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読者レビュー

銅

ジセダイジェネレーションズ U-25

ちょっとしたこと

レビュアー:ジョッキ生 Knight

"できる"予感を"現実"に変える自己プロデュース方法!

これだけ見ると何のこっちゃ全然分からんね。つまりはどういうことだってばよっ!

要訳するとこういうことらしい。イメージで伝わんなかったら、形にすればいいじゃない!パンがないならケーキを食べればいいじゃない!的な言い方をしてみたけど、ぶっちゃけそういうことみたいだ。

つまり、自分の中のモノを置き換えて、他人に理解できるモノにする、ということらしい。脚本家・映画監督 渡部亮平さんがしたことは自分の脚本の良さを理解してもらうために実際に映像化してみた、そしたら評価された、ということらしい。言われてみれば、当たり前じゃんそんなこと、今更何言ってんの?と思われそうだけど、こういう当たり前って思われてることが重要なんすねー。

確かに、基本的なんだけど、いざやろうとすると面倒くさいことってあるなー。こういう誰にでも分かるようにする作業とかもそうだよね。いやー、これくらいで分かるでしょって手を抜いちゃう。ほんとよくあるわー。そこに一手間二手間掛けられるかどうかで大分印象も違ってくるんだろうなー。

人に理解してもらうことに労力を惜しんじゃダメだねー。ましてや、それが自分の夢に繋がることであるならなおさらだなー。うーん。ちょっとしたインタビュー記事なのになかなか為になるじゃないか!ていうか、こういう人の人生観的な文章にこそ得るものがあるんじゃないかい?人生楽をして生きたい僕としては盗めるものは盗んで行きたい。そういう意味ではこの記事、結構為になったなー。

ありがとうございます。これからの人生に活かさせていただきます!

2014.02.25

さくら
後半でジョッキ生さんが文章から影響を受けた事はわかったのですけれど、「つまり~」の説明が曖昧でピンとこなかった感じがありましたわ。
さやわか
む。姫の率直な意見!僕は全体的にはくだけた文体で、読みやすいレビューだと思いましたぞ。しかしあらためてこのレビューを読んでみると、おそらく姫がそう感じたところというのは、「自分の中のモノを置き換えて、他人に理解できるモノにする、ということらしい」という一文に集約されるんだと思いました。「自分の中のモノ」というのはおそらく、自分の中にある考え、みたいな意味なんだなと何とか推測できますが、「置き換えて」というのは、何に置き換えるのかちょっと伝わりにくい。「自分の中のモノ」というところで既に引っかかっているのに、さらに伝わりにくい表現が続いてしまうので、どうも何を言いたいのかわからなくなってしまうわけです。そこがハッキリしないので、その後の脚本家の話もうまく例として伝わっていないようです。「人に理解してもらうことに労力を惜しまない」というレビューだったので、そこが伝わらないのは少々惜しい。ということで「銅」にいたします!

本文はここまでです。