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読者レビュー

銅

星海社朗読館「山月記」

虎の声に耳を傾けること

レビュアー:USB農民 Adept

 私は「山月記」という作品が好きです。
 特に、かつて人間だった虎が古い友人と話す、という場面が好きです。
 虎だから人を喰うこともあるけど、元々は人だから友人と語らい、昔を懐かしむこともできる。私はたぶん、その相容れない二面性に何かしら惹かれるものを感じたのだと思います。
 だからこの作品が朗読されると聞いて楽しみ思ったのも、上記の場面がどんな風に語られるのだろうか、虎の声はどんな風に聴こえるのだろうか、という部分でした。

 仕事の帰りに駅の書店で購入し、帰宅してからまず装丁の美しさを堪能しました。
 暗闇の広がる森の中での話に関わらず、ブックレットに描かれる挿絵は月明かりに照らされて、柔らかで深い光に包まれています。その色遣いがとても儚げで綺麗なのです。そしてその光源である月の黄色は、虎となった李徴の纏う黄色と同じであることも、物語の構造の深さを強調しています。
 そんな感じに、本の作りを一通り楽しんでから、いよいよ朗読を聴いてみました。

 さて。ここまでの流れに反して、最初に朗読を聴いた時の印象は、あまり良いものではありませんでした。「うーん」と難しい顔をして「こんなもんかあ」と呟く程のテンションの低さでした。

 理由は、虎の声でした。
 当然と言えば当然ですが、女性の声で喋る虎は、小説で得たイメージと違っていたのです。まあ、朗読だから仕方ないのかな、とその時は思いました。
 けれどその後、少し日を置いて二度、三度と聴いたところ、この朗読作品に対する印象は大きく変化しました。
 変化の理由も、また、虎の声でした。

 虎の声は、よくよく聴いてみれば、私が好きだった原作と同じ魅力を持っていました。それはまさに、人と虎との二面性ゆえに揺れる感情の動きでした。坂本真綾さんが演じる虎の声は、その感情を深く静かに表現していました。
 そのことに気づいてからは、すぐに作品世界に没入できました。

「山月記」を聴いて少し分かったことは、朗読は、声によって表現される感情の波が、作品世界に没入するための道標なのだということです。
 李徴と袁え朕の関係性と、二人の感情に耳をすませてみれば、少しずつ、森の中の二人の息遣いが聞こえて来るのです。

 深い深い森のなかに立つ袁え朕の姿。
 姿を隠し、森に身を潜める李徴の気配。
 そして、空には月が浮かんでいます。
 ぼんやりと儚く、けれども綺麗な月が。

2011.09.08

のぞみ
朗読、本についてそれぞれ詳しく自分の気持ちが書かれていて、良いなぁと、思います!
さやわか
そうですな! しかも、とても丁寧に書かれているのがよいです。そうあることで、作品の持つ静謐かつしっかりとした空気感をも伝えるものになっていると思います。レビューを読んだ印象が作品そのものに近づくことはとても良いことだと思います。「よくよく聴いてみれば、私が好きだった原作と同じ魅力を持っていました」という部分は、文章全体の転換点なので重要なのですが、できればここで、同じ魅力とは何だったのか、なぜ後になってそれに気づくことができたのかなどが語られればより魅力的なレビューになるのではないかと思いました。ということで「銅」といたします!

本文はここまでです。