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レビュアー騎士団、第七場

『さやわかの星海社レビュアー騎士団』騎士號争奪戦ゲームボードにおいて第七場が観測されました。状況を報告します。

新しい読者レビューが以下のURLに掲載されました。

http://sai-zen-sen.jp/special/kishidan/readers/
それぞれのレビューで「続きを読む」をクリックすると講評を読むことができます。
話題が連続していますので、レビューは上から順に読んでいくことをお勧めします。

現在のランキングが以下のURLに掲載されました。

http://sai-zen-sen.jp/special/kishidan/ranking.html
第七場の得点状況は次の通りです。
「しどぅす」さんが「銀」を獲得しました。
「6rin」さんが「銀」を獲得しました。
「yagi_pon」さんが「銅」を獲得しました。
「USB農民」さんが「銅」を獲得しました。
「zonby」さんが「銅」を獲得しました。
「牛島」さんが「銅」を獲得しました。
「キノケン」さんが「銅」を獲得しました。
「ジョッキ生」さんが「銅」を獲得しました。
「独眼龍弐世」さんが「銅」を獲得しました。
「しどぅす」さんが「銅」を獲得しました。
「またれよ」さんが「銅」を獲得しました。
「まななみ」さんが「銅」を獲得しました。
「ややせ」さんが「銅」を獲得しました。
「ユキムラ」さんが「銅」を獲得しました。
「よ・よ・よ」さんが「銅」を獲得しました。
「横浜県」さんが「銅」を獲得しました。
「ラム」さんが「銅」を獲得しました。
ほか1名の方が「鉄」を獲得しました。

活躍によって上級称号を拝命したプレイヤーがいます。

「ラム」さんは称号「Adept」および「Initiate」を拝命しました。追って沙汰があり、希望する星海社の刊行物一点と星猫ラバーコースターが与えられます。
「キノケン」さんは称号「Initiate」を拝命しました。追って沙汰があり、星猫ラバーコースターが与えられます。
「しどぅす」さんは称号「Initiate」を拝命しました。追って沙汰があり、星猫ラバーコースターが与えられます。
「よ・よ・よ」さんは称号「Novice」を拝命しました。追って沙汰があり、tugeneko描き下ろしポストカードが与えられます。
「独眼龍弐世」さんは称号「Novice」を拝命しました。追って沙汰があり、tugeneko描き下ろしポストカードが与えられます。
「まななみ」さんは称号「Novice」を拝命しました。追って沙汰があり、tugeneko描き下ろしポストカードが与えられます。
第八場のためのレビュー投稿の受け付けが開始されています。2012年5月7日までに投稿されると第八場の掲載対象となります。掲載日は2012年5月17日です。
投稿フォームは以下のURLにあります。
http://sai-zen-sen.jp/special/kishidan/form/review.html
騎士號争奪戦のルールは以下のURLにあります。
http://sai-zen-sen.jp/special/kishidan/about.html

報告を終わります。

2012.04.23

銅

西川聖蘭『西川聖蘭第一作品集 幸福論』

黒と白の往復運動による幸福論

レビュアー:USB農民 KnightKnight

 こんなにも多種多様な黒と白が描かれたマンガは他にないだろう。醜い黒と綺麗な白。死の臭いのする黒と未来を感じさせる白。黒い下着と白い下着。闇の中に浮かぶ白いゴキブリ。くるくると回るようにその色を反転させていく画面の連続は、徐々に速くめまぐるしくなっていく。黒い感情が激しくなるほどに、その直後に現れる...

銅

『竹画廊画集 2010-2011』

少し変な形の本の話。

レビュアー:yagi_pon

騎士団の褒賞で、『竹画廊画集 2010-2011』を頂いた。灰色の封筒をあけると、変な形の本が入っていた。数年前に出された、横幅が狭いキャンパスノートみたいだ。シュリンクをとって、ぱらぱらとめくっていく。かわいいキャラクターに見惚れ、色使いに圧倒され、足や腰のラインに魅了され、眼に引き込まれる。一通...

