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「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

銅

きみを守るためにぼくは夢をみるIV

若葉のころ

レビュアー:鳩羽 WarriorWarrior

 葉桜の頃はまばらに、おずおずと生えていた新緑も堂々と陽光をはね返すまでになった五月の盛り、図書室ではあまり見かけない顔が飛び込んできた。<br />「咲良っ! 今日は新入生の発声練習を先輩たちにチェックしてもらう日でしょ! なにぐずぐずしてるの!」<br /> たんぽぽみたいなつんつんと跳ねた髪型をした眼鏡の女子生徒は、棚の側に立ったまま、じっと文庫本に見入っていたもう一人の女子生徒にクロスチョップをくらわせる。<br />「ごめーん、読みたかった本の新刊が入ったって聞いたから、ついこっちに足が向いちゃって~」<br /> そう言って咲良は読んでいた本の表紙を、眼鏡の少女、爽子に向けてみせた。<br /> 雨の夜を描いた繊細な景色の中に、一人の少年が背を向けているイラストの表紙。ぽつんとバス停があり、奥の方に何かのお店らしき建物がある。少年はその店の明かりをじっと見つめているのだろうか、街灯に照らされた雨が銀色の針のように画面いっぱいに降り注いでいる。<br />「えー、なになに。『きみを守るためにぼくは夢をみる』? タイトル長っ。どうせ、君を守るために僕が夢を見る話なんでしょ」<br /> うさんくさそうに眉をひそめる爽子に、長い髪を揺らして咲良は考え込む。<br />「そう、なんだけど。だんだん、このタイトルの意味がよく分からなくなってきたんだよね」<br />「げっ、そんなに複雑な話なの?」<br />「複雑、というか」<br /> 言葉を探すように、咲良はしばらく本の小口をなぞっていた。<br />「主人公の男の子、この子の名前が朔っていって、私の名前をよく似てるなと思って読み始めたんだ。簡単に説明すると、この朔くんが十歳の初デートの帰り道にちょっとうたた寝をして、その間に七年間が経ってしまったっていう話なんだ」<br />「ふーん、タイムトラベルみたいなSFなんだ」<br />「それが全然違うの。七年間の間は朔は行方不明扱いだし、同い年の恋人は七つ年上になっちゃうし、弟も自分より大きくなっちゃうし、周囲からは気持ち悪がられるし。起こってしまったことの原因も明らかにならなくて、ただただ大変なの」<br />「疲れそうな話だねぇ」<br /> 咲良の手から本を取り上げると、爽子は「わーポエムー」と悲鳴を上げながらぱらぱらと中の文字を拾い読みし始める。<br />「成長するのが怖い、大人になるのが不安っていう気持ちは誰にでもあるけど、でもだからって永遠に子供のままでいられないじゃない? <br /> 次から次に理不尽な目に遭って、かなりがんばって努力して、世の中に立ち向かっていかないと、人並みの成長もできなかったのが、朔なんだ。でもそれは初恋の人のためにするものじゃないでしょ。といって自分だけのためにするのでもない。『きみを守る』ってどういうことなんだろう、『夢をみる』ってどういうことなんだろうって考えると、だんだん分からなくなってきちゃって」<br />「そうだよね、うちらだってついこの前まで一番の下っ端の一年生で、なんにも変わってないつもりだけど、今ではおっかなびっくりでも後輩を教えていかなきゃならないもんね」<br /> 次の部長候補と言われている爽子の言葉に、妙なリアリティを感じて咲良は思わず吹き出した。<br />「笑うな! でも、こういう成長していく課程がはっきりしている間って、ありがたいな~と思うよ。大人になったら、一年経っても自動的に学年あがったりしないじゃん」<br />「うん、分かる。普段はそんなこと考えないんだけどね。<br /> 朔も、十歳から少しずつ大きくなって、四巻でやっと十七歳になったみたい。進路の問題も出てくるし、恋人とも再会できてハッピーエンドになりそうだったんだけど、なんだかなぁ。三巻に出てきた妹みたいな女の子がいてね」<br />「あ! ダメ! それ以上言わないで!これ私も借りてみよっと」<br /> そのまま返してくれなくなっては困ると、慌てて咲良は爽子の手から文庫本を取り戻す。 <br />「これは私が先にみつけたの! 大体、爽子は先の巻を読んでないでしょ。はい、一巻」<br />「わー、これもきれいな表紙だねぇ。朔くんがまだ男の子って感じだ」<br />「あっという間に追いつかれて、追い越されそうだよ」<br /> 二人の女子生徒はちょっと不思議そうに顔を見合わせると、自分たちの前にまだまだ続いている階段を思って少しうんざりとした表情をし、やがて仕方なさそうに笑み交わした。<br /><br />「ちょっと、爽子。時間!」<br />「あ、本当だ。すっかり忘れてたっ。やべー」<br /> 騒々しく貸出手続きを済ませると、二人の少女はばたばたと、淑やかさの欠片もなく、けれどまぶしいくらいの瑞々しさを振りまいて出ていった。<br /> 図書館では静かに、と何度か注意せねばと思いつつ、結局言いそびれてしまった司書の萌江は、ブラインドを下げようと窓辺に寄った。強烈な西日は本を傷める。ブラインドの角度を調節していると、窓の向こうを体育館へと向けて走っていく少女たちの姿が一瞬見えた。野暮ったい制服では隠しきれない、健康的でまっすぐな四肢がほほえましい。発声練習といっていたから、演劇部が合唱部かもしれない。今度来たら、聞いてみよう。<br /> 予約の順番がいつもついているような、大人気の本ではない。けれど、時々すっと借り出されて、すっと戻される。最初だけ人気があって、後から見向きもされなくなる類の本とは違う。<br /> 子供には、かなしいけれど特に女の子には、危険や毒や落とし穴がいつも待ちかまえている。元気で明るくてかわいければいいという正義がどうしようもなく通用しないことが、多々ある。そういう残酷さを、運命とでも呼ばないことには慰めきれないつらさを、そっと手の届くところに置いていってくれるのがフィクションの役目なのだろう。<br /> そこだけがらんと開いた棚を見て、萌江は薄く笑った。<br /> 彼女たちが話題にしていた本の一巻目を、萌江が最初に読んだのはもう十年も前のことだ。

