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テーマ 生き様に惚れる歴史上の「偉人」たち

レギュラーセレクター 曜日

死屍累々の山を築く。幾千幾万の人々を助ける。悪魔の誹りを受ける。英雄として語り継がれる。畳の上で餓死する。幸福な大往生を遂げる……。行為が何であれ、評価が何であれ、末路が何であれ、すべての偉人は死んでいます。誰一人として、この世界には残っていません。それゆえ彼らは語られ、忘れられ、理解され、誤解され、今も生きているのです。彼らは至るところに姿を現します。歴史書のページの中。映画のフィルムの中。サラリーマンの心の中。経営者の野望の中。子供たちの夢の中。そしてあなたの中。

アドルフ・ヒトラー

アドルフ・ヒトラー。世界に喧嘩を売った男。世界を征服しかけた男。世界が最も恐れた男。彼が物語に与えた影響を、今さら説明する必要はないでしょう。「ちょびヒゲ」や、「特徴的な制服」や、「最終解決」といった、直接的なキーワードがいちいち書かれていなくとも、彼はいつだって、物語の作者も気づかないうちに立ち現れ、何とも云えない現実を思い出させます。アドルフ・ヒトラー。画家を目指した男。自殺の前日に結婚式を挙げた男。

妙林尼

この人物については今も良く解っていません。本名も、生没年も。判明しているのは、夫が戦死して尼になったこと。幼い孫が事実上の城主になったこと。島津軍が大軍を率いて攻めてきたこと。そのとき城の戦力はほぼゼロだったこと。降伏を断固拒否したこと。孫の代わりに自ら戦の指揮をとったこと。ベトコン並の罠を作って篭城したこと。島津軍の猛攻に16回も耐えたこと。最終的に島津軍の主要武将を殲滅したこと。これくらいです。妙林尼のその後が書かれた文献は、まだ発見されていません。

ハワード・ヒューズ

いかなる原理が働くのかは不明ですが、恵まれた人間ほど不幸のスパイラルに陥りやすく、ハワード・ヒューズはその典型であり最悪の例でしょう。「地球上の富の半分を持つ男」と称されるほどの莫大な遺産を若くして受け継ぎ、ほとんど趣味で作った映画がヒットし、数々の女優と浮名を流し、世界で最も巨大な飛行機を飛ばし、航空会社を設立するという、男の子百人の夢を詰めこんだようなハワード・ヒューズの晩年は、ここでは記しません。男の子百人の夢を醒めさせるわけにはいかないからね。

太宰治

「出たーー!」といったところでしょうか。作家といえば太宰さん。生き様に惚れる作家といえば治さん。そんなわけで太宰治という、極めてベタで捻りのない名前を挙げます。陰気。卑屈。無頼。酒呑み。モテる。心中。日本における作家のイメージを良くも悪くもお茶の間に定着させたこの作家は、いやもちろん全然憧れはしませんし、目標設定としても間違っていますが、佐藤の生涯において意識しつづける存在なのは間違いありません。って書いたら嘘なんですけど。難しいな距離感。

アンネ・フランク

最初に断るべき事実があります。地球で最も有名なこの日記を、佐藤は読んだことがありません。1ページも。1行も。1文字も。テレビや雑誌やお節介が氾濫する世に生きている以上、「親愛なるキティへ」という言葉も、著者の末路も知っていますし、だからこそここで挙げているわけですが、それでも読むつもりはありません。これからも。絶対に。あんな小説ばかり書いているのに何ですが、かわいそうな話、本当に嫌なんです。

佐藤友哉さん

1980年生まれ。作家。『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞を受賞し、「戦慄の19歳」としてデビュー。2005年、『1000の小説とバックベアード』で第20回三島由紀夫賞を受賞。本年『デンデラ』が映画化され、6月より公開される。愛称は「ユヤタン」。

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