銅

『渋谷/道玄坂で新聞を配る小説家・小柳粒男 二十四歳の地図』

もっと作品を読みたい。

レビュアー:USB農民 KnightKnight

『二十四歳の地図』。 ここには小柳粒男という二十四歳の作家が抱える、焦燥、苦悩、野望、泥臭さ、みっともなさ、頼りなさ、可能性、輝き、若さ、言葉、姿、趣味、物欲、近況、勇気、期待、不安、決意、そして著作のすべてが揃っている。 ここに足りないのは、新作の小説と、読者からの応援くらいのものだ。 小説を書く...

銅

虚淵玄『Fate/Zero』

貴方が私に残した 固くもろい絆

レビュアー:ラム、ユキムラ

 ライダー陣営の二人の関係を一言であらわすは困難だ。本来ならばマスターとサーヴァントという 主従であるはずの二人。ところが、過去に王であったイスカンダルはただの従者におさまりきらず、しかし王のわりにフレンドリーで、ウェイバーにとって、時に先達 時に悪友 時に父親 時に朋友…と、見守る者に与える印象を...

銅

虚淵玄『白貌の伝道師』

「真・悪・美」の少女の挿絵

レビュアー:USB農民 KnightKnight

 何一つ報われずに、無惨に殺されたエルフの少女の姿が、あんなに美しいものだとは、本書を読むまでは思いもしなかった。「真・善・美」なんて言葉もあるが、「真・悪・美」という言葉こそが、この物語にはふさわしい。 この物語を支配するのは、純真無垢な悪の化身であるダークエルフが作り上げた、阿鼻叫喚の地獄の美だ...

銅

マージナル・オペレーション

戦場へようこそ

レビュアー:6rin AdeptAdept

日本人にとって、世界のいろんなところで起こっている戦争は身近なものではなく、傭兵を、自分の就く可能性がある仕事として想像できる人は少ないだろう。主人公もそのひとりだ。だが物語の冒頭、仕事の当てがない主人公は困って、傭兵に就職することを希望する。主人公の現実の埒外だった傭兵という職業が、現実的な選択肢...

銅

KEIYA「ひぐらしコラム」

現実と物語をつなげるコラム

レビュアー:USB農民 KnightKnight

「ひぐらしのなく頃に」というフィクションは、作品外の現実を貪欲に取り込んでいる。雛見沢という架空の舞台に、実在の風景、事件、法律、社会問題などを散りばめ、物語を支える細かな設定や背景描写にリアリティを持たせると共に、受け手である我々に、この物語が決して、荒唐無稽なだけのおとぎ話ではなく、現実の地続き...

銅

虚淵玄『Fate/Zero』

キズだらけのキズナ

レビュアー:ラム、ユキムラ

 10年後の未来、『Fate/stay night』でセイバーはマスターである衛宮士郎に語り聞かせる。前のマスターであった衛宮切嗣に話しかけられたのは令呪の際のたった三度きりだった、と。それを受け止める形で、虚淵玄は『Fate/Zero』セイバー陣営の主従関係を練っている。 令呪で契約した其の二人は...

銅

ダンガンロンパ/ゼロ

待て、読むな!

レビュアー:またれよ AdeptAdept

『ダンガンロンパ/ゼロ』を読もうとしている人を見たら私はとりあえず全力で阻止したい。そして聞きたい。ゲームやった?あ、やったの。クリアした。こいつは失礼。読むなとか言ったのは忘れて下さい、どうぞ心置きなく読んで下さい。あ、やってない。……え、やってない!? そいつはいけねぇ。ああ本を開いちゃいけない...

銅

「うーさーのその日暮らし」

うーさーの最終回ボケの感想

レビュアー:USB農民 KnightKnight

 残念なことに、「うーさーのその日暮らし」の過去ログは現在閲覧することができない。(頑張って探してみたが、うーさーに「フフフ、ムダナテイコウハヤメロ」と言われた。これは嘘じゃない。探してみればわかる) だから、私がこれから語る「最終回ボケ」を未見の方のために、少しだけその内容を説明する。<ある日の更...