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2014.03.27

「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

銅

きみを守るためにぼくは夢をみるIV

マットの「夢」

レビュアー:ヴィリジアン・ヴィガン WarriorWarrior

 主人公の大江朔、初恋の人である川原砂緒、朔のことを兄のように慕う空音の、三角関係が描かれたシリーズ4作目。
 あくまで現実的な世界を描きながらもかなり童話っぽく、少女マンガのモノローグのようなおしゃれな比喩が並ぶ文章は読んでいると少し恥ずかしくなる。
 しかし慣れてくると、未来を思い描く「夢」と眠って見る「夢」の狭間で揺れていた、思春期のもやもやを不覚にも想起してしまうのだ。
 登場人物は各々、何かしらの欠落を抱えており、どうにかしてそれを補い合おうとする姿は、ときに美しく、ときに稚拙に描かれる。
 
 イラストがこの巻から、マテウシュ・ウルバノヴィチ(通称マット)に変わった。彼は元々イラストを担当していた新海誠に憧れて日本にやって来たポーランド人である。新海誠の仕事を引き継げたのだから、彼の「夢」の1つは叶ったと言っていいだろう。
 
 思春期にうっかり書いてしまったポエムを、数年ぶりに引き出しから発見しちゃうような人にうってつけのシリーズ。

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2014.01.29

「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

銅

きみを守るためにぼくは夢を見る 3 白倉由美

空音へ

レビュアー:鳩羽 WarriorWarrior

 空音へ

 きみは僕のことをお兄ちゃんと呼ぶ。最初は本当のお兄ちゃんじゃないかと、疑ってすらいたね。
 きみを初めて見たとき、つまりあの事故に遭ったとき、僕もきみを大切なひとと重ね合わせて見ていた。僕の初恋の相手、会いたくても会えない永遠の恋人の小さい頃に、きみがあまりによく似ていたから。

 ほんのうたた寝のつもりが七年経っていた僕と、十七歳のときから七年分、子供に戻ってしまった空音。
 まったく正反対の体験をした僕らが過ごした短い夏は、つらいことばかり多かった。僕にとってのつらいことなんて、きみの苦しみに比べると全然たいしたことじゃないかもしれない。けれど、僕にとっても、結構しんどい日々だった。

