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テーマ 人生に影響を与えた作品

ゲストセレクター 2011年07月

それでは引き続き新刊の宣伝のために、場違いにも拘わらず乗り込んできた唐辺葉介です。小学校の卒業文集に書いた将来の夢は『楽して儲かる仕事につく』でした。なのに、いつしか僕はその少年時代の目標を忘れ、利益に結びつかない非生産的な行動や、妙な思想に基づく観念的な行動をとってしまっていたのです。しかし、やはり人間というものは、夢を追う生き物なのです。人に馬鹿にされても、実現の見込みが薄くとも、やりぬくことが大事なのです。ということで、僕も少年時代の僕のため、楽して金を手に入れられるよう全力で宣伝を頑張ります。――というようなことを真顔で言う人間の『人生に影響を与えた作品』ってちょっと興味ないですか?

市民ケーンオーソン・ウェルズ(監督・主演・脚本・制作)

言わずと知れたオーソン・ウェルズの大傑作です。新聞王ケーンが、その大邸宅でひっそり息を引き取ります。その死は彼の経済的、社会的成功にも拘わらず、一人の家族もいないなか執事だけに看取られるという孤独なものでした。彼が最後に残した「バラのつぼみ」という言葉は、彼の少年時代の楽しい思い出と密接に繋がったものだとラストシーンで明かされます。成功と引き替えに失われたものの重さ、人生にとって重要なものは何かを考えさせられる作品で、大いに影響を受けました。けれど、僕の夢は楽をして儲けるってことなんですが。

幸福な王子―ワイルド童話全集オスカー・ワイルド

表題作は、金箔と宝石で美しく飾り立てられた王子の像が、ツバメに頼んで貧しい人々に自分の身を飾るものを分け与えてゆく物語です。冬になると、全てを分け与えてみすぼらしい姿となった王子は溶鉱炉で溶かされ、南へ移動せずに王子の手伝いを続けたツバメは寒さに凍え死んでしまいます。天使はこの王子の心臓とツバメの死体を最も尊いものとして神の元へ持ち帰り、すると神はそれを褒めます。博愛と現実の苛酷さについて書かれた優しい作品で、僕も大いに影響を受けました。けれど、僕の夢は楽をして儲けるってことなんですが。

狂人日記 他二篇ニコライ・ゴーゴリ

僕の好きなゴーゴリは、貧しくて、極端で、グロテスクで、可笑しくて、そしてちょっと哀しい人々を饒舌に描き出す時のゴーゴリです。この短編集に収録された作品にもそんな人物ばかり登場し、『ネフスキイ大通り』の娼婦に失恋して自殺してしまう青年画家や、表題作『狂人日記』の主人公などがお気に入りです。こうした人物の描き方はドストエフスキーなどに受け継がれ、それらの著作は僕の思春期、青年期を通しての支えとなりました。感動は毎日を生き抜く上で最も重要な、素晴らしいものです。ちなみに僕の夢は楽をして儲けることです。

アンパンマンのマーチドリーミング

明るくわかりやすいメロディに、こんな切ない歌詞をのせるんですから影響を受けないわけがありません。このミスマッチは、単なる可笑しげなジョークではないですよ。それを理解してくれるような人としか友情を築きたくないな。あっ、だから僕には友人というものがいないのか。まあとにかく、この詞ではアンパンマンはみんなの夢を守るために孤独に戦ってくれるようです。僕の夢は楽をして儲けるってことなのですけれど、これも守ってくれるのかしら?

デイ・ドリーム・ビリーバー~Day Dream Believer~THE TIMERS

オリジナルよりも、忌野清志郎がカバーしたこの詞の方が心にしっくり来ます。ここをこういった形に使うのは間違ったことなのかもしれませんが、この曲が、今回の僕の『最前線セレクションズ』のエンディングテーマです。最近の僕の生活のテーマ曲でもあります。宣伝のために呼ばれたゲストとはいえ、全体的に企画の趣旨をはき違えた参加の仕方で申し訳ありませんでした。作者がこういった人間ですが、めげずに小説を読んでいただけたなら幸いです。それではまた会う日まで。唐辺葉介でした。

唐辺 葉介さん

小説家、シナリオライター。 主な作品に『PSYCHE』、『犬憑きさん』などがある。待望の復活作『ドッペルゲンガーの恋人』が7月より最前線にて連載予定。


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