読者レビュー一覧

さやわかレビュー

さやわかレビュー一覧

250字、長いか短いか?

レビュアー:さやわか

ちっす! さやわかです。

レビュアー騎士団、第五場のレビュー投稿を締め切りました。現在、選考中であります。

それにしても皆さん、いいレビューを書かれるようになりました……。そろそろ本気でお相手しないと、こちらが斬られてしまいそうな勢いです。もう甘いジャッジとか全然する必要ありません。実際、そろそろ「騎士」の称号も目前に迫ってきているのではないでしょうか。言っておくけど、もし「騎士」にでもなろうものなら、その人は以後、僕と真剣勝負してもらうことになるからね! かくごしろー! 今はまだいわばチュートリアルなんだぜ! いや、そんなことは全然ないですけど……。

さてさて、250字レビュー企画、かなり多数のレビューを送っていただきまして、新規投稿者も増えました。どうもありがとうございました! 既に参加されていたレビュアーさんにとっても示唆に富んだイベントだったようで、この企画をターニングポイントにして書くものが変わってきた方もいるのではないかと思います。ていうか、今見る限りではいらっしゃいます。いやあ、やってよかった……。

で、250字レビュー、読んでてすごく楽しかったので、選考しつつ「俺も書いてみたいぜー」と思ってました。そんなわけで僕も『サクラコ・アトミカ』のレビューを以下に250字以内で書いてみます。

これは想像力についての物語だ。人の思いには無限の力がある。不可能はない。願い信じることが、生きる力をもたらす。たとえばサクラコは「世界一の美少女」なんだ。きみはどんな女の子を想像する? きっと誰もが、心の中に思い思いの少女を描く。その力こそ誰もが持ち、そして決して失ってはならないものだ。小説という、作者と読者の想像力が出会う場所で、『サクラコ・アトミカ』はその素晴らしさを高らかに謳う。サクラコの、ナギの、丁都の行く末を懸命に祈り、思い描いた時、物語は最高のエンディングをきみに届けてくれるだろう。

以上、250字ジャスト。いやあ、ふつうに難しいな……w

レビュアー騎士団で言うところの「愛情」「論理性」くらいまでは何とかなるけど、「発展性」をがんばって入れようとすると、途端に文字数が足りなくなるようです。逆に言うと「愛情」「論理性」までならあと50字くらい少ない方が読みやすくまとめられる気がします。実際のところ「発展性」とやらに配慮してなくてもいいと、僕は思います。究極的には今回の企画で、大和さんが『星海大戦』について書いたレビューのように、愛情迸るものがレビュアー騎士団のルールをはみ出して、すべてのレビューを凌駕するのが理想だと僕は思います。うむ。ともあれ、第五場の選考の続きに戻ろう……。

2011.04.29

定型の豊かさ

レビュアー:さやわか

ちっす! さやわかです。

二回目の更新も終わって『さやわかの星海社レビュアー騎士団』どういうコーナーなのかご理解いただけましたでしょうか。次回の更新からはジャッジをビシッと厳しい感じでやっていこうかな? と思っておりますので、どうぞ気合いを入れてご投稿ください!

皆さんのレビューを見ていると、傾向がいくつかあります。Twitterのレビュアー騎士団ハッシュタグ#SywkSRKや、編集部ブログで平林さんが書かれていたのは「文章が長い」というものでしたね(笑)。

たしかに長いのが多い。長文を推奨しているわけじゃないので、短いレビューを送ろうと思っている人が「こんな長文書けないよ!」と思って、送るのをやめてしまうかも。これはコーナー全体にとってゆゆしき問題だ。

それ以外にも、長すぎるレビューは意外と難しい問題をはらんでいる。僕が過去二回の更新でたびたび書いたのは、読者を意識するのが重要ということ。「論理性」も、とどのつまり読者に対する説得性なのだと。ならば、少なからぬ人が読むのをあきらめるようなレビューは、評価にとってマイナスかも。でも今はまだ「愛情」「論理性」「発展性」がどういうものなのか開示が進んでいないこともあるので、将来的に評価されないこともあるレビューにも得点がついていることがあります。