 僕はかつて、主治医の先生に言われたことがある。僕は「行きて帰りし物語」の主人公みたいだと。この物語の主人公は、共同体に戻るためには犠牲を捧げなければならないのだと。
 思えば僕たちは、交換や取引に慣れきっていて、なにかを差し出せば何かを得られることが当然だと思っている。けれど、好意を差し出したとしても、同じだけの好意が返ってくるとは限らない。僕にとって特別な存在のひとでも、そのひとにとって僕が特別になれるとは限らない。
 そのことを知らずに、傲慢にも僕は大切な初恋のひとを犠牲にした。その行為が、最終的に初恋のひとと僕を守ることになると信じて。
 でも、そうじゃなかったのかもしれない。何かを犠牲にしたり差し出したりするんじゃなくて、ただ手をさしのべるように、背中を押すように、プレゼントすればよかったんだと今は思う。
 そして、こんなすてきなプレゼントをありがとうって受け取っていれば、こんなおかしなことにはならなかったのかもしれない。

 僕をお兄ちゃんと慕ってくれるきみの初々しさ、甘えた声の奥にあるしっかりとした中心が、僕にはまぶしい。本当に妹がいたらこんな感じなのかな、とくすぐったい気持ちになる。空の音に、耳をすませていたくなる。きみはそんなすてきな女の子だ。
 だからこそ、きみをあがなう、ということは考えられない。
 それなのに、僕はきみにチョコレートを食べさせてしまった。特別な、甘くてほろ苦い契約のチョコレート。

 僕は、僕の試練から帰る場所を見つけたはずだった。これが「行きて帰りし物語」なのだとしたら、ようやく帰路につくのだと。
 そう身をひるがえした途端、きみは僕を導いてくれる存在から、冷たい檻に僕を捕らえようとする存在に変わってしまった。
 ヨモツヒラサカの喩え。けれど、帰れなくなるのは黄泉の食べ物を口にした方じゃなかったっけ。まあそんなことはいいか。僕はきみに対しての責任を負ったのだ。

 僕は夢をみる。
 逃避のために、夢から覚めないままでいるのとは違う。自分の意志で、夢を見続けることを選んだ。
 出かけていっては帰ってくる。旅立っては戻ってくる。単純なくり返し。誰かが僕の人生を物語のように読むのなら、その通りだろう。
 けれど、僕にとっては一方通行の、不可逆の時の流れに従って進む一本道だ。
 僕は僕の物語を取り戻し、そのなかへ帰ることができるのだろうか。
 この檻を開けはなってくれるきっかけを。夜の動物園で眠る鳥たちのように、僕はひっそりと待つしかないのだろうか。

 ただ、ひととひととが同じ虹を見るということ、それが一体どうしてこれほど困難で、苦しいほどに望まれる……

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2013.06.22

「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

銅

君を守るためにぼくは夢をみる

人の可能性と小さな幸せ

レビュアー:陽秋 NoviceNovice

この作品に出会ったのは、2003年でした。その時、表紙の絵で描かれている新海誠さんの雲のむこう、約束の場所という映画を観ていて、絵を担当しているというので作品を手に取りました。

その時は絵を見たくて買ったんですが、最初のページから物語の中に引き込まれていきました。ごく普通の小学生の淡い初恋から話が始まって行きなんだか懐かしさを覚えました
ところが話の軸である事件が起こります、朔のところにやってくる、眠ろうよという甘いささやき、何度も何度もささやきが朔を眠りえと誘う、五分だけでもとついに朔は眠りえと落ちてしまう。

起きてみると時間はさほど経ってなく急いで家に帰ると母親が泣きながらどこにいってたの?と。さすがにこの展開には驚きました。先が気になり読むの止められなくなりました。

現実は厳しく、彼だけを残して七年という時間が経過してしまい、まさにタイムスリップです。物語はこの辺で止めておきます。熱が入りすぎて全部言ってしまいそうなので。

この後、朔は現実と向き合っていくわけです。

この本の魅力とは、辛い現実でも朔が前向きに頑張るとこだと思います。
読者が朔を応援したくなるスパイスがきいてます。逃げ出したりもありますけど、最後は必ずやり遂げる朔の強さでもあります。小学生からのこの状況はかなりキツイと思います、だからこそ読みながら「朔頑張れ!!」と思ってしまうのです。

