためである。そこにやりがいなどは一切求めず、労働の対価たる「お金」だけを一途に求める姿は清々しいといえよう。そういえば、このシリーズのヒロインたる神楽陽毬も、アイドルという「仕事」はあくまで政治活動のためだと割り切っていた。その意味で、このシリーズでは「仕事」はいつも何かを達成するための手段として描かれてきたといえるだろう。
だが冷静に考えれば、本書で主に描かれる「アイドル」というのは、生きるために絶対に必要な仕事ではない。だからこそ、アイドルたちは「アイドル」でいる意味を自分たちで探さなくてはいけない。陽毬にとってはそれが政治活動であり、千歳にとってはお金だったのだろう。だが、「アイドルでいる」ために「アイドル」でいる人がいてもいいとわたしは思う。人はきっとそれを「やりがい」と呼ぶのだろうから。
まだ陽毬たちは「アイドル」にやりがいを感じる境地にまでは至っていない。だからこそ、彼女たちが「アイドルでいる」ために「アイドル」をしている姿をわたしは見てみたいと思う。冒頭で言及した友人のE君は、まさにそんな人だった。働くことが何よりも好きなようにわたしからは見えた。E君のようになりたいわけでは決してないが、何かの「仕事」に打ち込める人はうらやましい。いや、正確には、何か打ち込めるような「仕事」を見つけられたことがうらやましいのかもしれない。