もちろん、長いのは全部ダメだってことでもないですよ。ともあれどんなレビューがいいのかという理想像がちょっとずつ、投稿される皆さんと僕の中で出来上がっていくはずです。

ちなみにここまで推敲して文字を減らしながら書いていて、いま630字である。僕はいつもそんなことを気にしながらレビュアー騎士団の文章を書いている。まあ僕がそうするのは当然ですが。

さて、今日は星海社文庫『ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編(下)』の話を書くつもりだったのだ。この下巻は全編、主人公の前原圭一が追い詰められて友人たちを惨殺し、自身も死に至るまでの恐ろしい展開が描かれている。上巻の楽しかった部分との落差がすごい。すごいから怖い。これはホラーっぽい作品の王道パターンの一つで、安心して楽しんでいた世界が突然崩壊するので怖いわけである。ここ10年ほどのフィクションは、このような物語の定型性に対して肯定的で、かつ、それをいかに強力に作り上げるか取り組んでいたと僕は思う。『ひぐらしのなく頃に』はその代表だと言ってもいい。いかにも怖いシーンを、怖いシーンだなと思わせながら、本当に怖く描いてしまう。僕が好きなのは圭一が大石と電話中に、窓の外を見てレナを見つけるシーンだ。ちょっと長いけど、省略しながら引用してみよう。

「どうしました? うお、こりゃ急にすごい雷だ。」
「あ、こちらもです…。すみません、どうぞ続けてください…。窓を閉めます。」
電話を続けながら腰を上げ、窓に手をかける。大石さんは話を続けてくれた。
(…)
「初めに事件と申し上げましたが、学校側も被害者も告発してないので、正式には事件ではないのです。……で、ですね、この辺りがどうも関係者の皆さん、口が重いんですよ。(…)もしもし? 前原さん? 聞こえてます?」
窓を閉めるため、俺は受話器を耳に当てたまま窓際に立っていた。……そして、外のそれを見ていた。
門の郵便受けのところにある外灯に、ずっとひとりの人影が立ち尽くしているのが見えた。
(…)
「もしもし? 前原さん? 聞こえてますか? もしもーし……。」


大石が話してるんだけど、途中から圭一は聞いていない。大雨の中を不気味に立ち尽くすレナを見ている。受話器からこぼれる声が最後まで残っているけど、カメラのフォーカスは窓の外にある。そういう、いかにもホラーものの映画や何かにありそうなシーンをなぞるために、この小説は大石の台詞を読者に意識して読ませながら、語りかけている相手の圭一は実は聞いていないという簡単なトリックを使っていて、そこがいかにもうまいなあ、と思う。こういう工夫がいっぱいあって、『鬼隠し編』は僕をきっちり楽しませてくれる。

物語の構成だってそうだ。物語の最初で結末が示されるというのもまたよくあるパターンだが、この話もやはり上巻の冒頭で圭一が衝撃的なラストを演じて、以前の穏やかな生活からその破綻に向かう流れが描かれる。竜騎士07はその定型性をきっちりと踏まえて、しかも揺るぎなく構成した。この構成の確かさは気持ちがいい。小説であろうとレビューであろうと、文章を書くならば僕もそうありたいものだ。そんなわけで、ここまでで1900字ってところ。

2011.03.05

好きな作品について書くということ

レビュアー:さやわか

ちっす! さやわかです。

さて、『さやわかの星海社レビュアー騎士団』二回目のレビュー応募締め切りが迫ってきましたよ! 今週の日曜まで! 前回は担当編集者氏に「こんなにレビュー投稿が来るなら、募集期間をもっと短くしないと来すぎて大変になるんじゃないですか」と心配されましたが、やっぱ足りないよ! いや、ウソ、足りないことはないけど、もっとあってもいいんだぜ! ということでじゃんじゃん送っていただければ。条件は一文字以上であることだけ。誰かが作品を読んでどう思ったかって、読んでて面白いし!