人が成長するのは当たり前なんですが、もし時が止まってしまったら、自分はどうしたらいいのかと深く悩んで現実を見れなくなってしまうかもです。

最初はもがいていても、一歩ずつ積み重ねていけば可能性が見えてくる、それは誰でも持っている、それを朔が教えてくれる、人は最初幸せを感じるのに段々慣れてくると当たり前になってしまう、それが普通に生活できることでも、好きな人と居ることでも。

改めて世の中をみて自分が生きていることの幸せを感じれる作品であると思う。

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2013.04.16

「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

銅

君を守るためにぼくは夢をみる

明日への希望

レビュアー:ジョッキ生 KnightKnight

児童文学に詰まっている純粋な想いっていいですね。大人が読んでも勇気をもらえます。

この作品は主人公朔が7年という時間に置いていかれ、7年後の世界に7年前に自分だけが取り残されるというファンタジーめいた話です。でもそこで起こる周りからの迫害は嫌にリアルでそこまで追い詰めなくてもと作者に言いたくなるくらい苛烈を極めます。読んでるこっちの心が痛むくらい本当に悲惨です。

でもだからこそ輝く朔という少年の純粋さがあって、彼がその絶望的な現状を乗り越えるために頑張るのは7年前に約束をした彼女砂緒ちゃんのためというこのピュアさが眩しいほどの光を放ちます。というか感動します。一人の女のために困難に立ち向かう男が格好悪いわけがない。たとえそれが小学生だとしてももう男前としか言いようが無い。

朔が頑張ってるなら僕も頑張ろうかな。そんな気持ちになってしまう。それはきっと純粋さが限りない力を持っているからに違いない。その力に後押しされるように前向きに歩いていく強さを僕は手に入れられた気がした。

僕も頑張るから朔も頑張れ。これを読んでるとそんな気持ちになってしまうのです。

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2012.04.02

「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

銀

きみを守るためにぼくは夢をみる2 白倉由美

眠りに誘わない声

レビュアー:ややせ NoviceNovice

「探すことにうんざりしてからは みつけることを憶えた」
主人公の朔の、印象的な冒頭の言葉だ。

一人の少年が必死に大人になろうとする物語、というと、まるでよく出来た童話のようだ。
たとえば、失われた何かを回復させるための旅であったり、理不尽なことを受け入れやすくするための助けとなる物語。
けれどこの物語は、引用した文章の通り、何かを探しに行くクエストではない。

主人公の朔は十歳の初デートの帰り道で不思議な声に誘われ、ほんのひとときのつもりで居眠りをした。そして目覚めたら、七年後の世界にいた。
失われたのは、単に朔の七年分の時間だけではない。
朔以外の人間が正当に享受した七年間。彼らとの差額の時間も朔が引き受けなければならないことの一つであり、これが現実である限り、この状態がいつか回復し元通りになるということもない。

この物語は、主人公の少年がただ彼を思う家族や恋人のために全うに成長しなくてはならない、というルールのようなものに沿って進む。
必死に学び経験を積み、食べたり動いたりしなければ(そうしても失った時間は戻せないのだが)、時間に置いて行かれるのではないかと朔は苦しむ。
2巻では、あふれんばかりの愛情を注いでくれていた母が倒れ、恋人は不在。新しい人達との出会い、そして父親との再会。
朔の日々は、たくさんの人々の夢がひしめきあう中に不安定に漂っている。

「ここ」で成長すること、長い長い階段を一つずつ登って行くこと。その手抜きできない地道な苦労こそが、朔が見る夢を現実に近づけてくれる。
逃げ出したり、放り出したりすることは、朔を愛する人々への裏切りになる。
朔にとって「夢を見る」ということは、なんと孤独で勇ましい戦いなのだろう。ラストで下される決断には驚かされるが、朔の成長のためになくてはならない決断の痛みなのだと、一読者として冷水に身を曝す心持ちになった。

