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テーマ この「資料」にはお世話になりました

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「実は資料って使わないんですよね」ってことをインタビューでわざわざ話すタイプの作家が大好物で、20代のころは真似してそんなことばかり云っていましたが、もちろん佐藤は資料の参照をおこたりません。ただここで、『ヒグマ学入門』とか『クマにあったらどうするか』とか『熊を殺すと雨が降る』とかを紹介しても反応が薄いでしょうから(笑)、まっすぐに、そして露骨に使用した資料を紹介します。

幻想文学56号幻想文学企画室

『フリッカー式』の骨格を形成するほとんどすべてが、この1冊に宿っています。『幻想文学』という、軽く本をかじった程度の者では到底たどり着けなかったであろう本誌を、読書歴の浅い当時の佐藤が知ったのは、この前号が「京極夏彦特集」だったからです。講談社ノベルスを知るきっかけになっただけではなく、デビュー作を書くにあたり最もお世話になった資料を見つけるきっかけまでくださった京極さんは、とてつもない恩人ではなかろうか。

兆(『ゆがんだ闇』収録)小林泰三

『エナメルを塗った魂の比重』を書く際、かなりお世話になった資料です。女の子をいじめるシーンをたくさん書く必要があったのですが、普通にやったのでは退屈だし、かといって手のこんだいじめも白けるので、いい距離感のいじめはないかとさがしていたときに出会いました。小林さん独特の、粘っこくも清々しい文章によって展開するいじめは極めて陰惨で、読む者に強烈な嫌悪感をあたえ、なのに胃にもたれず、最後はなぜかドキドキしてしまうのです。

幽霊たちポール・オースター

『クリスマス・テロル』の元ネタは「ニューヨーク3部作」ですが、特にプロット面で活用したのが本書でした。静かな物語と思われがちですが、ストーリーは結構動いていて(恋人と別れたり、監視対象者と直接対決したり)、それなのに読後感はやはり静かなのです。無音なのです。「何をやっても何もやっていない。どこまで動いても1歩も進んでいない」というこの感覚が、『クリスマス・テロル』なる爆弾を作ろうとしている佐藤の心象に、うまく馴染みました。われは知る、テロリストのかなしき心を。

日本文学盛衰史高橋源一郎

『1000の小説とバックベアード』の元ネタ……というよりパクリ先。三島賞受賞記念の対談で、このことを高橋源一郎さんに打ち明けましたら、「こういうのはパクリとは云いませんよ」と云ってくださいましたが、流用したのは事実です。例えば密室殺人の小説を読んで「これは◯◯に出てきたトリックだ! パクリだ!」なんて騒ぐ人がいますが、トリックより前に、「密室殺人」という概念をパクったことを糾弾してほしいですね。我々は誰かのネタを使って書く自由があり、皆さんはそれを読んで感動する自由があります。

羆嵐作・戸川幸夫 画・矢口高雄

『デンデラ』の最重要資料は、吉村版『羆嵐』でも、『三毛別事件』でも、『楢山節考』でも、『蕨野行』でも、『銀牙 流れ星銀』でも、『ワールド・イズ・マイン』でも、『バトル・ロワイアル』でもなく、「野生伝説シリーズ」の『羆嵐』だと断言します。動物文学の巨匠、戸川幸夫さんと、『釣りキチ三平』の矢口高雄さんがタッグを組んだ結果、本作において初めて「動物側の視点」が生まれました。ありがちと思うなかれ、「動物側の視点」が作られたことで、人と熊が殺し合う「だけ」の物語が、ようやく成立したのですから。

佐藤友哉さん

1980年生まれ。作家。『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞を受賞し、「戦慄の19歳」としてデビュー。2005年、『1000の小説とバックベアード』で第20回三島由紀夫賞を受賞。本年『デンデラ』が映画化され、6月より公開される。愛称は「ユヤタン」。

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