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「エトランゼのすべて」のレビュー

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エトランゼのすべて

夢の大学デビュー

レビュアー:AZ AdeptAdept

 私は、大学デビューに失敗した側の人間だ。入学以前は、楽しいサークルにやりがいのアルバイト、それに心ときめく恋人なんて夢をふくらませていたが、それらは夢のまま終わってしまった。「チャンスをくれ!」と神に祈ったこともあったが、神はそっぽを向いたままだった。チャンスさえあれば、あとは上手くやれるはずなのに……チャンスさえあれば……と当時は悔し涙を流したものだ。ただ、今になって思うと、本当にチャンスがあれば上手くいったのだろうか?
 『エトランゼのすべて』の主人公である針塚くんは、幸運にもチャンスを得た。少々怪しげではあるが、麗しの乙女や頼れる先輩がいるサークルに入ることができたのだ。私から見たら、それだけで勝利者である。しかし、彼はそれだけで楽しい大学生活を送れるわけではなかった。大学デビューの型通り、サークルに入ってバイトも決まったが、肝心の恋人ができない。それどころか、サークル内の女性には振り回されてばかりだ。このままではいけない気がするけれど、だが、居心地のいい現状で満足してしまってもいい気がする……。いったい、どうすれば……。彼の中には、もやもやとした闇が居座り続ける。
 針塚くんは、果たして偶然ではなく自分の手でチャンスを得ることができるのか。恋人はできるのか。大学入学前の人、現役大学生には特に読んでもらいたい一冊。

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2013.06.11

「エトランゼのすべて」のレビュー

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『エトランゼのすべて』

僕と会長の春夏秋冬

レビュアー:牛島 AdeptAdept

 前置きするようなことではないが、大学生の日常というものはただそれだけでは非常につまらないものだ。たとえそれが奇人変人の巣窟と名高い京都大学であっても変わらず、「楽しいキャンパスライフ」はただの日常ではありえない。
 作中において主人公・針塚圭介はこう語る。

「楽しいキャンパスライフには、必要なものがある。まあまあのお金と親しい友達、できればかわいい彼女。そして、なんといっても、素晴らしいサークル」

 しかしこれは、モテない、灰色の高校生活を送っていた新入生が入学直後に言っていることなのだ。というか、こういうことを言っているから針塚はモテないのだ。たぶん。
 さて実際、彼の生活は――「楽しいキャンパスライフ」は、予想もしていなかった存在によって彩られる。
 彼の一年間は、「会長」に振り回されたものだった。

 四月、彼が「京都観察会」に入ったのは会長の美しさと、彼女が使った「魔法」に魅せられていたからだった。
 上回生の先輩たちが彼に構っていたのは、会長と仲よくなって欲しいという下心を含んでのことだった。
 かわいらしい同級生が針塚に伝えたがっていたことは会長の、そして「京都観察会」というサークルの秘密だった。
 サークルの秘密とは、会長を守るための嘘だった。
 彼がその嘘を、「魔法」を暴くために動き始めたのは会長のためで――物語のクライマックスで、彼がなけなしの勇気を奮ったのも、やはり会長のためだった。

 会長が居なければきっと、針塚圭介の一年間はただのつまらない日常だっただろう。
 彼の一年に――「楽しいキャンパスライフ」に彩りを与えてくれたのは、会長への恋心だった。この物語は徹頭徹尾、針塚と会長の春夏秋冬だった。

 針塚の青春は、読者として、また大学生としてひどく眩しい。いやいっそ、嫉妬するほどに羨ましい。
「本当にわかりあえる友達なんて、一人や二人です」まさしくその通り。だからこそ、そうした出会いに恵まれた彼の一年間は貴いものになったのだ。