しかし、果たして本当に一生懸命成長する必要なんてあるのだろうか。このままの流れに身を任せていれば、いつか大人になれるではないか。
今、目の前にいる大人を見てみろ。あれが立派な大人か?
あの程度を目指すなら、このままでいいのではないか?
それに、「今」とは本当に成長が必要な時代なのだろうか?
……朔と同じように、読者も絶えずこのような疑問と向き合うことになる。

一生懸命に成長しようとすることをストレートに書くのは、もしかして古臭いことなのかもしれない。
時代の最前線、フィクションの最前線、ではないのかもしれない。
けれど、どこにも逸脱していけない、今いる「ここ」で頑張らなければいけないという読者にとって、この物語は自分の気持ちをすくい上げてくれるように思うだろう。

そんな読者にふと手に取られる宝物のように、この物語も誰かに見つけられるのを待っているのではないか。
たとえば、返事の来なかったメール、雪の日の落としもののように。

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2012.01.30

「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

銀

きみを守るためにぼくは夢をみる

ありえないけど普通のこと

レビュアー:ヨシマル NoviceNovice

栄子:体は子供、頭脳は大人! その名は……
ヨシマル:名探偵――――
栄子:エイコ!!
ヨシマル:って、なんでだよ!
栄子:体は大人、頭脳は子供! の方がええって?
ヨシマル:そういう意味じゃないよ!
栄子:けっ! このロリコンが!
ヨシマル:なんで切れられなきゃいけないんだよ!
栄子:まあまあ、ええやんか。今回は『きみを守るためにぼくは夢を見る』のレビューなんやし。
ヨシマル:確かに今回のレビュー対象の『きみを守るためにぼくは夢を見る』も若返りではないけれど、同い年なのに肉体年齢が大きく離れてしまった二人の話だ。本書は2003年に講談社から児童向けとして出版された白倉由美著『きみを守るためにぼくは夢を見る』の文庫版第一巻だね。主人公の小学四年生・朔が夏休みのある日、ガールフレンドの砂緒と一緒にプールに行く。楽しい一日が終わり、これからも二人でいることを約束した夜、朔が気がつくと七年の月日が経っていた。
栄子:十歳のままのさくと十七歳に成長した砂緒が送る切ないラブストーリーやな。
ヨシマル:児童文学といのがどんなものを指すのかはヨシマルには分からないけれど、十歳の少年が周囲と葛藤しながらヒロインとの関係を考えることで成長していくストーリーは、主人公と同年代のときに読んでみたいと思わされたよ。
栄子:そうやなあ。今読むのと、子供んとき読むのじゃ感じ方は違いそうやし。あ、けど、ヨシマル小学生のときなんか本読むような子供やなかったやん。十歳なんて虫取りばっかやってた頃やろ。
ヨシマル:書を捨てよ山へ出よう。
栄子:それ町や町!
ヨシマル:まあ、ヨシマルが当時住んでいたのは田舎だったから、本書の冒頭と同年代でも電車なんて一時間に一本走ってるかどうかだったし、遠出するときはもっぱら自転車だったからなあ。こんな素敵な夏休みなんて想像もできなかったよ。
栄子:……それは、ヨシマルに限ったことなんじゃ。
ヨシマル:そこ、うるさい!
栄子:はいはい。まあ、でも主人公の朔もかなり精神年齢高めな感じやんな。
ヨシマル:そうだね。朔の年齢は十歳のまま変わっていないはずなんだけれど、年上になった砂緒や弟の公彦との会話ではその実年齢を感じさせないほど大人びている。読んでてそこが気になった人も多かったんじゃないかな。
栄子:著者が意識してるんかは分からへんけどね。
ヨシマル:他の著作をあまり読んだことがないから比較はできないけれど、大人びで描くことで十七歳に成長した砂緒との関係をしっかりと恋愛関係にできているとは感じられたね。
栄子:ほんまやな。普通の十歳と十七歳なら恋愛にはなりづらそうやし。
ヨシマル:うん。だからこそ、朔は葛藤することになるんだね。
栄子:朔自身が砂緒との溝を理解できるくらいには大人なんやな。
