ここから本文です。

テーマ ベスト・オブ・新潮文庫

レギュラーセレクター 曜日

新潮文庫。本をあまり読まない層が、「本と聞いてまずイメージする本」ではないでしょうか。『人間失格』から『星の王子さま』まで揃った最強陣営。その中からベストを挙げるというのは、日本語で読める小説のベストを選ぶのと同義だと判断しています。非常に難しいお題でした。というのが嘘なのは、このあと紹介する5冊を見ればバレバレでしょうが、気持ちに嘘はありません。「佐藤友哉が思う、この国で読める小説のベスト」と判断されても構いません。

ナイン・ストーリーズJ.D.サリンジャー

「またサリンジャーのコンボか!」とツッコミを入れた方、ほぼご名答。佐藤にとっての聖書はサリンジャーだけで、外典などありません。本書におさめられた「九つの物語」は、すべてが血肉となっています。公式に認められることのない偽典を延々と書く作業を、佐藤は決してやめません。狂信者のささやかな矜持としてね。

フラニーとゾーイーJ.D.サリンジャー

サリンジャーは新潮社以外でも出版されていますので、努力次第では別訳を読むこともできます。最近では柴田元幸さんが、『ナイン・ストーリーズ』を新たに訳されました。しかし佐藤としては、野崎訳をオススメします。日本において翻訳のもたらす効果は極めて大きく、ずばり云ってしまえば、訳者が違えばそれは別の本となります。英語が苦手な佐藤は原典を読んだことがないため、サリンジャーの書いた小説=野崎孝の書いた小説となっていますので、別の方が訳したサリンジャーを読んでも反応できないのです。

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア 序章J.D.サリンジャー

本書におさめられた2編のうち、『シーモア 序章』は井上謙治さんの訳によるものです。実はまだ、『シーモア 序章』を読み終えていません。最初は訳者が違うせいだと思っていましたが、サリンジャー本人が公式に認めた小説を読み切りたくなかったのが原因だと、最近やっと気づきました。そう、『シーモア 序章』を読み終えたら、全部読んじゃったことになるのです。サリンジャーが亡くなったことを不意に思い出すたび、何ともいえない気分になります。

芽むしり仔撃ち大江健三郎

モードを変えます。現存する日本文学最大の作家、大江健三郎が執拗に浴びるバッシングを、作家ではなかったころの佐藤は、「なぜ世界的に評価され、内容もずば抜けているのに、批評家たちの評価は低いの?」と、ただただ不思議がっていました。ええと、これ書いていいのかな? 佐藤が作家になってから、とある文芸編集者に聞いたのですが、「大江健三郎を認めないことが、一種のステータスになる」らしいのです。大江さんすごいなあ。その話を聞いて以降、佐藤は褒められると負けた気分になりますよ。

デンデラ佐藤友哉

最後は自作を挙げましょう。「ベスト・オブ・新潮文庫」というお題に自分の小説を入れるのは、何とも気恥ずかしく、不敬な気持ちになりますが、自分で自分を褒めることくらいは、さらっとやれるようになりたいですね。映画版は六月公開。文庫版の解説は、あの法月綸太郎さんです。

佐藤友哉さん

1980年生まれ。作家。『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞を受賞し、「戦慄の19歳」としてデビュー。2005年、『1000の小説とバックベアード』で第20回三島由紀夫賞を受賞。本年『デンデラ』が映画化され、6月より公開される。愛称は「ユヤタン」。

フォローする

POPとして印刷


本文はここまでです。