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レビュアー「Panzerkeil」のレビュー

銅

星海社朗読館 銀河鉄道の夜 第9章「ジョバンニの切符」

想像力の固溶体

レビュアー:Panzerkeil Adept

 宮沢賢治の代表作と言える「銀河鉄道の夜」を坂本真綾さんが朗読したCD、そしてカラーイラスト付きの冊子がセットになっています。
 ただ、「銀河鉄道の夜」を全て収録している訳ではなく第9章の「ジョバンニの切符」のみです。でも、この「銀河鉄道の夜」の最終章は非常に長く、物語の約半分を占めるものですので、朗読も1時間を越えています。
 「銀河鉄道の夜」は作品そのものが有名ですし、色々な作品に影響を与えています。すぐに思いつくのは、漫画やアニメになった「銀河鉄道999」あたりでしょうか、アニメといえば「輪るピングドラム」もそうでした。他にも映画や演劇にもなっています。
 私は子供の頃から何回も、それこそ数え切れないくらい「銀河鉄道の夜」を色々な本で読んでいますが、朗読というのは初めてでした。
 坂本真綾さんの朗読は、落ち着いたしっとりした声質で、非常にシンプルな雰囲気ですが、元の文章の色彩感が浮かび上がる感じであり、文字とはまた異なったイメージが頭に残りました。
 もちろん、朗読だけでなく、本文を冊子で読むことも可能です。濃紺を基調とした背景に、幻灯のように広がるカラフルなイラストはとても新鮮でした。蒼い髪、桃色の髪の子供のどちらがジョバンニでカムパネルラなのか少し考えてしまいましたが。
 星座版を持っている、桃色の髪の子供がカムパネルラなのでしょうが、いままで典型的な優等生タイプの男の子としてイメージしてきたので、この女の子のような姿はちょっと衝撃的でした。
 もっとも観ているうちに似合っている気がしてくるのは不思議なものですね。
 朗読館に収録されているのは第9章のみですが、これを選択したのには意味があると考えます。この章は長いというだけでなく、この作品のテーマの根幹をなす部分であるからです。
 主人公であるジョバンニは、父親の行方不明の理由を取り沙汰されて学校で孤立しており、いわば「いじめ」を受けています。友人のカムパネルラは同情的ですが、積極的に味方をしてくれる訳ではありません。
 ジョバンニは母親を大切にするし、他人への思いやりもある良い子なのですが、孤独感から、屈折した想いに左右される不安定な心理状態にあります。
 そんな彼がふと気がつくと、本当の河川のような、宇宙の銀河にそって走る列車に、カムパネルラと一緒に乗っていたというのが前段です。最初は友人との楽しい旅だったのですが、この第9章ではそれが変質してきます。
 明らかにタイタニックをモデルとしている、客船の遭難者である少年と少女、そしてその家庭教師の青年の登場により、銀河鉄道は死者を天上あるいは黄泉の世界に運ぶ一方通行の存在である事が、判ってきます。
 基本は、ジョバンニという少年の成長物語ですが、宮沢賢治はジョバンニがいかにして自らを救済するか、という点に非常に苦労したようです。それどころか、この物語は完成していないのです。
 この作品に完成原稿はなく、現在の研究では、宮沢賢治はこの作品を三回書き直しているのですが、大半がこの9章に集中しています。
 最後のカムパネルラとの別れは、何度読んでも最初の感動が蘇ります。むしろ未完だからこそ、少年の物語に相応しいのかもしれませんね。
 この作品だけではないのですが「銀河鉄道の夜」は、宮沢賢治の自然科学のしっかりとした素養に裏付けされた緻密な背景描写も特徴です。銀河鉄道の経路は、実際の銀河と天体の相対関係を反映しています。天文学だけではなく、地質学や鉱物学等々の知識があれば、更に楽しみが広がります。
 かつて、宮沢賢治の作品は文学的、あるいは思想的側面からのみ評価されていましたが、近年は自然科学畑の人々が、宮沢賢治の作品が自然科学と豊かなイマジネーションの融合である事を発見しており、解説書も多く出ています。

さて、物語の第1章から、また読み返えすとしましょう。

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2013.07.08

銅

まりんこゆみ

Once a Marine, Always a Marine.

