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テーマ 心に「名言」を刻んだ作品

ゲストセレクター 2011年07月

心に刻まれた名言というものは、本来は口外せずに、そっと胸にしまっておくのが最も美しいのです。それを紹介というかたちで人に伝えた瞬間、大事なものが壊れてしまうでしょう。それを書けというのだから星海社さんは酷です。その残酷な依頼を僕が何故引き受けたのかというと、それはセックス・ピストルズ再結成時のジョン・ライドン氏の台詞です。つまり、僕はお金が欲しいのです。つまり、これは新刊『ドッペルゲンガーの恋人』の宣伝なのです。僕の夢はマネーが持つ不思議な魔力で可愛い恋人を作って幸福な結婚生活を送ることです。それでは、僕の人生に刻まれたとっておきの名言と、それに関連するアイテムをご紹介します。僕の幸福のために。

昆虫 (新ポケット版 学研の図鑑) 学研教育出版

学生時代の友人で、酒に酔うといつも将来の夢を語る人物がいました。彼は出版社を作りたいのだそうです。世界中の様々な昆虫を網羅した、誠実な図鑑を延々と出版し続ける、それだけの出版社だそうです。そして本当に昆虫が好きな人に買ってもらいたいとのこと。なんだかロマンチックな話で、彼はいつもそればかり言うので、ある時僕は、彼に昆虫のどういったところがそこまで好きなのかと訊ねました。すると彼は微笑しながらこう答えたのです。「虫なんか別に好きじゃない。むしろ嫌い」人間とは奥深いものだと知りました。

赤まむしドリンク日興薬品工業

学生時代、窓に小石が投げつけられたり、郵便受けに砂利が入っていることがありました。これはどういういたずらだろうと、出版社を作るのが夢で恋人とディズニーランドに行くための資金を冷蔵庫に貯めている友人と二人、じっと待ち伏せていたら、下の階の住人の仕業だと判明したのです。しかし喋ったこともない相手で、悪意に全く心当たりがありません。その彼が投げつけた赤まむしドリンクの空瓶に、こう書かれた紙片が入っていたのです。「雫はかわいい女だが手を出すな。僕のように人形にされてしまうぞ!」そんな人物は知りません。

NIKE SWEET CLASSIC SL 09 SINIKE

僕の通っていた中学校は田んぼのなかにあって、下校時にはそのあぜ道を通るのが近道です。剣道部に入っていた僕は同じ部員のA君と、竹刀を担いで夕暮れのなかを歩いていました。彼はやがて昆虫の図鑑を作りたいと言い出すのですがその時はそんな浮世ばなれした夢はなく、ただいつも穏やかで、にこにこと微笑み、けして批判めいたことは口にしません。その彼がふと寂しそうな声で言いました。「S君(僕の本名)は人のこと、簡単にバカ、バカって言うよね」はっとしてうつむいた僕の足が履いていたのが、ナイキの白いスニーカーでした。

トレインスポッティングダニー・ボイル

昔仲の良かった、昆虫が嫌いで、美しい女子高生の恋人がいた、今はもう僕と連絡がつかないAという男がこの映画に夢中になっていて、特に主人公のある台詞が素晴らしいと言うのです。その時はピンと来ませんでした。その数ヶ月後、僕が女性にふられ、PHSの電源を切り、電話線を引っこ抜いて寝込んでいると、Aがやって来てドアを叩くのです。「S君(僕の本名)! 飲もうぜ!」無理矢理部屋に押し入り、勝手に酒肴を作り始めました。その時僕は、彼が素晴らしいと絶賛していた台詞を思い出したのです。「友達だからしょうがない」

唐辺 葉介さん

小説家、シナリオライター。 主な作品に『PSYCHE』、『犬憑きさん』などがある。待望の復活作『ドッペルゲンガーの恋人』が7月より最前線にて連載予定。


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