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読者レビュー

銀

「2013年のゲームキッズ」第30回「自殺」

「紙には、電子書籍の質感がない」

レビュアー:USB農民 Adept

 電子書籍と紙の本には様々な違いがあって、そのうちの一つとしてよく挙げられるものに、「紙の質感の有無」というのがある。
 本を手に持ったときの重さや表紙の手触り、ページをめくる際の触感といった、物理的な感覚のことで、当然のことながら、電子書籍にそれはない。だから、紙の本を好む人には、その部分を電子書籍の欠点と言う人もいる。
 けれど、私はこう思う。「電子書籍に紙の質感がないなんて、そりゃそうだよ」と。
 ないものねだりなのだ。電子書籍に紙の質感を求めるのは筋違いだ。だって、電子書籍って、紙でできてないんだから。
 
 ただし、電子書籍に「紙の質感」に対する代替価値がないことも事実で、その点についての指摘はまっとうだとも思う。電子書籍に足りないのは、「紙の質感」ではなく、「電子書籍にしかない質感」なのだ。
「ゲームキッズ」を読んで、そんなことを考えたのは、この作品には、「電子書籍にしかない質感」があったからだ。

「自殺」と題されたこのショートショートは、自殺志願者の主人公が、自殺支援組織を運営する山奥の村を訪ねる話だ。
 小説を読み進めながらページをスクロールしていくと、少しずつ何かがページ上部から落ちていく。それが蛆虫であることに気づくころ、文字の上を蛆虫が這い始める。この蛆虫は、実際に画面上をくにくにと這って動いている。それがまっっっことに気持ち悪い。小説の最後までたどり着くと、文章の半分くらいは大量の蛆虫で埋まっていて、まともに文字が読めない状況になる。読もうとする文字の上に、常に蛆虫が這っているという光景は、頭の中で浮かべる思考の言葉にも蛆虫が張り付いているような、曰く言い難い不快感がある。物語の最後も、主人公が大量の気味の悪い虫に体を覆い尽くされる場面となっている。文字を読む読者と、作中の主人公が体感する不快感が上手くリンクする技巧なのだ。
 読了後は、ショートショートとしてのオチよりも、文字の上を這う大量の蛆虫の不快さばかりが印象に残る作品だった。

 これが「電子書籍の質感」なのだと私は思う。紙の本では、この感覚は普通味わえない。(読んでいる本の上に、生きた芋虫を何十匹も落とすという仕組みを、紙の本で製品化するのはたぶん不可能だと思う)

 電子書籍は、わざわざないものねだりで「紙の質感」を追い求める必要はない。そうではなく、電子書籍にしかない「電子書籍の質感」を表現する事の方が重要だ。

 いつか電子書籍が普及したら、こんな風に言われるかもしれない。
「紙には、電子書籍の質感がない」と。

2013.06.22

まいか
あれは読み進める程に蛆虫の数が増えていって鳥肌がたちました!紙も電子も、違いを気にするのではなくそれぞれを特異点として、両方楽しみたいですね!
さやわか
「紙には、電子書籍の質感がない」というテーマ(タイトル)がとにかくよいですね。内容は「2013年のゲームキッズ」の物語について書いたものになっているのですが、電子書籍という大きなテーマでうまく挟み込んでいるために、ぐっと面白く読めるものになっています。こういうテーマ性というのは、とりあえず入れればいいというわけではないのですが、このレビューは「電子書籍の質感」というキーワードであっさり目に、しかしうまく作品内容と接続しています。「ショートショートとしてのオチよりも、文字の上を這う大量の蛆虫の不快さばかりが印象に残る」という書き方を是とするか非とするかはまた別の難しい問題を含んでいるように思いますが、ひとまずここは「銀」を贈らせていただきました!

本文はここまでです。