 魔法はすでに解けた。
 しかしこの一年は絶対に消えたりしない。

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2013.06.11

「エトランゼのすべて」のレビュー

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エトランゼのすべて

大学一年生という春夏秋冬

レビュアー:keypad NoviceNovice

あたりを見回すと新入生を勧誘する部活やサークルの人々であふれ、新入生に一年前の自分を投影しつつ、今一度『エトランゼのすべて』を思い返した。

大学生になって初めての一人暮らし、初めての友人、初めての先輩、初めての後輩、初めてのバイト。そして初めてのサークル。自分の一年間を主人公針塚圭介と重ね合わせ、はるか昔のことのように思い出していた。自分やこの主人公に限らず、誰しも初めてのことに対して期待と同じくらい不安も大きいだろう。一人ぼっちにならないだろうか、浮かないだろうか、うまくデビューできるだろうか、「エトランゼ」にならないだろうか。

主人公がぎりぎりで駆け込んだ京都観察会。そこで出会った個性的な先輩方。同時に入った中道さん。ほかにもバイト先のドルさんをはじめとする人たち。うまく大学生活をスタートできた主人公に対し、会長の大学生活は失敗に終わってしまった。慣れない環境の中で一人ぼっち。結果、傘を盗られたとき、雨の中濡れながら帰ることになっても声をかけてくれる人のいない寂しさ。自分の大学生活を思っても、大学という場所は、勉強やサークル以上に人との関わりが大きな比重を占めるところだと感じた。

誰にとっても新しい環境なのが大学生活である。親友ができた人はもちろん、うまくスタートできなかった人は積極的に声をかけていけばいいと思う。みんながみんな多少なりとも不安を抱えているのである。そこから始まるのが人と人とのつながりであり、本当のキャンパスライフだろう。桜咲く中、勧誘のビラを片手にそう思った一日だ。

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2012.05.18

「エトランゼのすべて」のレビュー

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エトランゼのすべて

同じ暖かさ

レビュアー:yagi_pon NoviceNovice

庭さんのイラストの魅力を単行本における庭さんの紹介文では「しなやかさと暖かさ」と表現されています。庭さんの描くキャラクターたちは非常にかわいらしく魅力的です。またそれだけではなく、通常かわいらしいキャラクターを描くことで失われてしまうような人間らしい「しなやかさ」であったり、血の通っているような「暖かさ」だったりするものが、庭さんの描くキャラクターにはあります。そうした「しなやかさと暖かさ」が、私はとても好きです。

さて、そんな庭さんがイラストを担当している『エトランゼのすべて』なのですが、庭さんのイラストに負けず劣らず、素敵な物語になっています。負けず劣らずと競い合っているというよりは、庭さんのイラストが森田さんの文章をより引き立たせ、森田さんの文章が庭さんのイラストをより引き立たせているそんな関係ですね。相乗効果がすごいです。

森田さんが書くこの物語って、すごい!ってびっくりしたり興奮したりするような話ではないと思うんです。けれども、読み終わったあとに、素敵だなと思えるようなたしかな暖かさがあります。そしてその暖かさが庭さんのイラストと同じ暖かさなのがまた心地よくて。最後のイラストで幸せそうに笑い合う二人と同じような気持ちと、読み終わったあとの幸せな気持ちの暖かさが、ちょうど同じくらい。

庭さんのイラストに魅力を感じた人には、ぜひとも読んでほしいですね。そして読んでしまった身としては、森田さんと庭さんのコンビの作品をもっと見てみたいなと、もっとこの暖かさに触れてみたいと、そう思います。

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2012.01.30

「エトランゼのすべて」のレビュー

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エトランゼのすべて

『会長』と『私』と罪なき魔法

レビュアー:zonby AdeptAdept

「不安なんですね」

冒頭の数ページ。
主人公に向かってそう言った会長こそ、一番不安だったのではないかと私は思う。

主人公を前にして悠然とした態度をとり、会ったこともない主人公の地元や母校のことを連綿と語る。
真っ黒なワンピースに白い肌。さらさらの黒髪。目は大きく、なにより美しい。
魔性とも呼ぶべき美貌と雰囲気を携えた女の子であるところの会長。