レビュアー:Panzerkeil Adept

 ノーテンキな日本人の女の子が、アメリゴ(アメリカ)合衆国を旅行中に「私は合衆国大統領になる!」と言ったら、意気投合していた在郷軍人のジーサン連中に「じゃあ永住権を取るには軍隊に入隊するのが1番だ!」とおだてられて、海兵隊に志願するというお話。
 一見すると、いかにも馬鹿マンガ風ですが、馬鹿マンガのテイストは残しつつも、リアルな要素もぶち込んで、合衆国海兵隊を理解できる(たぶん)というユニークな作品です。
 合衆国海兵隊は沖縄にも拠点があり、普天間基地問題等でしばしば話題になりますが、日本人の理解はいまひとつ、という気がします。それは日本の歴史において、陸海空に続く第四の軍隊、海兵隊が存在しなかったという事もあるのではないでしょうか。
 海兵隊の歴史は、作中でも紹介されていますが、軍艦がまだ帆船だった頃にまで遡ります、当時は軍艦同士が接舷して切り込むという戦闘が普通にあったので、陸戦部隊を軍艦に乗せたのがそもそもの始まりです。
 言わば海軍と陸軍の混血ですが、国際法上は海軍と見なされ、自由に海上を移動して世界中に素早く展開できる便利な存在として現在に至っています。
 陸軍では無いが戦車やヘリを持ち、海軍では無いけど軍艦があり、空軍ではないのに戦闘機や爆撃機を保有している何でも屋。
 その迅速な行動力は、東日本大震災の救助活動においても遺憾なく発揮されました。
 かつて、第二次世界大戦で、硫黄島をはじめとする多くの島嶼での戦闘において日本軍を血で血を洗う激しい戦闘を繰り広げたのもこの合衆国海兵隊でした。
 戦争は不幸な事ではありますが、ガチの殴り合いで理解出来る事もあります。
 どちらかと言えば、過剰なまでに日本のマスコミにネガティブな扱いをされていますが、相手の真の姿を知ることは重要でしょう。このマンガはその役に立ちそうです、たぶん。
 ところで、ゆみが合衆国大統領になれるかと言えば、とても厳密な規定があって無理じゃないかという気もしますね。
 昔、あずまんが大王のちよちゃんが大統領になれるか調べたのですが、アメリカ生まれでないアーノルド・シュワルツェネッガーがカルフォルニア州知事にはなれても、大統領にはなれないのと一緒です。それでも、元外国人でも知事にはなれるというのが凄いけど。
 まあ、アメリカではなくアメリゴだという理屈も成り立ちますが。
 そもそも、日本人の女の子がなぜ外国の軍隊に?と思う人も多いと思いますが、徴兵制の無くなった合衆国において、軍隊に志願するのはアメリカ人になりたい外国人と、高等教育のチャンス(奨学金が貰えます)を得たい低所得者層が多くを占めるという現実を考えたら、さほど不自然ではありません。
 もはや、合衆国の平均的な市民にとって、軍隊は平均的な日本人以上に遠い存在になっています。
 まりんこゆみの存在にリアリティがあるというリアルが凄い事ですね。