しかし、レビューってどう書けばいいんだろうね? 当面、皆さんにおかれましては、そんなこと考えずにポンポン送っていただいてかまわないのですし(そのほうがありがたい)、だからこその「一文字以上」ルールなわけですが、僕がそれじゃだめですよね。僕自身がレビューとは何かはっきりした考えを持っていないと、こんなコーナー、ナメてんのかよお前、ということになります。

たとえば僕はレビュアー騎士団のルールに「愛情」「論理性」「発展性」と書いたんだけど、「僕はとにかくこの話が好きなんです」「セイバーかわいいです」ということを書いただけでは、「愛情」を満たしたことにはならないのではないかなあ、という一つの考えがあります。それはレビューっていうのとは何か違う気がする。だって、単に「好きだ」ということが書かれた文章って「レビュー」じゃなくても、他にもあるもんね? たとえばそれは、感想文とかラブレター(はちょっと違うかもだけど)とか、その他もろもろの名前で呼ばれてもいいようなものだ。しかし、これが「レビュー」と呼ばれる文章であるためには、そういうものとは一線を画した部分がなきゃいけない。

その違いについて、僕はレビューなら、全く知らない誰かに、その作品が自分の心を動かしうるものだっていうことを「伝えるもの」になるんじゃないかなって思う。たとえ、その愛情がその作品自体に対して向けられていなくても構わない。しかし、何らかの愛情に基づいて書かれていて、それを他人に伝えたくて「レビュー」は書かれている。愛情を書いたものじゃなくて、愛情を伝えるもの。少なくとも僕はそんなふうに思う。

そうであるがゆえになんだけど、大好きな作品を「レビュー」するのは案外難しい。たとえば僕は『Fate/Zero』が大好きなんだけど、僕はこの作品について話す時、そして文章を書く時、愛情を「他人に伝える」のではなしに、単に愛情を「垂れ流す」ようになってしまうかもしれない。特に『Fate/Zero』は『Fate/stay night』の二時創作的な作品で、僕は『Fate/stay night』も好きだから、僕がこの作品を楽しめる理由は、単に自分自身がこの作品世界にどっぷりはまってるからじゃないか? という疑念をぬぐうことができない。

違う言い方をすると、『Fate/stay night』を知らない人がこの話を読んで、僕と同じくらい楽しめるのかどうか、僕にはもう、わからない(だって既にこの話を知っているのだから)。そのことを忘れて、僕は「みんながこの作品を楽しめるんだ!」という前提で『Fate/Zero』への愛情を書き散らしても、知らない人にとっては、何のことやらわからない。僕がある作品についてレビューを書くなら、僕がそれについて知っていることのすべてをいったん脇に置いて、初めてこれを読む人に寄り添って、書かねばならないだろう。

だから、僕はこの文庫を慎重に読んだ。僕がこの話を既に知っているということを抜きにして、読んだ。第一巻というのはとても大切な巻で、全くこの作品を知らなかった人がこの世界に入ってこようとするのだ。たとえば聖杯戦争とかサーヴァントという設定について、僕はわくわくしながら読めるけど、この作品は初めて読む人でもわかるように十分な説明が加えられているのだろうか?

もちろん、そうであってほしいと思うのは、もっと多くの人にこの作品を読んでもらいたいからだ。そして、とりあえず僕が見る限りでは、初見の人にもわかるような話だったと思う。しかも文庫の最後には、作者の虚淵玄による「あとがき」があって(これは予見していなかったので思わぬサプライズだった)、そこにはこう書かれていた。

(…)こちらの意図とはまったく異なった展開――まず先にFate/Zeroを読み、それが契機となって原典に関心を懐き、Fate/stay nightをプレイしたという人が、ことのほか多かったことである。