読み始めた時、主人公が思ったように私も会長は絶対的な存在であり、凡人とは何か一線を超越した存在だと思った。
本名も明かさない。住んでいるところも分からない。
「ちょっとした魔法ですよ」
「ああ、この傘が気になりました?これは私の力の源泉なんです」
なんて、普通の人が口にしたら浮いてしまって戻ってこれそうにない台詞を、さらりと言って尚それが
似合ってしまう人。

でもそれら全ては、彼女の精一杯の虚勢だったのではないかと思うのだ。
主人公や他のサークルメンバーの前に姿を現す時にはる、彼女なりの薄い薄い外界とのバリア。
騙されたい人にしかかからない、かすかな魔法。
『会長』という言葉の力や、神秘的な美貌、己の情報を秘匿することで構築されたそのバリアの中にはいつでも自作の小汚いプラカードを掲げ、立ち尽くしている彼女がいる。
不安な顔で。
でも、誰にも声をかけることができず立ち続けることしか知らない彼女が…。

なーんて…。
私の思い込みすぎだろうか。それこそ私が会長に抱いている幻想だろうか。
それとも「エトランゼのすべて」にかけられた魔法?
けれど、そう感じるのだ。
そして誰の中にも「自作の小汚いプラカードを掲げ、立ち尽くしている彼女」はいるのだと思う。
その姿はそれぞれ違うかもしれない。
「汚いアパートで布団から抜け出せない自分」かもしれないし、「街中で座りこんだまま、立ち上がれなくなってしまった自分」かもしれない。
その姿は千差万別だ。
けれど、多分それは他人には知られたくない格好悪くて情けない自分の姿だ。
『会長』のように――『会長』ほど上手くはないかもしれないが、私達はそんな情けない自分を隠すために
バリアをはる。十重二十重に、複雑に重ねて虚勢をはる。
嘘をつく。
それは自分と自分に接する人にかける、小さな魔法だ。
誰もが行う罪なき魔法だ。

「エトランゼのすべて」は、『私』よりも『私』の中の「情けない私」に必要な物語だと思う。
私は『私』の魔法が溶けてしまいそうになった時、あるいは「情けない私」を私自身が許せなくなった時、また「エトランゼのすべて」を読むだろう。
圧縮された一年ではあるけれど、かけられた魔法と溶けた魔法の全ての一年間はここにある。
ページを開く度に『会長』は言うだろう。

「不安なんですね」

私は答える。

「はい。不安です。貴女も不安なんでしょう?」

そうして物語の中の一年を過ごした時、そっと背中を押してもらえるような気がするのだ。

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2012.01.30

「エトランゼのすべて」のレビュー

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エトランゼのすべて

こんなにも人がいる背景にぽつねんと浮かぶひとり

レビュアー:またれよ NoviceNovice

大学という場所を思い返してみると、活気があって、若さがあって、華やかで。
そんな青春言葉群がわんさか出てくる。そう、それは確かにそうだった。

「雨の日に傘を盗まれました」
それがきっかけで大学に行かなくなり、ひきこもりになってしまった女性がこの物語には登場する。ひそれしきのことで。そんなささいなことで。
それがあまりにも大学という場所を象徴していたのでなにやら悲しくなってしまった。大学ってとてもさびしいところだったよ、そういえば。

例えば大教室で講義を受けるとき。なんでこんなに人がいるのに自分はその人たちのことを誰一人知らないのだろう。
例えば食堂でご飯を食べるとき。なんでこんなに人がいるのに自分は一人で食べているのだろう。
例えば大学から帰るとき。なんでこんなに人がいるのに自分は今日一言も言葉を発することがなかったのだろう。
こんなに人がいるのに。こんなに人がいるのに、なんで自分は彼らにとって何者でもないんだろう。
そんなことを思っていた。それを思い出してしまった。大学は誰かと一緒にいなさいなんて言わない。関わろうとしなければ簡単にひとりぼっちになれるところだった。
周囲には大学生がたくさんいておしゃべりをしていて活気に満ちている。その中で誰とも関わりをもたない自分は彼らにとって背景でしかなかった。あるいは逆か。たくさんの大学生は背景で、ここには自分ひとりしかいなかったのかもしれない。

