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読者レビュー

銀

「青春離婚」 紅玉いづき

恥ずかしい話をしよう

レビュアー:ややせ Novice

デビューの時から、ずっとこの作家のファンである。
悲願のように、あるいは呪いのように、ずっと。
紅玉いづきに、現代を舞台にした、普通の娘が出てくる恋愛ものを書いて欲しいと思っていた。

青春離婚という、意表を突くタイトル。
一体どういう意味なんだろう、どんな話なんだろうと思うのは一瞬で、読み始めるとなるほどアレかとすぐに思い当たる。
同じ苗字の男子と女子が夫婦だと囃し立てられるなんてのことは、虚実共に珍しいことではない。
その後の展開も、王道だ。公認の関係にされてしまって、なんとなく一緒にいるうちに好きになってしまうなんて。まったく、ありふれているにもほどがある。
お約束に心の壁がなくなって、お決まりの胸をざわつかせる出来事があって、予定通りの卒業という別れが目前に迫ってくる。

高校生活の三年間の短さを、卒業してしまった私は既によく知っている。けれど、高校時代の私も、そのことを痛いくらいに知っていた。
時は戻せないし、止められない。後悔は先には訪れないし、機会も無限では無いと分かっていた。
それでも、一体何ができただろう。その日一日をやり過ごすのに精一杯で、自分以外のことを思いやるゆとりもない時代に。
しかし、かつても今も同じだ。成長も進歩もしていないまま、異なる水槽の中で不安げに周りの顔色を窺っている。
一体いつになったら、上手くひとを好きになれるのだろう。
そんな私に、問答無用の容赦ない弱さとまっすぐさを見せたのが「青春離婚」だった。

新しいクラスの冷んやりとした息苦しさやルールに順応していく達成感。分かります。
髪の毛で顔を覆って、ささやかな鎧のように安心するのも、うん、分かる。
細かい言葉尻に意味をいろいろ考えて悩むのも、ちょっとしたイベントに浮かれたり不安になったりするのも、よーく分かる。
触れられてパニックになるのだって、自分の手で終わらせなきゃと思う気持ちだって、ええ、ええ、分かりますとも!と絶叫したいくらいである。
誤解を恐れずに言えば、女子だから分かる、共感できるのかもしれない。図々しく願うなら、男子には分かって欲しい、といったところか。
そこにいるのは、制服を着ていた頃の私だ。警戒心をむき出しにして、目ばかり大きく見開いていた、十代の頃の私。
誰もが持つ特別な日々の中から、もの問いたげに見つめてくる無様だけれどかわいくてかわいくてしょうがない私。

想われていた。やさしくされていた。
そのことに気づいた郁美の気持ちが溢れ出る終盤の、短文と単語の繰り返しが、否応なしに物語を高めていき、加速させる。
頁をめくるのも、この出来事を語るのももどかしいとばかりに、少女が駆け出して飛び出して行こうとする。
やめて、行かないで、いつまでもいじいじと悩む女の子でいて、とも思う。
と同時に、彼女が勇気をもって踏み出してくれたら、私の苦い思い出も未来に向かって開くのではないかという希望で胸がいっぱいになる。
そして、登場人物である郁美に追いつかれたとき、何とも言えない清々しさと共に、私は彼女の背中を見送るのだ。
一体どれくらいの物語の登場人物達が、留まらずに、軽々と羽ばたいていく姿を我々に見せることで我々の救いとなってくれたことか。
変化を恐れないことと、終わりを始まりに変えること。郁美はそれを我々に教えて、文字通り消えてしまった。

HEROの絵は、その一瞬一瞬の大切さをよく捉えていると思う。
スマートフォンがうまく扱えず、それだけでもうこの世の終わりのように思ってしまう気持ち。
あの瞬間の泣きたくなる気持ち。
宝物のように大切な時間を、そっと手のひらにすくうようにして見せてくれるであろうコミカライズの方で、かつての私たちのような郁美がゆっくり羽化していくのを見ることができるだろう。
今はそれが、ただただ楽しみだ。

2011.12.20

さやわか
これまた清々しい、いい文章です。「青春離婚」という作品への共感と愛情が深まっていく様と、前向きなラストが、書き手の心の動きを実によく伝えてくれると思います。決して複雑なことが書いてあるわけではないのですが、順序が正しいせいか、納得させられます。だから僕はこれは「銀」としていいものだと思います。順を追っているがゆえに、少し冗長になるきらいもあるので、レビューの読み手によっては苦手に感じるかもしれないとは思います。しかし、どこをどう短くできるというわけでもないものが難しい。強いて言えば課題はそこでしょうか。ともあれ、これはこれでいいものですぞ。

本文はここまでです。