ならば大丈夫、この作品は『Fate/stay night』を知らなくても楽しめるのだ。よかった。そうであるなら、新しい読者が『Fate』という広大な世界に入っていく入り口として、この作品は最高であると自信を持って言える。だから僕はこの本を読んだことのないあなたにも、きっと楽しんでもらえるよって言いたい。きっと期間限定なんだろうけど、今なら第一巻が全文公開されているから、ぜひ手を出してみてくれたらうれしい(ウェブだとさっき引用した「あとがき」は読めないみたいだけど)。この世界は相当に楽しいので、早く読んでほしいなあ。

でも、それは自分の思い込みじゃないだろうか? 僕自身が『Fate』を好きだから、評価が甘くなってるんじゃないかな? 大丈夫かな? そう考えてしまうほど僕は心配性だ。だから、この話を初めて読んで、何かよくわかんなかったよっていう人とも、僕は少し話し合ってみたい気もするのだ。そして、一緒にこの作品について考えてみたい。そういうのって楽しいもの。個々の作品への思いを抜きにして、僕はそういう行為にこそ、愛情があるのかもしれない。

2011.02.17

『ひぐらしのなく頃に 第一話 鬼隠し編(上)』

会話が描写する

レビュアー:さやわか

ちっす! さやわかです。

さてさて、今週の木曜日、つまり10日には第一回のレビュアー騎士団(第一場)の更新が行われるわけですが、その前にまたまた僕が書いたレビューを掲載します。一応、今のところ(少なくとも最初のうちは)ここに掲載する僕自身のレビューは「金」が取れるようなもの、つまり「愛情」「論理」「発展性」の三つを正しく備えた文章を例として載せようとしています。これってすごいプレッシャーだけど、それは三つを備えた文章を書くのが難しいからではありません。その三つを条件としながらどんなバリエーションでレビューが書けるのか? という問いに、まず直面するからなんです。

なんだかややこしい話になってきたけど……ま、そのへんはのちのち説明する機会が必ず来ますので(予告!)、今はレビューに集中しよう。

というわけで今日は先日発売された星海社文庫の『ひぐらしのなく頃に 第一話 鬼隠し編(上)』をサクッと読み終わり、うん面白い! と思ったことがあったのでレビューを書こう。明日には『鬼隠し編(下)』が発売されるので、これを書き終わったら明日には続きを読めちゃうな。

さて、面白いと思ったことっていうのは「キャラ」の話だ。フィクションの世界、つまり小説や映画、アニメ、テレビドラマ、漫画などの領域では、多数の読者や観客から共感を得るためには、まずは「キャラを立てる」ことが重要だみたいによく言われる。これはけっこう難しい問題で、この話だけで本が一冊書けてしまうほどなんだけど、ごくごく簡単に言うとそれは要するに「その人の特徴を強く打ち出す」っていうことだ。ゲームのキャラクターデザイナーなんかがよく言う話として「キャラの絵をシルエットにしても誰だか区別できるように描く」というものがあって、たとえばそういう努力は「キャラを立てる」というの一例だと言っていいだろう。

しかし、小説の場合はどうなのか。漫画やアニメ、ゲーム、映画やテレビドラマみたいな「画のある」作品の場合は、性格や口調だけでなく、見た目によってキャラを個性的にするということができるけど、小説は文字だけだから、そううまくはいかない。これは挿絵などによって、どんな容姿のキャラなのかわかるようにしてもあまり関係がない。なぜなら実際に本文を読む時に、いつもキャラの発言ごとに絵が付いているわけじゃないからだ。

したがって小説というジャンルは、ほかのジャンルに比べてより面倒なこと、つまり文字だけで「キャラを立てる」という課題に取り組むことになった。とりわけエンタテインメントの作家は、この部分にものすごく心をくだいて、他のジャンルに負けないような強力なキャラの立った物語を作ろうとしてきたのだ。僕が『鬼隠し編(上)』を読んだ時に、そのことを思わずにいられなかった。そこにはこういう会話があった。