傘を盗まれた彼女は、そのことを誰にも言い出せず、雨の中を濡れて帰ったのだという。盗まれたときのショックはどれほどのものだったろう。背景が自分に関わってきたと思ったらそれは悪意だったのだ。実際には悪意なんてなかったのかもしれない。なんの気なしに傘を持っていっただけかもしれない。
情景が目に浮かぶ。周りにはたくさんの傘をさした大学生。傘で顔の隠れた大学生という背景。その背景の中にただひとり、傘を取られて雨に打たれ、剥き出しにされてしまった彼女の姿。ひとりぼっちを晒された彼女の姿。
実際にそんなことは書かれていないけれど、痛々しく鮮烈なイメージとして残ってしまって頭から離れない。

そうして打ちのめされてしまった弱い彼女は、それでも大学に心残りがあったらしい。ひきこもった挙句、また大学という場所に現れて仲間を探すのだ。なんと未練なことだろう。ひとりぼっちだったけれども人が嫌いではないらしい。人が大好きのようなのだ。彼女はどこまでも人を信じている。人は善いものだと信じている。大学にはこんなに人がいるのだからきっと誰かとわかりあえると信じている。だからこそ、傘を盗まれるというたったそれだけの悪意にも耐えられなかったのだ。

大学という場所。こんなに人がいるのだから少しの勇気を出せば誰かと関わりをもつなんてたやすいことかもしれない。でもこんなに人いるから誰かの何者――友達でも、恋人でも、ただの知り合いというだけでもいい――になるなんてできるのだろうかとも思う。そんな中に関係のない自分が入っていけるのかと思う。

人におびえ、人を愛する彼女。
人を愛するゆえに、人におびえる彼女。
そんな感情を知っているからこの物語に惹かれるのか。人にやさしすぎる彼女を見ていると胸が痛く、そして愛しい。

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2012.01.30

「エトランゼのすべて」のレビュー

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エトランゼのすべて

特別な「普通」

レビュアー:ややせ NoviceNovice

過ぎ去った季節の記憶。それは絵巻物のようだ。
映像のようになめらかに完璧ではない。かといって、写真ほど細切れでもない。
人と人が風景の中に描かれていて、簡単な説明があったり、交わした会話もひとことふたこと、もしかしたら但書のように残っているかもしれない。
終わってしまった出来事を振り返れば、何が正しかったのか、どんな事件が起こっていたのか、全体を把握するのは難しい。
結末を語るのは今ここに立っている自分でしかなく、物事をつなぎあわせているのは中途半端な記憶だけだからだ。

大学生活という新しいステージを前に、これまでとは違った自分、充実した学業や楽しい交遊、かわいい彼女、やりがいのあるアルバイト……などを夢見ていた針塚圭介は、新生活のスタートからしてつまづいてしまう。
大学生活の最初の一手、サークル選びからしてうまく決まらなかったのだ。
けれど、この圭介の気弱さや優柔不断さを否定する気にも責める気にもならない。オタクっぽいとか空気読めなさそうとか、そんなふうにも思わない。
この余計なところにまで気を回し考えすぎて動けなくなるところは、人として「普通」だと思うし、むしろ「普通」であってほしいと思うからだ。

この圭介が成り行きで入った、たまにご飯を食べながらおしゃべりをするだけというひたすら気楽なサークルが京都観察会である。会長という謎の美人を中心に一風変わったメンバーが集っていて、圭介は彼らにいいように翻弄される。
圭介はそれを、行き場の無い自分のような人間たちを会長が集めて救っているのだと解釈する。そして、ミステリアスで浮世離れした会長に聖母に対するもののような憧れを抱き、また、会長と自分に似通った部分を見つけ、更に想いを募らせていくのだった。

