テーマ この「資料」にはお世話になりました
過去のレギュラーセレクター 平林緑萌
2011.09.02
どんなものでも資料になるのが出版という仕事だと思っています。ともあれ、自分で資料を買いにいくとなると勢い殆どは書店に向かうことになり、新刊書におあつらえ向きのものがない場合、古書店に行くことになるわけです。現在は「日本の古本屋」なんかで全国の古書店の在庫を横断検索できてしまう訳で、便利というか、お金がいくらあっても足りないというか。いや、有り難いんですけどね。
大阪城の七将星福本日南
本書は明治のジャーナリスト・福本日南の遺作。刊行当時ベストセラーになった。現在、仁木英之さんとともに取り組んでいる大阪夏の陣をテーマにした小説(来年初夏刊行予定!)の資料として購入したが、現在は見ることのできない(のちに戦災等で行方が知れなくなった)文献を読み込んだ日南翁渾身の一冊である。七将星とはすなわち、真田幸村・毛利勝永・長曾我部盛親・明石全登・後藤又兵衛・木村重成・大野治房である。僕のご先祖・小倉作左衛門行春もちょっとだけ登場して、そういう意味でも胸熱である。一度復刊されたが、現在はまた絶版状態になっている。
墨子間詁孫詒譲
孫詒譲(そん・いじょう)は清末の大学者であり、清末三大先生の一人である(ほかの二人は兪_・黄以周)。『墨子』の注釈書である『墨子間詁』は西太后が政権を握る同治12(1873)年より書き始められた。2000年近くにわたり捨て置かれた『墨子』の思想が、未曾有の国難から清朝を救うとの信念に基づいてのことであった。結果として清朝は倒れたが、この時代以降『墨子』は息を吹き返す。また、孫詒譲の学問は考証学の流れを汲む実証的なもので、彼の著作は今でも非常に有用である。学部・院生時代を通じて『墨子』を専門にした僕が最もお世話になった注釈書が本書であった。
新字源角川書店
角川書店が誇る、日本最高水準の漢和中辞典。現在でも年に数回は版を重ねる隠れたロングセラーである。高校時代から現在に至るまでお世話になり続けており、星海社朗読館『山月記』の編集過程でも活躍していただいた。なお、本書の編者筆頭に名を連ねる小川環樹氏の兄弟は大物揃いである。小川家は5人兄弟で、長男の小川芳樹は冶金学者、次男は東洋学の泰斗として知られる貝塚茂樹、三男が日本初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹で、四男が小川環樹である。この4人は皆旧帝大教授になっている。五男の滋樹は第二次大戦で惜しくも戦病死してしまったが、彼も生きて帰ってきたら著名な学者になったのではないだろうか。「馬氏の五常」ならぬ「小川氏の五樹」になっていただろうに。
故舊忘れ得べき高見順
最後の文士・高見順は現在はさほど人気のない作家であり、文庫等で気軽にその小説を手に入れることは難しくなっている。古本市でたまたま購入した本書は復刻版で、刊行当時の装丁が再現されていて趣深い。のち『四畳半神話体系公式読本』という面妖な本を作ることになり、森見登美彦さんと共に和装して京都の街を練り歩く撮影を行った(森見さんごめんなさい)。グラビアで森見氏が手にしているのが本書である。資料というか撮影小道具ではあるが、非常にお世話になった。森見さんも撮影の合間にぱらぱらめくりつつ太鼓判を押した偏屈な文体、小説としてもおすすめである
インカの反乱――被征服者の声ティトゥ・クシ・ユパンギ
粕谷知世さんに『クロニカ』というインカを舞台にした小説がある。名作の誉れ高いが、知識ゼロで突撃してもいいが、やはり事前に下勉強したほうがいいだろう。そう思って読んだインカ関係書の中で最も面白かったのが本書である。著者のティトゥ・クシはインカ皇帝。スペイン本国への書状として編まれた一編である。自らの正当性を主張するために系譜的な資料も含んでおり、その後に読んだ『クロニカ』は本当に楽しむことができた。なお、征服される側の切々たる声が込められたこの一書はスペイン人の心には届かず、ティトゥ・クシの死の翌年、最後の皇帝トゥパク・アマルが処刑されインカ帝国は滅びた。
平林緑萌
星海社エディター。1982年奈良県生まれ。
立命館大学大学院文学研究科博士前期課程修了。書店勤務・版元営業を経て編集者に。2010年、星海社に合流。歴史と古典に学ぶ保守派。趣味は釣りと料理。忙しいと釣りに行けないので、深夜に寂しく包丁を研いでいる。
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