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読者レビュー

銀

サクラコ・アトミカ

手をつないで、さあ逃げ出そう

レビュアー:ややせ Novice

願ったこと全てが叶ってしまう世界。
それはさぞかし卑小で、狭く、つまらない世界なんだろう。確かにそんな世界なら、壊してしまっても惜しくはない。
計り知れない力を持った、ディドル・オルガ。願えばその通りになる、もはや全能の神と言っても過言ではないオルガにとってこの世界は、既に自分とイコールの存在なのだ。オルガがこの世界であり、この世界がまたオルガの構成要素なのである。

だから、オルガの思いつき、気まぐれに、振り回されるたくさんの人々の悲劇、といった印象はあまりなかった。
この一つの閉ざされた世界の中で、最強の意思を探して殺しあう一つの実験のようにすら思えた。
ときに露悪的に、わざとらしい言動をするオルガ。
それに立ち向かうナギとサクラコ。
全能の神に相対するには、少年と少女は幼すぎ、無力だ。
オルガの手のひらの上でじゃれ合い、ままごとのように心を確かめ合い、オルガから逃げ出そうとすることしかできない。
だが、この世界そのものが、もはやオルガの一部であり、オルガ自身なのだ。逃げ出すことなどできるはずもない。

けれど私は、ナギとサクラコがそれぞれに戦う瞬間よりも、逃げようと決めた瞬間に一番感動した。
その小さな離反から、全てが始まったからだ。
世界を滅ぼすための道具とされるくらいなら、と死を選ぼうとしたサクラコ。
無理だとわかっているのに、背に翼を広げたナギ。
逃避とは良くないものだと思い続けてきたけれど、ここに書かれている逃避は小さな気づきと強い意志に支えられて、まるで流星のように美しい。

物語を全部読み終えて、結末を知った今でも、私の中のナギとサクラコは楽しそうに笑み交わしながらじゃれあっている。
願ったこと全てが叶う世界ではなかったから、少年は誰よりも強くなろうとした。少女も誇り高くあろうとした。
夜の闇の中で、互いの心を探り合う二人が愛しく、この逃避行を叶えてやりたくてしょうがなくて泣きたくなるのだ。

「そうではない、ほんとにずっと飛ぶのだ」
「ん?」
「永遠に飛べ、ナギ」

2011.12.20

さやわか
おお、このレビューはすごくいいですね。ひとまず「銀」を贈呈したいと思います。戦うよりも逃げる意志こそが最初の強い意志だったのだという指摘もさることながら、それが『サクラコ・アトミカ』の飛翔のイメージに重ねられて実にいい読後感を与えてくれる。ちょっとだけ、この小説を読んだことのない人にはわかりにくいかもしれないのと、わずかに抽象的すぎるように思いましたが、たぶんこのレビューはこの文章単体で読めるようになっていると思います。長さはもうほんの少し短くてもいいのですが、しかし気にはなりません。なんだか気になる点ばかり挙げていますが、とても見事な出来だと思いますぞ!

本文はここまでです。