結論からいうならば、それは間違いだった。
圭介の認識には大きな誤りがあり、圭介以外の人物は皆それを知っていて、これは圭介がその認識の誤りに気づくまでの物語である。
しかし、あっと驚く現実の反転が起こっても、それは恋というイベントに憧れたり、自分の特別さを無条件に信じているありがちな大学生の物語までを無かったことにはしない。それを見ないままでは、いつまで経っても自分に関係のないところで展開されている物語のままである。
圭介はそれに気づき、探偵役のように歪んだ現実をあるべき状態に戻しただけではなかった。
そこからもう一歩踏み込み、自分のことにように理解できた会長、つまり好きだった女の子が安楽に閉じこもろうとするのを連れ出しに行くのだ。
圭介のとった行動は決して乱暴なものではないにしろ、かけられる言葉は容赦のない刃のようだった。耳をふさぎ、できれば聞きたくない類の言説だ。
しかも、最後の大きな誘惑が会長の口からこぼれでる。それは聖母があたかも悪い魔女のように変貌する瞬間で、虚構からの最後の誘惑だった。
それをも拒絶して、走り続けることを選んだ圭介はかっこいい。
「普通」にかっこいいし、「普通」がかっこいい。

自分が誇れること、自身を持てることが一つでもあるなら、それは歩いてきたこの一条の道のどこかにあるのだろう。
それは劇的でなくていいし、かっこよくなくていいし、なんの特別なことでもない「普通」のことのはずだ。
大多数の「普通」の人がいて、それらの「普通」の人に虐げられているという思い込みから、圭介も抜け出すことができるだろう。
どこにも「普通」の人なんていやしないのだ。

けれど、贅沢を言うなら。
季節の風のようにやさしく、ときに冷たく過ぎたそんな時間の中には、特別な誰かの面影が残っているといい。
そういうのが、いいな。
読み終わって、そんなことを考えながら表紙を見つめると、会長さんが笑ったような気がした。

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2011.12.20

「エトランゼのすべて」のレビュー

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森田季節『エトランゼのすべて』

なぜ彼はエトランゼを救うことができたのか

レビュアー:yagi_pon NoviceNovice

彼女は世の中という集団から浮いてしまったエトランゼだった。
彼女を救おうとした人はいた。
そして、サークルができた。

けれども、彼女は、
サークルという集団の中では、エトランゼにならないというだけで、
世の中という集団の中では、相変わらずエトランゼのままだった。

世の中から浮いてしまった彼女。

そう、
彼女がエトランゼにならないサークルという集団は、
彼女をエトランゼだと思っている人たちが集まったものだ。

彼女はその集団の中ではエトランゼではなかったけれど、
彼女がエトランゼだから、できた集団だった。
彼女はその集団があるからエトランゼではなかったけれど、
その集団があるからエトランゼのままでいられた。


そんなエトランゼを救ったのは、
彼女のことをエトランゼだとは思わない人だった。

彼女を救おうとした人はいた。
けれどそうした人たちが彼女を救えなかったのは、
彼女のことをエトランゼだと思っていたからではないだろうか。

彼女を救おうとする人がいた。
結果的に彼が彼女を救うことができたのは、
彼が彼女を、エトランゼだと気づいていなかったからだろう。

エトランゼ(の彼女)を救おうとしたのか、
(エトランゼの)彼女を救おうとしたのか、
たぶんほとんど違わないのだろうけれど、

人間、ちいさなことでなにかが崩れてしまうみたいに、
ちいさな違いでなにかが起きると思うんだ。

彼女を救おうとしたサークルの人たちと、彼との違いは、
きっとちいさなものだから。

きっとそれくらいのちいさなことでなにかが変わる気がするから。

彼が彼女を救えたのは、
彼女を見る目がサークルの人たちとはほんの少しだけ違ったから。
ほんの少し。
とてもちいさな違い。

けれども、
ほんの少し、
とても小さな違いがあったから。
彼は彼女を救うことができた。


とてもちいさいことでも世界は変わるし、
とてもちいさいことでも誰かは変わるし、
とてもちいさいことでも何かが変わる。

たぶん人ってそんなもので、
たぶん世界ってそんなもの。

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2011.12.20


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