ヨシマル:作中でも何度も砂緒が大人みたいだって言っているしね。逆に同じ十歳の阿草苺には子供っぽさを感じている。
栄子:子供なんか大人なんか微妙な関係やなあ。十歳なんか十七歳なんか曖昧って言うか。
ヨシマル:うん。そんな朔の曖昧な状況っていうのを七年間の空白が作っているんだね。十代の頃の七年って今からは想像できないほどの年月なんだから。
栄子:そうやなあ、一年戦争終わってから『Z』始まるくらいやし。
ヨシマル:その例え分かりづらいって。
栄子:えっ、アムロが地球の重力に骨抜きにされるくらいってことやん。
ヨシマル:余計分かりづらいよ!
栄子:女子七年会わざれば刮目して見よ!
ヨシマル:もう意味分からないよ。
栄子:小学校卒業してから、成人式で七年ぶりくらいに会うと女子は誰か分からなくなるくらい変わってるから気をつけろって意味やで。
ヨシマル:それ単なる体験談だから。
栄子:まあまあ、七年でそれくらい人は成長するってことやし、それが十歳ならなおさらってことやん。
ヨシマル:まあね、でもだから、朔って十代の葛藤の象徴ってことも言えるんじゃないかな。
栄子:どういうことなん?
ヨシマル:十代前半って成長が早い時期でもあるんだけど、それだけ人によって成長のバラつきがある時期でもあるんだよね。同い年でも大人びた人がいたり、子どもっぽい人がいたり。
栄子:内面にしても外見にしてもなんやな。
ヨシマル:そうなんだ。小学校の高学年くらいのクラスを思い出してみても、同い年ではあるけれど、大人びてるから近づきづらいとか、子どもっぽいから話が合わないなんて経験は多くの人はあると思うし。この前まで自分より子供だと思っていたのに、いつの間にか自分を追い越していった友人なんていくらでもいる。
栄子:それが、砂緒だったり阿草苺だったり公彦だったりってこと?
ヨシマル:そうだね。作中で朔が悩んでいることっていうのは、実はこの年代なら誰でもが多少なりとも感じてしまうことなんじゃないかって思うんだ。自分とは釣り合わないとか、何か変わってしまった人たちとどう接したらいいのかって、おそらく十歳から十七歳くらいまでの歳の子にとって重大な問題だと思うし。この小説ではそこに実際の時間を経過させることでその悩みを鮮明に描いているってことだね。だから朔がどう考え、行動するのかってところに共感もしやすいと思う。
栄子:なるほどなあ。時間経過って本来ありえへんことを描くことで、普通にあるものを印象的にしてるんやな。
ヨシマル:そういうこと。周囲の人の変化を丁寧に書いてあるから余計にそう思ってしまうのかもしれないしね。時間が経過したことによる変化が人物描写に多く割かれているのもそんな意味があるのかなって思ったよ。
栄子:確かにそうかもしれへんな。人物描写以外で時間経過を印象づけてるのはサッカーを巡る状況の変化くらいな気はするなあ。
ヨシマル:そのサッカーも公彦との間にできてしまった差をを描くために使われているしね。
栄子:なるほどやなあ。
ヨシマル:そういえばサッカーって言ったらさ。
栄子:ん?
ヨシマル:「ワールドカップのために、高校生のころから選手にくわえられたりすることもある」って書いてあるんだけど、もともと単行本として発行されたのが2003年だからその七年前って考えると1996年だよね。てことはその間のワールドカップといったらフランス大会か日韓大会ってことになるよね。
栄子:う、うん……。
ヨシマル:問題です。このワールドカップのために高校生の頃から代表に選ばれていたのは誰でしょう?
栄子:なんや、いきなり。
ヨシマル:誰でしょう?
栄子:え、続けんねや。そうやなあ、若くて代表に選ばれてたんは小野伸――
ヨシマル:違ーう!!!!
栄子:え!?
ヨシマル:今まで高校生でサッカー日本代表として試合に出たのは市川大祐選手しかないだろ!!!
栄子:え!? え!?
ヨシマル:17歳と322日で出場という記録を持った右サイドのスペシャリスト市川大祐選手だろ!!!
栄子:え、えー!?
ヨシマル:ヨシマルは今年も市川大祐選手を応援します!
栄子:え、何この終わり方。

