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読者レビュー

金

iKILL

Q:生き続ける方法って、何?

レビュアー:飛龍とまと Adept

 A:自分を『殺す』こと。

 ここで言う『殺す』は、何も命を絶つことに限らない。

 我々の日々は常に順風満帆とは行かない。
 喜びだけに埋め尽くされる人生などそうはない。
 何もかもが美しいとは限らない。
 光があれば、影があるように。

 人は生き抜くために無意識に自分を殺している。
 昨日までの自分。
 友人と喧嘩した自分。上司に怒られた自分。落ち込んだ自分。
 負の感情に支配された自分そのものを、無意識のうちに殺す。それが出来る者は、混沌に支配された世界を悠然と踏み歩くことが出来る。ただそれが満足に出来ない者もいる。
 負に押しつぶされそうになると、人間は選択に迫られる。
 一つは、本当の意味で自分を『殺す』こと。
 そしてもう一つは、まず<何らかの方法>で自分を負に陥れた相手を『殺す』。のちに殺意を持ってしまった自分を、『殺す』こと。この方法でうっかり『自分殺し』に失敗した場合、どうなるかを想像するのは難くない。消えない殺意がどこへ転嫁するのか、それを知る者は死に損ねた自分だけだ。

 物語の主人公、小田切明は前述の<何らかの方法>を請け負う、一言で説明するならば殺し屋だ。
 一見決して安いとは言えない、しかし人間の命にしては安過ぎる512万円という金額を支払うことによって、彼はどんな方法を使ってでも『殺す』ことをやってのける。
 最も、ここで言う『殺す』とは本当の意味であり、決して先述した命を絶たない『殺す』ではないが。
 おそらく、彼は他人の『自分殺し』の手伝いをしているのだろう。依頼は耐えることなく訪れる。自分を殺し続けることに堪え切れなくなった人間達が、彼に金を払って助けを求める。殺意を持つ自分を、自分自身で殺すことが出来ないんだ。どうか手伝ってくれ、と。
 ……生きる為には、どうしても I kill が必要ということらしい。
 それはどこか矛盾しているようで、どうにも皮肉めいて聞こえるが。

 また、彼の華麗とも呼べる殺害風景が、この物語には余すところなく書かれている。
 残酷な描写も多々ある一方で、痛快さに似た何かさえ感じてしまうそれは優しさにすら思えてしまう。
「急ぐかい、それとも、ゆっくりやるかい」
 もう、私はこの血なまぐさい物語に取り憑かれてしまっているに違いない。

 自分を殺すだって? 訳の分からないことを言うな、悪いけれども何を言っているのかさっぱり分からない、そう思う方は是非この物語を一読して頂きたい。私の綴った言葉の意味を理解することが出来るかもしれない。
 赤く彩られた空間に魅入られてしまえば最後、間違いなくあなたは自分を『殺す』ことになるだろう。

 本来目を背けるはずであった、惨たらしくも美しい世界を見つめてしまったという自分を――

2013.04.30

さやわか
文章には不思議な魅力があります。変な言い方ですが、このレビューには小説を書く才能を感じる。しかし同時に評論の才能もある。論は一方を向いていて、そこまで考えを裏切ってくれるほどではない、つまり単純なように見えるのですが、その堅実な筆の運びがダイナミックな力を感じさせる。その力は「生き続けるためには自分を殺すことが必要で、つまり殺しの依頼をする者は自分殺しの手助けを求めている」というロジックをどこか魅力的に見せてくれる。ただ、このレビューはそのかわり、評論的な文章にしては抽象的に感じられるところがいろいろあると思います。だからたぶん商業誌などに載せるものとしては成り立っていない。でも僕は何かそういう基準を超えたものを感じました。正直こればっかりだとレビューとしてはきついと思うのですが、それでも謹んで「金」をお贈りします!

本文はここまでです。