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「遙か凍土のカナン」のレビュー

銅

『遙か凍土のカナン 2 旅の仲間』

真骨頂の第二巻

レビュアー:牛島 AdeptAdept

 第二巻となる「旅の仲間」では、この『遙か凍土のカナン』というシリーズがどういう作品なのかが強く印象づけられた。
 元大英帝国騎兵大尉のグレン、アレクサンドロス大王の東征軍の末裔を名乗るジニを加え、良造たち一行は陸路でもってロシアを目指す。その道中、良造はさまざまな文化や知識に触れ、建国の構想を徐々に練っていく。今作では作者が語った「良造の心の傷」というテーマも、より前面に押し出されている。

 こう書くと二巻の内容は「新キャラの登場」「続刊で始まる行動の準備」「主人公の抱える問題」と、シリーズにおいて中だるみになりうる要素が多く入っている。
 ……が、しかし。これがめっぽう面白いのだ。

 良造とオレーナが進むインドや中東は、彼ら彼女らが勝手知る東洋とも西洋とも違う。そのため、旅の案内役のような立ち位置であるグレンを交えながら、二人の旅は一巻とはまた違った趣になっている。……もっとも、二人の関係は色恋めいたものとはまだまだほど遠いのだが。

 そうした一巻とは違った空気感に加え、読むだけで勉強になるほど豊富な情報、魅力的なキャラクター、そして造本の魅力が読みやすさに一役買っている。
 少し恥ずかしいことだが、自分は「道明寺」というのが桜餅の種類ではなく米粉を使った菓子全般、あるいは米粉そのものを指すということはこの巻を読むまで知らなかった。今作から登場するメインキャラクターであるグレンやジニはもちろん、個人的には道中で出会った馬喰がとてもいいキャラをしていたと思う。『マージナル・オペレーション』の頃から毎度毎度凝った造本だが、一目見るだけでテンションが上がる今作の「地図」は特に素晴らしかった。鉄道の駅の場所がまた憎いのだ。

 とまあ。長々と語ってしまったが、要するに『遙か凍土のカナン』は今後も楽しみである、というか中だるみになりそうな内容ばっかりだったのにこんなに面白いなら続刊はどこまで面白くなるんだ! と言いたくなるような、このシリーズの魅力を全力で教えてくれる第二巻だった。

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2014.06.18

「遙か凍土のカナン」のレビュー

銅

「遙か凍土のカナン2 旅の仲間」

僕のオススメは二つ角の姫君”ことジニたん!

レビュアー:オペラに吠えろ。 LordLord

 「旅の仲間」という副題から、「指輪物語」(もしくは「指輪物語」を原作にした映画「ロード・オブ・ザ・リング」)を連想する人は決して僕だけではないと思う。そして作者の芝村裕吏は、そうした期待に見事に応えてくれる。言ってしまえば、“ザ・「指輪物語」”とでもいうべき、仲間集めのストーリーが、本書「遙か凍土のカナン2 旅の仲間」では展開されるのだ。

 本書は日露戦戦争直後のユーラシア大陸を舞台に、元帝国軍人の新田良造と可憐なコサックの公女オレーナが極東の地にコサック国家を建設しようと奮闘するさまを描いた「遙か凍土のカナン」シリーズ第2巻で、あとがきによると、良造がオレーナを母国につれて帰るまでを追った「帰国編」3部作の第2部にあたる。

 冒頭で「指輪物語」に言及した通り、本書では良造とオレーナの“旅の仲間”となるキャラクターが2人、登場する。一人は元英国騎兵隊のグレン(実はユダヤ人)で、もう一人は“二つ角の姫君”の異名を取るジニ(実はツンデレで純情←超重要!)だ。グレンもいい味を出しているが、とりわけジニのキャラクターは強烈で、その王道すぎるほどのツンデレぶりは世の男という男をノックアウトするに違いない。

 もちろん、メインヒロインたるオレーナの可愛さも本書を語る上では欠かせないのだが、いかんせん、オレーナは良造とは親子を間違えられるほども年が離れているーーつまり、幼すぎるきらいがある。その点、ジニはいい。「少女」「女子」というよりは「女性」というべき年齢であり、「女としては背が高い気がする」という描写があるように長身。別に個人的な好み云々というわけではないが、何とも「大人の女性の魅力」にあふれているではないか! しかもそんな「大人の女性」が良造にあんなことやこんなことを申し出るという神展開。良造がそういった好意にちっともなびかないのは相変わらずだが、うらやましいぞチクショウ……なぜ俺は明治の世に生を享けなかった……。

 閑話休題。

 上記では本書のキャラクター小説としての側面、つまりはジニの魅力にばかり筆を割いてしまったが、ああ、えっと、もう一人の新キャラクター……グレン? もそれなりにいい味を出していますよ、ええ。とはいえ、まだまだ顔見せといったところで本格的な活躍は次巻以降のお楽しみといったところ。その次巻ではついに「帰国編」が終わり、4巻からは「建国編」が始まるというから、楽しみ楽しみ! まだ巻数の少ない今のうちに本シリーズを手に取ること、そしてリアルタイムで物語の行方を見守ることができるのは、一読者として至上の悦びである。

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2014.06.18

「遙か凍土のカナン」のレビュー

銀

遙か凍土のカナン 01

オレーナは、かわいい。

レビュアー:牛島 AdeptAdept

 四回。主人公の良造がヒロインであるオレーナの求婚を断った回数である。厳密に言えば求婚を断ること三回、オレーナからの告白を断ること一回。オレーナを泣かせた回数についてはカウントするのをやめた。だんだんと腹が立ってくるからだ。

