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読者レビュー

銀

大日本サムライガール

「やりたいことがないといけない」という風潮が気にくわない

レビュアー:オペラに吠えろ。 Lord

「何か、自分の人生でどうしてもやりたいことがある人は手を挙げてー」
 そう尋ねられたとき、何の躊躇いも手を挙げられる人をわたしは尊敬する。社会の荒波を二十数年、ふにゃふにゃむにゃむにゃと生き長らえてきたわたしは常に「やりたいことをやる」のではなく、「やりたくないことをやらない」ようにしてきたからだ。もちろん、日々の暮らしの中での「やりたいこと」はある。今日はラーメンを食べたいとか早く寝たいとか女の子とデートしたいとかエトセトラ。けれども、自分の人生を賭してまでやりたいことがあるかといえば、うーん、残念なことに、ないのである。そんなわたしだからなのか、「大日本サムライガール」の語り手である織葉颯斗には似たものを感じずにはいられない。

 もちろん、颯斗自身はいいとこの坊ちゃんで大企業に就職してそれなのに訳のわからない理由でさっさと辞めて芸能プロダクションを立ち上げて日毬をサポートする上にちゃっかりデートもしてしまうという、まあ、夜道で後ろから襲われても「まあ、仕方ないよね」と思える人物なのだが、そんな彼にも一点だけ共感できることがある。大企業の御曹司である彼の行動の原動力は「父親の言う通りにしたくない」という反抗心なのである。だから、就職時に父親の威光が関係していた職場も辞めてしまうし、それをきっかけに父親の軽蔑する芸能界に足を踏み入れることにもなる。それらしい理由をつけて日毬とちゃっかりデートしやがったあたりは職権濫用といわれても言い返せないだろうが、「やりたいことをやっている」ように見える彼が、実は「父親に従うという『やりたくないこと』をやらないようにするためにはどうしたらいいのか」というのを第一に考えているというのは、本作のポイントにもなっている。

 なぜなら、主人公たる神楽日毬は、颯斗とは正反対に「やりたいこと」を最優先する人間だからだ。ここに颯斗が日毬を気に掛ける理由がある。もちろん彼女が16歳の現役美少女高校生ということも少しは関係しているだろうが、何よりも颯斗は「自分にない『やりたいこと』」を持っている日毬に惹かれるのである。そして、日毬に欠けていた「目標を達成するための手段」を示す。それが「アイドルになる」というのは少々現実離れしているように思えるが、「アイドル」の本来の意味である「偶像・崇拝されるもの」という観点からすれば、最初の段階から颯斗は自分にないものを持っていた日毬を崇拝していたのだから、日毬がトップアイドルになることは颯斗にとって当たり前のことなのである。

 第1巻の段階では日毬がアイドルになっていく過程ばかりがフィーチャーされているが、わたしとしては颯斗の「自分探しの物語」として読むこともオススメしたい。颯斗は日毬を中心とした騒動に巻き込まれてしまったことで、徐々に「自分のやりたいこと」を自覚していくことになる。物語の冒頭で、颯斗は26歳。30代という一つの節目が見えてきている中、自分の「やりたいこと」が見つからずに悩んでいる同世代も多いだろう。颯斗と同世代の人にこの物語をもっと読んでもらうことで「自分探しの物語」の一面にスポットが当たることを願いたい。

2013.06.22

さくら
颯斗にとって日毬ちゃんは自分のやりたいことを探すための、太陽のようにキラキラ輝く道しるべにもなっているのでしょうね。日毬ちゃんの進撃っぷりに目が行きがちですが、主人公の颯斗の成長の物語という視点でも読んでみたいと思います
さやわか
これはうまいレビューです。軽妙な文体なのですが、なかなかどうして書き慣れている。そして颯斗と日毬という二人の登場人物の間にある「やりたくないことをやらない/やりたいことをやる」という対比をしっかりと指摘している。作品を読むための新たな視点を与えていると思います。つまり批評性がある。「銀」にいたしました!少しだけ気になったのは、日毬の「目標を達成するための手段」というのは、イコール日毬にとって「やりたくないこと」だったのではないか? ということです。「手段」という言葉は、そういう意味ですよね。ここは発展させることができたと思います。たとえばここには、「やりたくないことをやらない/やりたいことをやる」という二人がペアとなって「やりたいことをやるために、やりたくないことをやる」という共犯関係になる物語だと見ることもできるはずですよね。それがレビューの最後に書かれている颯斗の「やりたいこと」につながっていくというのは言うまでもないはずなので、このへんを考察すればさらに深い読み応えをレビューに与えられたのではないかと思いました。もっとも、文章が長くなりすぎないようにするのが大変かとも思いますので、これはこれでいいでしょう!

本文はここまでです。