星海社朗読館『銀河鉄道の夜』 第9章「ジョバンニの切符」
物語る声にひたって
レビュアー:横浜県
朗読館『銀河鉄道の夜』は第9章「ジョバンニの切符」から始まる。ジョバンニとカムパネルラは、もう銀河鉄道に乗っている。それは宇宙を走っている。『銀河鉄道の夜』を未読の人は少ない。僕もあらすじを覚えている。でもいきなり第9章を読んだって、状況を理解できるわけがない。僕はページをめくりつつ、銀河鉄道の内部を少しずつ思い描く。しかしこの想像という作業は疲れる。物語を無理に途中から追うような機会は普通ないのだから。そこで僕は付属のCDを聴こうとする。坂本真綾の心地よい朗読が始まる。自分で物語の風景を考えることをやめて、流れてくる言葉にひたすら身を任せる。彼女が「ごらんなさい」と言う。「あれが名高いアルビレオの観測所です」すると頭の中に観測所が現れる。「黒い」と言う。脳内の観測所が黒くなる。「大きな」大きくなる。「四棟」四つになる。僕は何も考えない。ただ彼女の声に聴き入り、受け流されるままでいる。それでも銀河鉄道は、ジョバンニとカムパネルラは、だんだんと形作られていった。そうやって僕はいつものように、物語の世界へと没入していく。朗読館が第9章から始まるということは、むしろ素敵なことなのかもしれない。朗読がもつ力、読者の想像を自然に喚起する力。それをいっそう味わうための趣向であるようにすら思えた。やがて「もう一目散に河原を街の方へ走りました」と最後に彼女は読み上げた。ジョバンニが走り出した。そしてCDが止まったそのとき、頭の中のスクリーンには幕が下ろされた。