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テーマ ベストオブ「ゼロ年代」

過去のレギュラーセレクター

僕はゼロ年代最初の年に大学に入学した。大雑把に言えば、ゼロ年代=青春時代ということになるのだろうか。そんなわけで、まだ30歳にもならない僕がゼロ年代を振り返るとしてもなかなか客観的になれないものがあるが、青臭い時代にゼロ年代を過ごしたものとして、その時の自分に影響を与えたものを挙げてみようと思う。

イリヤの空、UFOの夏秋山瑞人

後にセカイ系と言われることになるが、至高のボーイ・ミーツ・ガールである。古典的なヴィルドゥングスロマンでありながらも、確実にエヴァ以降であり、その圧倒的筆力に読者は抗えない……などというのは後から考えたり誰かが言ったことで、当時はただ夢中で貪り読んでいた。それでもその独特の文章の息遣いは非常に気になった。一体何なのだろうかと思って調べたところ、自由間接話法なる特殊な技術であることが分かった。それから今に至るまで、秋山氏ほどの自由間接話法の遣い手には出会っていない。『EGF』マダー?

クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識西尾維新

僕は2000年に立命館大学に入学し、衣笠キャンパスで大学生活を送った。週に3回は存心館地下食堂で食事を摂る生活である。時には豚キムチ丼を食べることもある。そんな僕が食堂の横にある存心館ブック&サービスで本書を手に取ったのだ、魂を持って行かれない方がどうかしている。読み終えて打ち震え、「この本は僕のために書かれた小説だ」と思った。のちに森見登美彦氏の『太陽の塔』に同様の感情を抱いた時に気が付いたのだが、読者にそう思わせることが出来るのが優れた青春小説なのだろう。今は編集者としてそういう小説の誕生に立ち会いたいと思っている。

ラス・マンチャス通信平山瑞穂

酒見賢一氏や森見登美彦氏、畠中恵氏、仁木英之氏など錚々たる作家陣を輩出した日本ファンタジーノベル大賞の第16回大賞受賞作。不運な主人公の心身の流転を、幻想小説風のタッチで描いた異形の傑作である。短編連作形式で綴られる流浪の果て、一番大切なものが永遠に喪われてしまうのに何故か残る爽やかな読後感。そして圧倒的なまでのカタルシス。一気呵成に読み終えた明け方、ただただ呆然としていたのを良く覚えている。本書はゼロ年代を代表するスリップストリーム小説であるが、一方で青春小説の傑作であるとも思う。森見氏は本作を「真っ黒な宝石のように美しい」と評した。至言である。

『ファウスト』 2004 WINTER Vol.4 文芸合宿!

『ファウスト』に出逢うまで、文芸誌というものは自分の人生に関係のない、異世界の読み物であった。この雑誌によって第三の目が開いたという同世代の人は多いだろうし、色々と論じられてもいるのでここでは割愛する。兎に角文芸合宿である。こんなスリリングな企画を考えつく編集者はどうかしているに違いないし、過酷であることが100%約束された企画に応じる作家陣もまたどうかしている。しかし、どうにも熱かった。関わった全ての人がスパークした名企画。リアルタイムでこの熱を感じられたことは、今思い返しても僥倖であった。

コダマの谷 王立大学騒乱劇入江亜季

大好きな入江亜季氏の初期作品集。何故この作品を選んだかというと、帯のネームがベストオブ「ゼロ年代」だからである。「面をかすめて 吹く風寒く 笠は飛べども 捨てて急ぎぬ」という何とも趣ある詩的な文章に惹かれたのだが、調べてみるとシューベルトの歌曲「菩提樹」の歌詞であった。その後、編集を担当した『コミックビーム』(当時)の大場氏にお会いする機会に恵まれ、どうして「菩提樹」から引用したのかと尋ねてみた。大場氏はただ「合うと思ったから」という意のことしか言わなかったが、今ならこのネームがいかに神業か実感をもって理解できる。この境地は、まだ遥か遠くにある。

平林緑萌

星海社エディター。1982年奈良県生まれ。
立命館大学大学院文学研究科博士前期課程修了。書店勤務・版元営業を経て編集者に。2010年、星海社に合流。歴史と古典に学ぶ保守派。趣味は釣りと料理。忙しいと釣りに行けないので、深夜に寂しく包丁を研いでいる。

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