「あぁ…。何を買いに行かされるかわからないからな…。魅音のことだ、負けたら『痔の薬』やら『Hなゴム風船』やら、まともでないものを買いに行かされるに違いない!!」
「は、はぅ! Hなゴム風船って何だろ、何だろ!?」
「風船なんか、文房具と一緒に福田屋さんで売ってますわよ??」
「みー☆ 沙都子もその内、必要になりますのですよ、にぱ~。」
「くっくっくっく! さぁて何を買いに行かされるんだかねぇ~! せいぜい負けないようにみんな気合を入れて行きなッ!! 始めるよー!!」

ここには5人の人物が登場しているが、作者の竜騎士07はセリフだけで5人をすべて描き分けている。たぶん、この本を読んだことがない人でも、「5人いる」ということは認識できるに違いない。しかも単に区別できるだけでなくて、それぞれがどんな性格なのかまで伺えるまでになっている。

それが小説で「キャラを立てる」ってことだ。つまり端的に言って作家たちは、登場人物の語尾や口調を変えることでキャラを立てている。しかし、とりわけ『ひぐらしのなく頃に』の場合、主要な登場人物だけでも20人くらいいるのに、一人として同じ話し方をする者はおらず、しかもそれが重要な人物であればあるほど、セリフだけ見れば誰でどんな奴なのか必ずわかるようになっている。これはけっこうすごい。「??」とか「!?」という過剰な感嘆符や、「みー☆」とか「にぱ~」という言葉には、この会話の内容(つまり、登場人物が言おうとしていること)にとって何の意味もないように見えるけど、実はそれは全く逆で、これらの部分こそが修飾的に働いて、キャラの「描写」を担う大切な要素になっている。別の言い方をすると、一般に小説では「描写」っていうのは「地の文」でやるものだと考えられていると思うんだけど、この作品は会話だけで「描写」としか言いようがない効果を生み出しているのだ。

この「描写」は、さらに彼らのセリフ同士を交差させることで、わいわいと楽しそうに話をしているその関係性、彼らのコミュニティの空気感すらも立ち上らせようとしているようだ。情景は何も語られなかったのに、そこに5人の人物の語らう姿が浮かんでくる。それは「地の文」とか「文体」という考え方の根底をひっくり返しかねないことだ。まず言葉だけでキャラを立てようとして、次にセリフだけでキャラを描くことに思い至り、最後に「みー☆」みたいな表現に行き着いた作家たちの努力は、長い歴史を持つ小説というジャンル全体にとってみても、けっこうとんでもない域に到達している。ぜひ一度この本を、セリフでキャラを描こうとしているんだってことに注目して読んでみてほしい。最初から終わりまで徹底的にそのことを意識して書かれた、その意味でも、すごく巧みな作品なんだということに気づくから。

2011.02.08

第一回非実在推理少女あ~や

選択可能な「真理」

レビュアー:さやわか

ちっす! さやわかです。

まずは「さやわかの星海社レビュアー騎士団」第一回の投稿を締め切りました。本日以降に投稿されたものは、次の更新の掲載に回させてもらいますね。

そして多数の投稿ありがとうございます! こんなに質の高いレビューが始めっからたくさん集まってしまって、なんだか超高度なコーナーになってしまいやしないかと心配になる。いやしかし、今回だけは皆さんガンガン送ってくれたけど、次回から一気に投稿数が減るという事態も考えられるわけですから、油断なりません。ということで今後もどんどん送ってください。どんな投稿でもお待ちするという姿勢は全く変更ありません!

