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テーマ ザ・岩波書店

レギュラーセレクター 曜日

どういうわけか出版社には美しい社名が多いのですが、岩波書店は別格の部類に入るのではないでしょうか。「いわなみ」と口にするだけで、涼やかな心地にさえなります。そんな岩波書店に「ザ」をつけて、急激に俗っぽくなった今回のお題ですが(笑)、思いのほか、すんなりセレクトできました。文庫から児童書に至るまで無数の本を発行する岩波書店。その澄んだ社名に誘われるようにやってきた3冊もまた濁りがなく……いや、濁りまでも甘露とさせ、読者たる我々は、たちまち飲み干してしまうのです。

私は赤ちゃん松田道雄

タイトルからも解る通り、『吾輩は猫である』のフォーマットを用いて、赤ちゃんが語り部をつとめるのですが、この赤ちゃんがずいぶん賢く、かつクールなのです。「先生は、毎日注射に通うようにといっているらしかった。ああ何だってこんな恐ろしいことになったんだろう。ほんとに、人生ってものは、わずか十五日だけれど、どこにどんな恐ろしいことがかくれているかわからないものだ」とか喋るので超キュート(笑)。名著は古びませんね。

月蝕書簡寺山修司

短歌も競馬も映画も演劇も興味のない佐藤ですが、寺山修司を流すのは難しいです。啄木に深い影響を受けているからでしょうか。のちに日本三大ミステリ『虚無への供物』を書く中井英夫の後押しで台頭したからでしょうか。縁はないけど繋がっている。そんな感覚がありました。本書は寺山の死後に刊行されたものですが、ただの未発表歌集ではありません。最強の武器である短歌を20代のうちに封印した寺山が、40代でまた新たに書き始めた遺稿なのです。自己模倣との戦闘。何と恐ろしいことをやろうとしたのでしょうか。

福音書

キリスト教信者でも聖書スキーでもありませんが、仕事の都合で読みこんでいるうちに、物語としての面白さに目覚めました。魅力的なキャラクター。象徴的なエピソード。そして中2チックな各種アイテム。世界中のクリエイターが聖書の二次創作に走るわけです。10代の佐藤は、「宗教とか下らねwwアホかw」と、とんがった日本人少年にありがちな主張を通していましたが、30歳になったのでキリスト教世界観を流用した物語を書いてもいいかも。ナザレでございま〜す。

佐藤友哉さん

1980年生まれ。作家。『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞を受賞し、「戦慄の19歳」としてデビュー。2005年、『1000の小説とバックベアード』で第20回三島由紀夫賞を受賞。本年『デンデラ』が映画化され、6月より公開される。愛称は「ユヤタン」。

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