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「ジハード」のレビュー

銅

ジハード1 猛き十字のアッカ

全巻揃ってから買えばよかった…

レビュアー:鳩羽 WarriorWarrior

もし自分がこの小説のなかに入りこめるとしたら、一体どこにいたいと願うだろう。
ヴァレリーのように、西欧人でありながらイスラム軍の旗下に加わるだろうか。
エルシードのように、己の正義と責任を極限まで研ぎ澄ませて燃やし尽くそうとするだろうか。
いや、こちとらただの凡人なのだから、才ある人々の手助けをしながら彼らの活躍をそばで見ているのがせいぜいかもしれない。
そうでなければ、戦いに巻き込まれ、周りも見えずに右往左往しているのが関の山だろう。

おもしろい小説は多々あれど、おもしろくて「よくできている」小説に出会うと、ついこういう空想にふけってしまう。
その小説のなかに自分が入り込んで、一緒に戦ったり生活したりできるような気がするのだ。
そうしたところで、こういった小説は微動だにしない。
ゆるがない土台と強度、歴史とストーリーに支えられているから、安心して心をあそばせることができる。

しかし、小説のなかに生きてしまえば一人分の目を通した世界しか見えないのもまた事実。
押し寄せてくる十字軍に備えるサラディン、それぞれの思惑をもって迫るフィリップ尊厳王とリチャード獅子心王、どちらにつくともはっきりしないイタリア商人たちに暗殺集団。
これらすべてを概観できるのは、やはり小説読者ならではの特権かもしれない。

その愉悦と空想のあいだで、時間は不思議な、濃密な流れ方をするようだ。
あやなる戦いの絵巻のなかに、自分によく似た人間を発見するとき。
確かに自分も、この小説のなかに生きていると思うからだ。

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2014.05.20

「ジハード」のレビュー

金

ジハード1 猛き十字のアッカ

胸躍る聖戦の再演

レビュアー:AZ AdeptAdept

定金伸治さんの『ジハード』。高校生の頃、通学の電車の中で食い入るように読んだ。黒い背表紙に宗教画のような表紙絵、史実の上に立つ多くの才、多くの英雄たちに心躍らされた。おかげで、世界史は苦手だったがイスラム史だけは楽しんで勉強できたものだ。

『ジハード』は、第三回十字軍遠征をイスラム陣営を主軸において描く、歴史ファンタジーだ。もとは集英社から刊行されていたものだが、星海社から完全版として再販されることとなった。完全版の名に反さず、集英社文庫版には無かった美麗な挿絵や、細かだが物語をより深めるための本文の修正が加えられている。当時のファンとしてはとても嬉しいことだし、また、初めて読む人もこの傑作歴史ファンタジーに魅了されるに違いない。そう思えるほど、この作品には愛が込められている。

例えば、主人公の一人・ヴァレリーが騎士・ラスカリスにイスラム陣営へ一緒に行こうと言えなかったと回想するシーン。星海社文庫版では、一人でイスラム陣営へ行くのは怖くて誰か一緒に来て欲しかったという、ヴァレリーの弱さを示すような思いが書き加えられている。ヴァレリーの魅力は、弱さだ。誰もがもつような恐れや悲しみを人一倍感じてしまうからこそ、読者はヴァレリーに思い入れを抱いてしまう。そんな、登場人物達の魅力をより深めるような修正が、各所に見受けられる。定金さんの作品愛がひしひしと感じられて、読者としては嬉しい事この上ない。

今後も、あのキャラはどんなデザインなのだろうとか、あの場面はどんな風に描かれるのだろうと、期待は尽きない『ジハード』。読んでる間はしばし高校生の頃に立ち返り、また、新しい発見に心を踊らせながら、ヴァレリー達の旅路をもう一度楽しみたいと思う。

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2014.04.22


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