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読者レビュー

銀

サエズリ図書館のワルツさん1

本にまつわる物語が多い理由

レビュアー:オペラに吠えろ。 Lord

 本にまつわる物語を読むのはわたしにとって、とても心躍ることだ。本好きには、きっと同じことを思う人は多いだろう。

 「古本屋探偵の事件簿」(紀田順一郎)、「ビブリア古書堂の事件手帖」(三上延)、「れんげ野原のまんなかで」(森谷明子)、「夜明けの図書館」(埜納タオ)、「本屋の森のあかり」(磯谷友紀)、「愛についてのデッサン」(野呂邦暢)、「晴れた日は図書館へいこう」(緑川聖司)、「おさがしの本は」(門井慶喜)……ちょっと考えただけで、これだけの本にまつわる物語を思いつく。ここにわたしの知らない物語を加えたら、その数がどれだけ膨れあがるのかはわからない。それだけ、「本」と「物語」の組み合わせがいいということなのだろう、きっと。

 「サエズリ図書館のワルツさん」も、そうした系譜に連なる物語の一つだ。ただし、舞台は「本」がとても貴重になった近未来。電子書籍が当たり前になっており、本(紙でできた書籍)は嗜好品になっている。「サエズリ図書館」はそんな世の中において膨大な数の本をそろえている場であり、そこでさまざまな人が出会い、物語が紡がれていくことになる。

 そんな設定なので、本に対する考え方は、今を生きるわたしたちとはだいぶ違う。それはもう、ファンタジーといってもいいほどに。そこに至るまでには、何らかの戦争が起こったことが一つの要因になっていると作中に示されているので、世界観自体が現在からは隔たったものであることは確かなのだけれど、それは物語の序盤ではほとんどストーリーに絡んでくることはない。だから言ってみれば、「本」に対する扱いが一つ違うだけで、世界はここまで違ったものに見えるのだ、というのが驚きだった。

 だけど、これまで言ってきたことと矛盾するかもしれないけれど、そんな本書を読んでいるあいだ、わたしはずっと、物語の中の出来事が他人のことだとは思えなかった。生きる時代も、場所も、価値観も違うのに、どうしてわたしはこんなにも彼らの気持ちがわかるのか。本にまつわる人々の思いはいつも変わらないということなのかもしれない。作者の腕が優れているからなのかもしれない。でも、そうしたこととは違う何かがあるような気がずっとしていた。「リアリティー」というのとはちょっと違う、彼らの世界が、わたしたちの世界と地続きであるような感覚が。

 だからこそ、作者の紅玉いづきがあとがきで、「二〇一一年の春、この国をおそった震災の中、もしかしたら、本はなくなるのかもしれない、と思いました」と書いているのを見たとき、すべてが腑に落ちた。この本で描かれているのは、そういう世界なのだと。作中では戦争が要因の一つだと描かれているけれど、それは「災害」でも置き換え可能だった。いや、もしかしたら、何かのきっかけで「本」が貴重になり、本の中で描かれているようなことが現実でも今、起こっているのかもしれない。実際、2年前にはわたしたちの身に起こりかけたじゃないか、と。

 こうしたことを書くと、この物語を説教くさいものだと思う人がいるかもしれない。でも、それは間違いだ。わたしが上で書いたようなことは、この物語のほんの一側面でしかない。けれどもわたしは、そのことに気が付いたとき、作中で描かれている本と人との出会いが、そして人と人との出会いが、たまらなく愛しいものに思えたのだ。人がいつか死ぬように、本はいつかは朽ちる。だからこそ、人と本が出会ったとき、そこには物語が生まれる。

 それが、本にまつわる物語が生み出され続けている理由なのかもしれない。

2013.07.08

さくら
姫候補として本を通して人とつながる機会が増えました。本がなくなってしまう未来。それは想像するととても悲しいことです。本を題材にした物語って心があたたまります。
さやわか
熱意を持って書かれた文章で、しかも冷静な説得力があります。「銀」とするには相応しい。「本についての本」に付けられたレビューとして、筆者自身がこの作品を読んだ経験について書くというのは正しい姿勢だと思います。特に「だけど、これまで言ってきたことと矛盾するかもしれないけれど」というところが、いい。作品を読み進めるにつれての筆者の心の動きがうまく出ていると思います。これを「金」にするのには、もうちょっと内容を整理しながら、やはり「二〇一一年の春、この国をおそった震災の中、もしかしたら、本はなくなるのかもしれない、と思いました」という部分について深めていくのがいいかなと思います。実はこの文章からだと「災害」によって本がなくなるという理由はちょっと曖昧なんですよね。「戦争」なら焚書にされたり図書館が破壊されるというのはわかるのですが。それを書くことがなぜ「説教臭い」のかも、わずかですが書き手の印象に頼っているところがあると思います。そういう部分を突っ込んでいくともっとよくなると思いますぞ!

本文はここまでです。