空の境界
織というキャラクター
レビュアー:牛島
両儀織というキャラクターについて語るとき、私は冷静であれる自信がない。
『空の境界』の主人公・両儀式の抑圧された人格。二重人格の裏側。破壊衝動の塊。人を殺すことしかできないからって自分を押し殺し続けた、不器用で純粋な少年。式と黒桐の幸福のためには自分が邪魔でしかないと理解し、自ら消えることを選んだ日陰者。
私が『空の境界』で一番同情するのは彼であり、そういうファンの人も多いのではないかと思う。
式を支え。黒桐と戯れ。そして、二人の未来のために消えてしまった彼。
『未来福音』のラスト――10年越しの物語の結末は、そんな彼が死の直前、ささやかに救われたことで幕を閉じた。
さて。
なぜ織の話を始めたのかと言うと、巷で話題の星海社の『空の境界』フェアが原因だ。『空の境界』公式新刊を二冊セットで買えばストラップが当たることでえらく盛り上がっている。しかし、式のストラップに目を奪われがちだが――真の仕掛けは織にあるように思うのだ。
『空の境界』フェアとして今回出版されたのは『漫画版』と『未来福音』である。言わずもがな『漫画版』は最前線での連載が書籍化されたもので、『未来福音』は2008年に伝説のサークル「竹箒」名義で出された同人誌のリメイク版になる。
『漫画版』に収録されているのは『俯瞰風景』と『殺人考察(前)』の途中まで。織がヒロインとしか思えない黒桐とのデートシーンも入っている。
『未来福音』は同人版から漫画をオミットしたもので、未来視にまつわる4つのエピソードが収録されている。そのラストにて、織というキャラクターの結末が描かれた。
で。この二つを同時に読んだとき――『漫画版』を読み、『未来福音』を読んだとき、不覚にも泣いてしまった。の二つの作品は、織というキャラクターを通して、深い繋がりが見えてくる。
『漫画版』の『殺人考察(前)』で黒桐と戯れていた彼は、その裏側、『未来福音』で独り未来を想って死を受け入れていた。織というキャラクターに注目すると、この二冊はこれ以上なく見事に繋がるのだ。
同人版の『未来福音』を読んだときに感じた感動が、二つの作品を通して再編集され取り出されてしまった。これを偶然だとは言わせまい。星海社側の編集の妙だろう。
では何故、織を推すのか。
また、我々はなぜ織を忘れられないのか。
それは奈須きのこ氏の創る物語の特質を、彼が一身に引き受けているからではないかと思う。
私が奈須きのこ氏の作品を好きな理由の一つに、物語に対する真摯さがある。氏の作品に触れたことがあるならば、それは決して優しい世界ではないということがわかるだろう。いつだって氏は残酷な世界を、冷徹に描く。無論、そうした中で守られたささやかな幸福は、私たちの心に深く焼きつけられるのだが。
これを織に当てはめてみたい。
彼の異常性は優しくない世界そのもので。
彼自身が下す自死という決断は筆者の冷徹な筆致と似通い。
彼が夢見た黒桐と式の幸福は物語のハッピーエンドに他ならない。
きっと私はいつまでも織のことを忘れないだろう。忘れることなどできるはずがない。
真摯で健気だった彼は、私が惚れ込んだ作品そのものなのだから。
『空の境界』の主人公・両儀式の抑圧された人格。二重人格の裏側。破壊衝動の塊。人を殺すことしかできないからって自分を押し殺し続けた、不器用で純粋な少年。式と黒桐の幸福のためには自分が邪魔でしかないと理解し、自ら消えることを選んだ日陰者。
私が『空の境界』で一番同情するのは彼であり、そういうファンの人も多いのではないかと思う。
式を支え。黒桐と戯れ。そして、二人の未来のために消えてしまった彼。
『未来福音』のラスト――10年越しの物語の結末は、そんな彼が死の直前、ささやかに救われたことで幕を閉じた。
さて。
なぜ織の話を始めたのかと言うと、巷で話題の星海社の『空の境界』フェアが原因だ。『空の境界』公式新刊を二冊セットで買えばストラップが当たることでえらく盛り上がっている。しかし、式のストラップに目を奪われがちだが――真の仕掛けは織にあるように思うのだ。
『空の境界』フェアとして今回出版されたのは『漫画版』と『未来福音』である。言わずもがな『漫画版』は最前線での連載が書籍化されたもので、『未来福音』は2008年に伝説のサークル「竹箒」名義で出された同人誌のリメイク版になる。
『漫画版』に収録されているのは『俯瞰風景』と『殺人考察(前)』の途中まで。織がヒロインとしか思えない黒桐とのデートシーンも入っている。
『未来福音』は同人版から漫画をオミットしたもので、未来視にまつわる4つのエピソードが収録されている。そのラストにて、織というキャラクターの結末が描かれた。
で。この二つを同時に読んだとき――『漫画版』を読み、『未来福音』を読んだとき、不覚にも泣いてしまった。の二つの作品は、織というキャラクターを通して、深い繋がりが見えてくる。
『漫画版』の『殺人考察(前)』で黒桐と戯れていた彼は、その裏側、『未来福音』で独り未来を想って死を受け入れていた。織というキャラクターに注目すると、この二冊はこれ以上なく見事に繋がるのだ。
同人版の『未来福音』を読んだときに感じた感動が、二つの作品を通して再編集され取り出されてしまった。これを偶然だとは言わせまい。星海社側の編集の妙だろう。
では何故、織を推すのか。
また、我々はなぜ織を忘れられないのか。
それは奈須きのこ氏の創る物語の特質を、彼が一身に引き受けているからではないかと思う。
私が奈須きのこ氏の作品を好きな理由の一つに、物語に対する真摯さがある。氏の作品に触れたことがあるならば、それは決して優しい世界ではないということがわかるだろう。いつだって氏は残酷な世界を、冷徹に描く。無論、そうした中で守られたささやかな幸福は、私たちの心に深く焼きつけられるのだが。
これを織に当てはめてみたい。
彼の異常性は優しくない世界そのもので。
彼自身が下す自死という決断は筆者の冷徹な筆致と似通い。
彼が夢見た黒桐と式の幸福は物語のハッピーエンドに他ならない。
きっと私はいつまでも織のことを忘れないだろう。忘れることなどできるはずがない。
真摯で健気だった彼は、私が惚れ込んだ作品そのものなのだから。