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読者レビュー

銀

ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編

俺のレナがこんなに物憂いわけがない

レビュアー:ヨシマル Novice

そのセーラー服の少女の視線から感じたそれは、どうしようもなく違和感だった。

オレンジに焼けた茅葺きの民家にツートンカラーの制服は組み合わせとすればミスマッチに感じるかもしれないけれど、『ひぐらしのなく頃に』を知っているものならお馴染みの光景だ。学校帰り、点在する民家、佇む少女、本書の表紙に描かれたそれらは『ひぐらしのなく頃に』の世界観を象徴するようなものばかり。けれど、この表紙に描かれた少女・竜宮レナから伝わってくる雰囲気は私の知っている竜宮レナのそれとは異なっているように感じられて仕方がなかった。端的に言えばこの表紙に描かれた竜宮レナは私の知っている竜宮レナではなかったのだ。

いったい私の知っている竜宮レナと表紙に描かれた竜宮レナはなにが違ったのか。
答えは単純。絵が違う。
当然のことだけれどこれは重要なことだ。

私の『ひぐらしのなく頃に』原体験は原作のゲームだ。原作である『ひぐらしのなく頃に』はノベルゲームと言われる形態をとっている。簡単に説明すれば、ノベルゲームとは立ち絵と呼ばれる人物の絵とともに画面上に表示される文章を読み進める形式のことを指す。特に原作ゲーム『ひぐらしのなく頃に』ではゲーム中の人物のビジュアルは全て原作者・竜騎士07による立ち絵によって描かれている。だからだろうが、私の竜宮レナのイメージは原作者である竜騎士07が描いたものが強い。もちろん、竜騎士07の描く竜宮レナが本書のイラストレーター・ともひの描くそれと異なることは当然だ。けれど私が感じた違和感はキャラクターデザインやタッチの違いとは別のところにあった。

ノベルゲームでは立ち絵のキャラクターの表情を変化させるために場面に応じて目や口等の顔のパーツだけを取り替える手法を使う。そのために多彩な表情を作れるけれど、予め決められたパーツを使うので喜怒哀楽といった典型的な表情がその主になる。嬉しい時には笑顔になって、悲しい時には涙を流す。言葉を喋る時には立ち絵が表示されるのだから、ことさら表情は誇張されて表現され、一連の会話の中でも大きく表情を変化させる。だから私の中で竜宮レナとはいつでもそういった分かりやすい表情をする人物だった。

翻って本書の表紙に描かれた竜宮レナはどうだろう。セーラー服を着ているから学校帰りであることは推測できるけれど、視線の先に誰がいるのか分からない。なんとも形容しがたい物憂い表情を浮かべているのだ。喜んでいるわけでもないし、怒っているわけでもない。まして哀しみや楽しみの表情でもないだろう。それは一瞬を切り取ったように感じられる。近しい人の前であるなら次の瞬間には笑顔が溢れるかもしれない。敵対心が強ければ引きつった顔になるに違いない。そういった次の瞬間への可能性を持った表情なのだ。一枚の絵だからこそ現れる次の瞬間への連続した一瞬なのだ。

違和感の正体はここにあった。原作のゲームだったら仲間といるときは嬉々とした表情をするし、そうでなければ嫌悪感なり無表情といった自己主張をしているだろう。つまるところ、私が知っていた竜宮レナなら表紙の竜宮レナが浮かべている微妙に陰のある表情をしないのだ。だから、私にとって本書の表紙に描かれた竜宮レナは別人だったのだ。

『ひぐらしのなく頃に』は各編毎に少しずつ登場人物の過去であったり行動パターンが異なってくる。それによって多種多様な物語が生まれることこそが『ひぐらしのなく頃に』の特徴の一つでもある。これもある意味でそれぞれの編で別の人物になっていると考えられるのじゃないだろうか。つまり、単体での『ひぐらしのなく頃に』でもキャラクターが別人に摩り替わっていて、各編ごとに竜宮レナがいるということだ。私が本書の表紙で感じた違和感はビジュアルという気付きやすい形で顕在化しただけに過ぎないのではないだろうか。もとから各編によって別人になることを許容している『ひぐらしのなく頃に』にはメディアや描き手によって種々に派生する可能性を感じさせてくれる。別人に摩り替わる――人が変わることで物語は全く別の側面を私たちに見せてくれるのだ。

さて、今回のレナはどんなレナなのか。その物憂げな表情で何を考えているのか、誰を見つめているのか。妄想しながら表紙をめくる。

2011.07.14

さやわか
レビュアー騎士団では、なぜか女性キャラの魅力を書いたレビューがあんまり寄せられないのですが、そういう書き方だって全然よいのですぞー!
のぞみ
竜宮レナという「ひぐらし」の登場人物の一人にこれだけの思いをぶつけるってすごいですね~。
さやわか
ですな。しかも、このレビューは、実は内容として『ひぐらし』という作品の本質的な部分を指摘している。たくさんの商品化が行われることで二次創作的に『ひぐらし』の世界が派生し、様々な竜宮レナが描かれることと、その作品の内部で何度もループを繰り返しながら別々の物語が生み出されていることを類比させているわけですな。美少女ゲームのキャラがいかにして成立しているかということにも言及できている。そしてそれらを難しげでなく、さらっと書けている。あとついでに、これは書いた本人にしか伝わらないかもしれないけど、このレビューの「愛情」に対する距離の選び方は絶妙なものがあります。ヨシマルさん、これはうまいレビューです。「銀」とさせていただきましょう!

本文はここまでです。