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読者レビュー

銀

ストーンコールド

「損得抜き」でレビューを書いた。

レビュアー:ヴィリジアン・ヴィガン Warrior

 江波光則の新刊「ストーンコールド」が星海社から出ると聞いたときはガッツポーズを決めた。
 ガガガ文庫から発売された3冊は、いずれも「スクールカースト」や「いじめ」をテーマにした読んでいるこっちが心を抉られるような内容だった。主人公やヒロイン、先生に至るまで必ずどこか狂っていた。

 ――それはきっとオーバーキルに過ぎる――

 ガガガ文庫「ストレンジボイス」の主人公である中学生女子が地の文でこう語ったとき、私は江波光則のファンになった。「頭痛が痛い」みたくなっているのだが、いかにも中学生の女の子が頭に浮かべそうなセリフである。間違っていることが作品にリアリティを与えた成功例だと思う。

 表紙からしてキャラクターの顔にモザイクをかけている「ストーンコールド」においても安定の狂いっぷりで安心した。
 主人公、雪路は17才の冷めた青年だ。金持ちの家に生まれ、父親から「損得」や「コスト」を常に考えるように叩き込まれて育った。だが「金」を持った父親が捕まり金持ちではなくなったところから物語が動き出す。
 雪路は通っている学校のスクールカーストを金で維持していた。いじめの加害者だけでなく被害者にも金を払っていた。どちらにも払えなくなった途端、両方から攻撃を受けることになり、運悪く左目を失ってしまう。
 「金も貰わずに痛めつけられること」も「左目を失うこと」も彼にとって許しがたい損失である。だが彼は目を失った際に死にかけの刑事から銃を受け取とった。その銃と残りわずかな金を武器にクラスメイト全員を殺す算段をつけ始める。

 これは「損得」に囚われた青年が、行動に至るまでの動機をやたら説明する物語だ。本来その過程はレポートのように論理的でなくてはならないが、うまく説明できない「損得抜き」の行動をとってしまう人間らしさを描いてもいる。
 その「損得抜き」な行動がたまらなく私の感情を揺さぶるのだ。

 「ストーンコールド」は星海社で初めて江波作品に触れる人への名刺のようなものだろう。個人的には、馴染みの店に行き、いつもの料理を食べたような感じだ。しかし、幾つか伏線が放置されたままになっている。今作が初めてのシリーズ物なのでこの後どのように展開してゆくのか、あるいは放置したままなのか、気になるところだ。
 江波作品は読み手を選ぶ。読書に安らぎや癒しを求める人は読まない方がいいかもしれない。学校の教室で窓の外を眺めながら「消しゴムのカス飛ばしてくるヤツ撲殺してぇ」とか思っている人や、思っていた人におすすめの本だ。

2013.06.11

さくら
レビューを書いてみたいって衝動を駆り立てる作品ってすごいですね。私もとても好きな作品なのですが、ヴィリジアンさんのいうとおり主人公の狂いっぷりにオススメする相手を選んじゃいます。個人的にはR指定っ!で、ですが、たくさんの人に読んでもらいたーいっ。
さやわか
文章にスピード感があって面白いレビューです。中学生の自我という、どこか刹那的で独りよがりな美しさをもったものについて書いているせいか、このレビューもそうした鋭さがある。しかし「オーバーキルに過ぎる」という文章についての的確な解説からも分かるように、この文章の書き手はずっと冷静です。この観察眼があれば、そうした若さを持った文体についてもそれらしく(リアリティを持たせて)整えて書くことすらできると思われます。つまりこの文章の書き手はなかなか安定した文章能力を持っている。そしてその的確な文章で江波光則の魅力について文章にバシバシ叩き込んでいる。これは読み応えがあります。ということで今回は「銀」とさせていただきました。このレビューは間違ったことをやっていないので、これを「金」とするにあたっては特に何かを変える必要はないかもしれません。自分のこういうレビューにもっとぐいぐいと引き込まれてくれるように地味な努力を続けるだけでいいように思います。もちろん読者がいることを常に意識しなくてはいけないのですが、ここまでの冷静さがあればそんな独りよがりなものを書いてしまうような失敗は犯さないように思いました。

本文はここまでです。