さて、いただいたレビューの投稿について何か書こうと思ったのですが、よく考えたら今それ書いちゃったら2月10日の掲載時に書くことなくなるじゃん、と気づいたので書くのはやめておこう。

代わりに、皆さんに書かせてばっかりじゃなくて、僕もいよいよレビューを書いてみようかな。いやあ、他人のレビューを評価するのと同じ場所に自分もレビューを書くって緊張しますね。僕も大したツラの皮だ。

さて、僕が今のところ「最前線」の中でもすごく更新を楽しみにしているのは『非実在推理少女あ~や』です。豊富なコンテンツの中でこれが気になる理由はいろいろあるけど、特に言えば、この話はパロディ意識と皮肉さと極端さがケレン味たっぷりに盛り込まれていて、そういうのって僕好みなんだよね。

漫画に限らずどんな表現においても、パロディとかギャグ要素というのは批評として機能するところがあって、この漫画もそれがちゃんと活きている。

簡単に言うとミステリというのは現実に事件があって、犯人がそれをトリックによって隠蔽して、探偵役がそれを暴くという形式の物語だけど、まれにトリックという「謎」こそが物語における最大の、つまり犯人以上の敵となり、探偵役がその「謎」に鮮やかな一撃を叩き込んで打倒するという一種のヒーローもののような物語として読むことができてしまう。そのようなことを意識して書かれたミステリというのはたくさんあるけど、たとえば清涼院流水のJDCシリーズなんかはすごくわかりやすい。

さて『非実在推理少女あ~や』は、そういうミステリのあり方をちゃんと踏まえて描かれている。この物語は完全に「謎」こそが敵になっていて、犯人というものの意味づけも変えられている。第一話「コンダラ殺人事件」の第一回にある以下の台詞を見てみよう。

この密室という現象
理論的説明の成立しない混沌
世界の秩序を破壊する犯罪
犯罪的不可能状況を作り上げ物理法則をねじ曲げる
これを放置し続ければやがてはその歪みが世界を飲み込み崩壊へと至る
それを防ぐ為周囲の現象を操作し
不可能状況を可能状況へと書き換えるのが私の役目なのだ

つまり犯人であるはずの「崩壊者」というのは実際に殺人を犯したりそれを隠そうとする者ではなく「謎」すなわち「理論的説明の成立しない混沌」だけを作り出す存在なのだ。一夜でメイド喫茶が消失するとか、校庭に置いてあった重いコンダラがいきなり密室に移動するという不条理な現象は、不条理であることこそが重要で、ぶっちゃけてしまうと不条理であればあるほどよい。条理的な出来事を隠蔽するために不条理な状態が生み出されたのではなく、もはや最初から条理的な「本当に起こったこと」など存在しない。だからこの物語は論理的な整合性がとれる形で「本当に起こったこと」を好き勝手に作り替えることが目的になっているというわけだ。

しかし、実はあらゆるミステリが同じだと言うことができる。つまり結末で犯人が「その通りです、私がやりました」と述べるから何かうまくいっているみたいに見えるけど、探偵役というのは常に好き勝手に事件を解説していて、複雑なトリックを解説すればするほど、なんか嘘っぽくなる。ミステリというのはそのくらい危ういものだ。

そのことを『あ~や』は極端に描いている。そしてこの作品がいいのは、ここまでに述べたようなミステリというジャンルを巡るあれこれを一切気にせずに、むしろそれを知らない読者でも楽しめるように作ってあることだろう。いずれにせよ、探偵役であるあ~やにとっては、「不可能状況を可能状況へと書き換え」られれば、「謎」に対してどんな説明を付けようと構わないと考えている。あめりちゃんがシオミヤイルカのかわいらしい絵の中で何度も何度も何度もひどい目にあうのはそのためで、彼女が救われようが犯人になろうが、あ~やの知ったことではない。

この作品がまだ語っていないポイントが、おそらくここにあるだろう。論理的な説明が付けられればどれを選んでも構わないのならば、では何を基準にして解決は選ばれるのか。その決断とは、実は倫理を問うものだ。つまり今のところ物語は孫和人にとっていいように現実を作り替えるように進んでいるけど、それは正しいのか。「世界の秩序を破壊する犯罪」を解決するミステリなのに、正しくないというのはどういうことなのか。そもそも正しいということなどあるのか。現実を作り替えることによって何かは失われているのではないか。この先でそういうことが描かれたら(描かざるを得ないようにすら思う!)、さらに僕好みの作品だなあと思う。

2011.02.01


本文はここまでです。