ここから本文です。

「大阪将星伝」のレビュー

銀

大阪将星伝

死に様って

レビュアー:ジョッキ生 KnightKnight

歴史ものが汚いと思うのは、死に様がやたらかっこいいことだ。別にそんな大したことをしてなくても、その死に様で大分印象が変わる。それが何かね、ずるいなーといつも思ってた。

この本の主人公、毛利豊前守勝永もそう。この人の人生を要約すれば、豊臣家に仕えた、ただそれだけだ。父親が豊臣秀吉付きの黄母衣衆という諜報を行うような部署にいたので、自然とそれを手伝う形でその人生を生きていくことになる。すべては豊臣家のため、それが当たり前の人生だ。だから彼が成したことで歴史が変わったことなんて特にない。彼の名を知り合いに聞いた所で返ってくるのは『えっ、誰?』って言葉くらいだろう。

その生涯だけを語ればそんなもんだ。でもね、死に様がかっけーんだよ、この人。マジで知らねーとか答えた知り合いを片っ端から引っ叩いて『はっ?何で知らねーの?』って胸倉を掴みたい衝動に駆られる。そのぐらいかっこいい最後だった。

きっかけは徳川家康の所業。かつて仕えていた豊臣家に対し蛮行を散々働き、それが隠居生活をしていた勝永のおっさんに火を着けた。嫁さんも子供もいて、十分幸せな生活をしていたし、今徳川家に逆らった所でいいことなんて一つもない。しかもたぶん勝てない戦いになると分かっていたはずだ。それでも譲れない一線があって、豊臣家を貶める行為に関してだけは全力で立ち向かう。それがこの男の信念だったに違いない。だから、かつての仲間と共に命尽きるまで、一矢報いるまで戦い続けたその死に様は、もう全身が震えるほどに勇ましかった。

読み終わって、やっぱずるいなーとは思った。死に様がかっこよかっただけで大分印象が変わったことは否めなかったからね。でもちょっと思ったのは、死に様がかっこいいってことは、その人が歩んできた人生にちゃんと信念があったからなんじゃないかってこと。それがなくちゃ何をしたって重みを感じないんじゃないかって。毛利豊前守勝永で言えば、ずっと豊臣家に仕えてきたからこその最後の行動があって、読んだ俺はその人生を知っていたからこそそこに感動したのかもしれない。そう考えると、死に様がかっこよくてずるい。ではなくて、その生き方がかっこよかったと褒めるべきなのかもしれないねー。

毛利豊前守勝永という人は、豊臣家のために生き、豊臣家のために死んだ。その人生はちょっとずるくて、でもかっこよかった。と、俺はそう思う。

「死に様って」の続きを読む

2014.06.18


本文はここまでです。