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2012.01.30

「きみを守るためにぼくは夢をみる」のレビュー

鉄

きみを守るためにぼくは夢をみる1 白倉由美

それは誰が見ている夢なのか

レビュアー:ややせ NoviceNovice

序盤から、なぜこんなことが起こってしまったのだろうと、不思議でならなかった。
純愛だとか初恋だとかには正直あまり意識が向かず、起こっている出来事への違和感、その裏に何か意味があるのだろうか、どう解釈すればいいのだろうかという思考の渦に巻き込まれていくような気持ち悪さ……そう、気持ち悪さ。
あまりにも清々しい表紙のこの本から感じる、この「気持ち悪さ」はどう解消されるのだろうと、そればかりが気にしつつ読み進める読書となった。

朔は十歳の誕生日に恋人の砂緒と初めてのデートに出かけ、楽しくも背伸びをした一日を過ごす。そして、砂緒が大人になることに不安を抱いていることを知り、砂緒を守る未来を夢見続けることを約束して、それぞれの帰途についた。
その後、急激に襲ってきた睡魔のせいで朔は眠ってしまい、慌てて家に帰ると家族の様子がおかしい。なんと、朔は七年間もの間行方不明だったのだという。
朔は十歳の身体のまま、七年、時間の進んだ世界に立つことになった。

斧が朽ちるほどの長い時間ではないことを、幸福に思うべきなのか。とにかく、少年時代の七年は長すぎる。
サッカーの才能に恵まれた勇気のある少年だった朔は、ひ弱だった弟にも卑怯なクラスメイトにも追い越され、もはや誰にも敵わない。
しかし、当然のことながらママは優しく迎えてくれ、すっかり大人びた女子高生となった砂緒も朔をずっと待ってくれていた。噂を聞いて興味本位で近づいてきた女の子にも、熱烈な好意を示される。
これは、どういうことなのだろう。

もともと朔の家は、父親が不在の家だった。
そのせいもあってか、朔の周囲には今も昔も味方となってくれるような頼れる男がいない。男の友達すら出てこず、唯一の理解者である小児科の医師も、幼い頃の義妹との関係を恋人と臆面も無く言い切り、その思い出を大事に抱えているような半ば夢の世界の住人であるかのような男性である。
朔の復学を露骨なまでの悪意で渋る校長しかり、朔を肯定し、受け入れてくれる同性はいない。言い換えるなら、朔はママや砂緒に代表されるような女達の盲目的なまでの夢に、すっぽりと囲い込まれているのである。

夢には二種類ある。
現実に叶えようとする夢と、貪るためだけの夢だ。
朔が砂緒を守るために夢を見ようと言ったのは、もちろん前者の方の意味だったはずだ。ところが、結果を見る限り、朔が見たのは後者に近い夢だった。
フィクションとしてこの小説を読んでいる我々なら、たやすく朔が時間を飛び越えたのだと考えることができる。原因など分からなくても、何らかの理由でタイムスリップしてしまったのだ、と。
けれどこれがもしも現実ならば、作中の人物達のように、誰もそのような突飛な結論には至らないだろう。
行方不明の間、何らかの原因で身体の成長が止まってしまっているだけで、七年間は七年間として朔の上にあったはず、つまりどれだけ十歳にしか見えなくても、この小説の現実では朔のことを十七歳だとして認識しているのだ。
十七歳の青年が十歳の少年のように振る舞うことを当然世間は肯定せず、ママや女の子が無意識に望む理想の少年像としての朔と相反する。
この二つの虚実の像が、二重写しになった存在として絶えずぶれて迷っているように思えるのだ。
だからそのことに無自覚な彼らが掲げる恋愛は、どうしたって歪で、応援したくなるものではない。

物語は、朔がちゃんと居場所を見つけ、成長しよう、大人になろうというところで終わる。最初から朔はそのつもりだったのだから、改めてそんな決意をするのも変かもしれないが。
そのためには砂緒がそばにいては駄目だ。
眠りに誘う海の底からの声のような、ママがそばにいても駄目だと思う。
これはある日、なんの罪もなくすべてを奪われた少年が、それでも健全に真っ直ぐに成長しなければならない幼い騎士道物語なのではないだろうか。
因果もなく、理由もなく。
そしてきっと得られる報酬も無い。
望むのは架空のりんご、架空の思い姫。
それでも朔は夢を見続けるのだろうか。

1巻の終わりに、やっと物語が始まりそうな気配が感じられた。

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2011.12.20


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