『遙か凍土のカナン』は元陸軍大尉新田良造がコサックの末裔であるオレーナ・オリャフロージュスカ・アポーストルと共に国を作る話である。歴史に興味のある人ならばかつてのコサックたちの独立運動が思い出され、また良造とオレーナを待ち受けるであろう苦難から暗い気持ちになるかもしれない――が、今はそういう話はいいだろう。

 一巻の魅力で、最も広く読者の共感を呼ぶのは、やはりオレーナがかわいいということだ。軍馬の話や塹壕戦の話、また断じてそばがきの話ではない。そう、オレーナはかわいいのだ。良造は「気位の高い、白馬のじゃじゃ馬」だの「犬大好きの犬娘」などと表現している。かわいらしいことだと思う。気位が高く我儘ではあるが、日本で目にする異国の情緒を素直に楽しむ姿もかわいい。オレーナかわいいよオレーナ。
 そして一巻で最も読者を苦しめるのは良造の態度だ。徹底的にオレーナからの求婚を断り、彼女の幸せのためだと言いながら良造を好きになることすら禁じようとする。据え膳を食わないなんてものではない。いっそ病的なほどである。良造てめぇオレーナを幸せにするとか言いながら泣かせてばかりじゃねえか、なんで四回も求婚を断ってるんだ、と言いたくなってくる。が、一応これにも事情がある。
 ……先に触れたとおり良造は戦場から帰ってきた軍人だ。一言で片づけてしまえばPTSDと診断されるだろうが、そんな一言で片づけられないほどの重荷を背負わされている。オレーナへの頑なな態度もその延長なのだ。
 いやいや、しかし。そんな良造にすでに捨て置けないと思わさせているオレーナこそを讃えるべきだろう。いっそ黒溝台の塹壕で死んでいれば幸せだったなどと良造が思う、そんな暇を彼女は与えないだろう。

 この作品は、自身でも気付けないほどに深く傷ついた良造が心を癒していく物語だと作者は語る。はたして良造にとって彼の心を癒すことは単なる旅の過程なのか、あるいはこの先、彼の心を癒すオレーナこそが目的となるのか。
 きっと後者だろうと信じたい。

 だって、そうでなければオレーナのかわいさが嘘になってしまうじゃないか。

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2014.04.22

「遙か凍土のカナン」のレビュー

銀

遙か凍土のカナン

パッケージ詐欺に泣いたことのある男子諸君へ。

レビュアー:オペラに吠えろ。 LordLord

 パッケージ詐欺、という言葉をご存じだろうか。
 いやいや、知らないふりをする必要はない。紳士諸君ならば一度は騙されたことがあるはずだ。多数のエッチな雑誌やビデオという砂漠を前にしたとき、目の前にある広大なそれから、一本の針にも等しい『俺好みのアレ』を見つけるには表紙やらパッケージが唯一の参考資料となる。しかし、それがフォトショで加工されたものだったとしたら? もしくは、その被写体が最高級にかわいく見えるアングルを計算し尽くされたものだとしたら?
 そうだ、そのガッカリ感をもたらすものこそ、パッケージ詐欺だ。

 では、本を探すときはどうだろう? 著者名やタイトル、あらすじ、そして表紙を参考にする人がほとんどだろう。わたしもそうだった。本書『遙か凍土のカナン』の著者は『マージナル・オペレーション』の芝村裕吏であり、表紙にはかわいい女の子が描かれている。いいじゃないか。しかも裏表紙にあらすじを読むと、どうやらこの女の子のために軍人ががんばる話らしい。おうおう、ますますいいじゃないか……。

 おそらく、そんな表面的な情報からこの本を手に取った人は、がっかりするに違いない。なぜなら、表紙の美少女は130ページを過ぎるまで登場しない。しかもそのうち100ページは日露戦争屈指の激戦といわれている黒溝台の戦いの描写に割かれている。そこで描かれるのは美少女どころかむっさい男の軍人である。しかもそいつらが死ぬ。結構簡単に死ぬ。『プライベート・ライアン』かよ……と思うくらいには人が死ぬ、と言ったら、わかる人にはわかるだろうか。

 しかし、戦士たちよ。そうした描写にこらえ、きみ、死にたもうことなかれ。

 それを乗り越えた先には可憐なコサック少女のヒロインたるオレーナが待っている。紳士ならばわかるだろう。パッケージ詐欺に騙されつづけた後、たどりついた美少女がいかに輝いて見えるかを。本書のヒロインのオレーナはかわいい。ちょっと世間知らずでワガママなところもGoodである。わたしにはなぜ、主人公の良造が頑ななまでにオレーナを拒むのかがわからない。だが、そういうふうにじらされるのもいい。実にいい。

 本書はおそらく、これから続くシリーズの序章にあたるのだろう。パッケージ詐欺に思えた冒頭の戦争描写も全ては、良造とオレーナの出会いが起こるべくして起こったのであるということを説明するためのものだ。そう、物語は始まったばかりであり、本書の表紙をパッケージ詐欺だと断ずるにはまだ早い……そんなふうにわたしが思ってしまうのも、オレーナの魅力のなせるわざだろうか。オレーナかわいいよオレーナ。もうお前はオレノナ、なんちって。

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2014.03.27


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