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読者レビュー

銀

おじいちゃんの小説塾

滝本竜彦を知りたいあなたへ

レビュアー:横浜県 Adept

「おじいちゃんの小説塾」
このタイトルを読んで度肝を抜かれた方も多いはずです。
僕だってそうです。だって滝本竜彦といえば青春小説の書き手だったではありませんか!
処女作だって、代表作の『NHKにようこそ!』だって、青春の甘酸っぱさや苦々しさが描かれていたではないですか。
それがどうしたことか、おじいちゃんですよ。おじいちゃん。
かつての滝本竜彦ファンなら敬遠したくなるかもしれないタイトルです。
(滝本竜彦は2003年から2010年まで7年間に渡る長いスランプにかかり休業していました)
でも僕はそんな彼らにこそ、「青春小説が読みたいんだよ! なんだよおじいちゃんって!」と思っている人たちにこそ、この作品を読んでほしいと思います。
それを説明するためにはまず、おじいちゃんが滝本竜彦である、というところから話し始めなくてはなりません。

もう一度いいます。おじいちゃんは滝本竜彦です。
だからこの小説はタイトルを「滝本竜彦の小説塾」に変更してもいいくらいです。
もちろんまるっきり同じではありませんが、2人にはかなりの共通点が見られます。

まずは人気を博していながら重度のスランプにかかってしまったことです。
おじいちゃんは「あらゆる文章が書けなくなった」と記されていますが、同様に滝本竜彦もライターズブロックにかかり、7年も単行本を発表できません。

Twitterでリハビリをはかろうとした点も同じです。彼らはツイートを書いては修正し、書いては修正しを繰り返します。
また2人とも専門学校で小説執筆の指導を始めています。

そして何よりも重要なのは、「職人系執筆術」から「直感系執筆術」への転向です。
前者は「論理的な思考を重視する」メソッドで、後者は「その真逆」だそうです。
2人はスランプを克服して再び小説を書くため「心の全体、潜在意識のレベルを使って書くことによって、より深く豊かな創作が可能になる」と考えたのです。

(「えー、本当に?」と疑っていらっしゃる方は、Twitterについてなら実際にアクセスしてくださればよいとして、休業中の経緯については角川書店の『ノベルアクト1』掲載のインタビューに詳しいので、そちらをご参照くださればよろしいかと)

さて、おじいちゃんが滝本竜彦と似た人物であることはお分かりいただけたかと思います。
ところが一体それがなんだというのでしょう?
実はこれにより滝本竜彦という作家についてより深く理解することができます。
彼とおじいちゃんがそっくりに描かれているということは、これすなわちおじいちゃんに関する記述が、滝本竜彦にもあてはまるかも? ということなのです。
例えばおじいちゃんは「ストーリー、キャラクターの分析や、文体の研究など、小説の内容を向上させるための様々なテクニックを覚えこみ、それを活用」したり、「小説のあらゆるストーリーも、キャラクターも、テーマも、いくつかに類型化」するなどしてデビューを果たしたとされていますが、これは恐らく滝本竜彦自身がそうだったのだろうと想像がつきます。
そして彼はそんな「職人系執筆術」を捨てて転向するわけですが、そのいまいちどんなものか想像がつきにくい「直感系執筆術」についても、おじいちゃんの記述を参照すればよいことになります。

さすればいま彼がどんなことに注意を払いながら小説を執筆しているのかが丸分かりなのです。
もちろん休業中の彼がいったい何に悩み苦しんだのか、その詳細を推測することもできるでしょう。
滝本竜彦がスランプへ突入してから7年も待たされたファンにとって、この作品は彼の現状や沈黙期間の詳細を知るよいきっかけになりうるのです。
(もちろん滝本竜彦のことをこの作品で初めて知った方にも、彼がどんな作家なのかを分かってもらうためのよい材料になるはずです)

だから僕はこの作品を、かつて滝本竜彦が好きだった人たちにこそ読んでほしい。
彼の作品が、青春小説が好きだった人にこそ読んでもらいたい。
なぜ滝本竜彦はスランプに陥ったのか。青春小説をはじめ、あらゆる文章を書けなくなってしまったのか。
そしていま復活した滝本竜彦は、いかにして、かつ何を思いながら小説を書いているのか。

僕らがそれを知ったとき、きっとまた滝本竜彦のことが好きになって、彼を待ち続けた7年間のことを、そしてあの7年前の青春を、思い起こされるに違いないのですから。

2011.12.20

さやわか
実はこのレビュー、かなりいいと思います。僕は好きですな。読ませるものがある。「(滝本竜彦は2003年から2010年まで7年間に渡る長いスランプにかかり休業していました)」みたいな書き方は説明が前後してしまっているようにも見えますが、素朴さがあって親しみやすいとも言えます。そして「滝本竜彦ファン」に向けた文章のようでありながら、それだけのことを言われる滝本竜彦という人はどんな人なのだろうか、と滝本竜彦を知らない読者にも思わせる文章になっている。そのうえで、「おじいちゃんの小説塾」という作品が、作家にとってどんな意味を持っているのかを語れている。これは、いいのではないでしょうか! 悔やまれるところがあるとすれば、「おじいちゃんの小説塾」という作品がすでに公開を終えていることくらいでしょうか。でもそれはもちろん、レビューを書いた人の責ではありませんよね。ということで「銀」といたしましょう。

本文はここまでです。