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2013.07.08

銀

ビアンカ・オーバースタディ

スペルマの香り

レビュアー:Panzerkeil Adept

「ビアンカ・オーバースタディ」は筒井康隆の手になるライトノベル。イラストは「涼宮ハルヒの憂鬱」等で人気のいとうのいぢが担当しており、帯には「文学史上の一大事件を読撃せよ」とある。これはまさに一大事件。最初に作品についてアナウンスがあったときは非常に興奮したのを覚えている。
実際のところ、ライトノベルという小説の定義ははっきりしていない。ライトノベルを出している出版社から出ているのがライトノベルであるという、トートロジーじみた話があるくらいだが、イラストといった視覚的要素を重視し、キャラクターを中心に組み立てられた、若年層向けの小説という定義は、比較的妥当なところだろう。
ライトノベルという言葉が、定着してから活躍した作家、吉岡平は「マンガやアニメを文字にしたもの」と言っていた。これもまた一面を衝いていると思う。吉岡は多くのプロを輩出した早稲田大学漫画研究会の出身であった。
自分は、更にライトノベルの要素としてある種のエロティシズムも付け加えたい。ライトノベルには多くの場合、美少女が登場する。主人公であったり、脇役だったりするが、容姿や肉体、そして性格に魅力的な性的特徴があるのが普通である。しかし、それが具体的な性描写に繋がる事が殆ど無いのも特徴であると言える。
図書館学においては、ライトノベルではなくヤングアダルトという言葉が使われるそうだが、そのアダルトには以上のようなニュアンスが込められているようにも感じる。
さて、これが筒井康隆にどう繋がるのか?
筒井康隆は多くのジャンルに挑戦し、戦いつづけてきた、日本文学界の巨人であるというのは確かである。人によって好き嫌いはあるだろうが、自分にとっては巨匠以外の何ものでもない。そして筒井康隆はライトノベルの先駆者であると、少なくとも私は考える。
先にも述べたように、ライトノベルの定義は曖昧だが、そのルーツを辿れば、青少年向けの小説である、いわゆるジュビナイルから派生したのは、ほぼ間違いない。例えばジュビナイルの定番だったソノラマ文庫はライトノベルの時代にまでシームレスに続いていた。
筒井康隆はこのジャンルでも多くの作品を残しており、代表作である「時をかける少女は」いまだに読み継がれているだけでなく、NHKの少年ドラマシリーズで当時の子供を夢中にさせた伝説の作品となり、劇場映画化されただけでなく、最近では劇場アニメにもなって、その人気は衰えをみせない。
これら筒井康隆のジュビナイルは明らかにライトノベル的な特徴を持っている。筒井康隆は言葉を非常に大切にする作家であるが、視覚的要素の重要性をこれほど理解している小説家はかつていなかった。
ライトノベルとマンガやアニメは近い存在であるが、筒井康隆はマンガに造詣が深く、自分でも実作しているし、アニメに関して言えば、創成期のTVアニメ業界でシナリオライターを務めたパイオニアでもあるのだ。比較的最近でも、女子中学生の一人称で進行する「わたしのグランパ」はジュビナイルあるいはライトノベル的要素の濃厚な作品である。
その筒井康隆がライトノベルを書く!と宣言して発表されたのがこの作品である。言わばライトノベルの元祖によるライトノベルである。どんな作品なのか興奮しない訳が無い。
喜寿を迎えられた作家の萌え小説だから、懸念がなかった訳ではないが、しかし、それは良い意味で裏切られた。
当然ながら、このラノベにも美少女が登場する、主人公のビアンカだ。登場する美少女は彼女だけではなく、おのおのタイプも異なるというのもまたラノベらしい要素である。
ライトノベルの、文章と並んでもう一方の柱である、カラーイラストで描かれた少女達は、非常に可愛らしい。いとうのいぢのイラスト担当は、聴くところによると筒井康隆自身の発案によるという。
物語の構造は「時をかける少女」に似ているが、これはライトノベルのルーツを意識しての事だと思われる。もっとも、いとういのぢのイラストで未来人とくれば、涼宮ハルヒの憂鬱を思い出す人も多いと思うが、これも狙っての事だろう。
エロティシズムに関して言えば、このラノベは美少女達の過激な魅力に加えて、非常に過激である。というか、この点は多くの人が驚くに違いない。何しろ全ての章に「スペルマ(精子)」という言葉が含まれているのだが、それはヒロインである生物部員ビアンカの興味の対象が精子であるからだ。
最初はウニの生殖細胞を研究材料にしていたが、ついには男子生徒を始めとする男性からの精液の採取までに至る。そしてそれがどんどんエスカレートしていく。最後はそれがSF的展開によって人類の命運を左右する事件にまで発展する。
しかしながら、どんな状況でも可愛らしい女の子達が、危険な状況に陥っても、リアルな性行為とは全く無縁であるのもライトノベルらしいと言えるだろう。
特に性と言っても、それはむしろ生殖と称した方が良さそうな、緻密な科学的描写に裏付けされているので、不思議にいやらしさとは無縁である。この辺りはSF作家筒井康隆の真骨頂と言えるのではないか。これは本当に凄い!こんなラノベは読んだことがない!これははっきり断言できる。
以上、ライトノベルとして非常に堪能できたのであるが、読んでいる最中に、作品中での筒井康隆の皮肉もまた強く感じた。これは筒井康隆が、自ら面白いライトノベルを実作するというだけでなく、現在のライトノベルに対する批判もまた含めているからだと思う。
ビアンカを始めとする少女達は、性的には全く安全だが、常識的に考えたら非常に不自然でもある。これは登場する男子が、女子と比べて余りに元気が無いからだ。
ビアンカは自分の美しさが男性の欲望の対象である事を覚悟していて、いざという時に、安全を確保するためコンドームを持ち歩いている、しかし、結局、それは杞憂に終わっている。総じて、多くのラノベで女性キャラに対して男性キャラの元気が無いのはその通り。
 唯一元気の良かった、若いヤクザも、登場人物の一人である美少女に、カミソリで精巣をサンプルとして切り取られてしまう。彼がその後どうなったのか男性として気になりますな。

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2013.06.22

銅

星海社FICTIONSのスピン

しおりひも

レビュアー:Panzerkeil Adept

アマゾンから注文していたビアンカ・オーバースタディが届いた。早速、箱を開けて本を取り出す。
星海社FICTIONSを手に取るのははじめて。表紙のいとうのいぢによるビアンカのイラストが可愛らしい。でも、予想していたより小説らしくない、フィルムブックとかマンガみたいな装丁だ。
そして、本を開いて目に付いたもの。栞紐(スピン)付きだ!これには驚いた。
最近はハードカバーの本にさえついていない事のある、栞紐がこの本にはついている。今は文庫本だと新潮にしかない。
しかも、新潮文庫は茶色の細い紐だが、こちらは鮮やかなブルーでリボンみたいだし、ロゴまで入っている。
天アンカットになっているのはスピン付きの本の特徴だなと本を上から眺めて思う。
栞紐が大好きだし、綺麗だったので、この紐一本で読書の楽しさが倍増したように感じた。頑張って読んでレビューを書くことにしよう。

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2013.06.22


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