テーマ 未だに古くならない「傑作」
過去のレギュラーセレクター 平林緑萌
2011.07.15
5週限定のピンチヒッターとして登板することになったわけだが、のっけから厳しい設問で大変に困る。どう見ても、感性が古びていないことを前提に設けられたまことにいやらしい質問であり、好意的解釈の余地は皆無である。そもそもこのコーナー自体、セレクターの趣味・感性が公衆の面前に晒されるようなキツいコーナーであり、自分がその一員であることを棚に上げて言うなら、星海社は全く以て酷い会社である。ともあれ、以下は僕が絶対の自信を持ってお薦めする「傑作」である。
後宮小説酒見賢一
日本ファンタジーノベル大賞の第1回大賞受賞作。架空の中国王朝の滅亡期を舞台に、ふとした事から後宮に入ることになった少女・銀河を主人公に据えた渾身の架空史。著者の豊かな教養をベースに、深いテーマ性を備え、圧倒的な筆力で紡ぎ出される滅亡と再生の物語は普遍性の塊のような重量感がある。それでいてキャラクター小説としても瑕疵が見当たらないのだから、不朽の名作でないわけがない。不世出の才能・酒見賢一のデビュー作にして、いつまでも輝きを失わない美しき結晶体である。
遮光器土偶
縄文時代の遺物である土偶は面白い形をしたものが多い。中でもその形に目を奪われるのが遮光器土偶と呼ばれるそれである。多産や豊穣を願う呪術に用いられたと一般に解されているが、何よりもその形に惹きつけられるというのが誰しも正直なところであろう。故に和田喜八郎氏は遮光器土偶をアラハバキの姿として稀代の偽書『東日流外三郡誌』に採り入れたし、ATLUSの名作RPGシリーズ『真・女神転生』も和田氏のアイデアを踏襲した。縄文人の意図とは違う文脈で通行してはいるものの、この形が傑作であることは言をまたない。
DUCK BOATカーネーション+政風会
音楽は多分に時代性をその身に帯びるものだと思う。このアルバムも、恐らくその宿命から逃れてはいない筈である、理論上は。しかし、おかしなことにいつ聴いても新しいのである。1986年に発表されたこのスプリット・アルバムを僕がはじめて聴いたのは2001年頃。以来10年間、全く飽きることなく聴きつづけているのはどうしたことか。思うに、この湾岸発無国籍ネオアコが描き出す世界観が古びていないからなのではなかろうか。どの時代にもどの地域にもないこの風景は、スピーカーからだけ覗くことが出来る豊かな幻想。いつ見ても美しい。
秘密の花園バーネット
言わずと知れた古典的名作であるから、大筋くらいは知っている人が多いだろう。僕ははじめ児童文学として訳されたものを手に取ったのだが、随分古めかしいものだというのが読んだ印象であった。のち十数年して、光文社から古典新訳文庫の一冊として刊行されたものを読んで驚愕した。なんという瑞々しい物語であることか。古びていると思っていたものが実は古びていなかったということを思い知り、自らの不明を恥じた一件である。先入観は感性を鈍らせる害であり、それは定見とは違うのだ。
クロノ・トリガー
ゲームの世界は時間の流れが速い。グラフィックやシステムは日進月歩で変化していくし、たった数年でハードも変わってしまう。本のようにスタンド・アローンで100年後も楽しめるわけではない。そんなゲームの世界で本作のように長く愛されるのは、「懐かしの名作」というだけでなく、そのテーマ性やキャラクター造形の深さにも理由があるのではないかと思う(あと音楽!)。なお、これを書いていて思い出したのだが、本作の発売日は僕の13歳の誕生日であった。テレビゲームに全く理解のない堅物の父親に無理を言って買ってもらったこの作品が素晴らしい作品だったことを、次に帰省したら父に話さなければ。
平林緑萌
星海社エディター。1982年奈良県生まれ。
立命館大学大学院文学研究科博士前期課程修了。書店勤務・版元営業を経て編集者に。2010年、星海社に合流。歴史と古典に学ぶ保守派。趣味は釣りと料理。忙しいと釣りに行けないので、深夜に寂しく包丁を研いでいる。
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