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テーマ この「才能」には、嫉妬せずにいられない……

ゲストセレクター 2011年02月

わたしは基本的にとてもスケールの小さい人間なので四六時中誰かに嫉妬しており、古典も含めれば千人以上の作り手に嫉妬している自信がありますが、やはり特に嫉妬してしまうのは自分の活動圏に近いところで活動していらっしゃる作家さん、いわゆるラノベの商売敵の方々です。

世界は密室でできている。舞城王太郎

作家さんに限って「頭がおかしい」と言われるのは褒め言葉だと思うのですが、「嫉妬するほど頭がおかしい作品をあげろ」といわれたらこれをあげます。次々と発生する密室殺人事件の謎に学生名探偵が挑戦していくのですが、起こる事件がどれもこれもなんか様子がおかしい。ぶつぶつの中身を一気飲みしたところで「おや?」と思って、四つの密室でたくさんの死体を使って四コマ漫画を描きはじめた辺りで「もしかして?」と思って、最後あたりのドイツネタで「この人……頭がおかしい!」と気づきました。いえ、面識のない作家さんにこんなことを書くのもあれですが、しかしなんていうか、その、すごく……頭がおかしいです。

さよならピアノソナタ杉井光

音楽を扱った小説はいつか書いてみたいなあ……と漠然と思っていて、ちらほらと資料集めもしていて、その過程でこの本を読んで、書くのを諦めました。書いていたらこれと比べられてバカにされていたことでしょう、危ないところだった。これほど美しく音楽を文章表現に置き換えている作品を他に知らないです。下地になっている音楽的な知識も莫大なもので他の追随を許さない感じ。これさえなければわたしもつたない知識で誇らしげに軽音小説を書けたのに、と思うと歯ぎしりするほど悔しいです、ぎりぎりぎり。

AURA 〜魔竜院光牙最後の闘い〜田中ロミオ

田中ロミオ先生の作品は一般的に「魔球」扱いをされていて、どちらかというと奇想で読者を幻惑する書き手のように捉えられがちで、その流れで今作も「中二病をモチーフにした変化球」と認知されているように思うのですが、読んでみるとこの作品は直球ど真ん中の青春小説だと気づくのです。モチーフがいわゆる「邪気眼」なので騙されるのですが、ものすごく真っ当で真摯な作劇が施されていて、「奇想」と「王道」が高いレベルで共存している……。書いているだけで悔しくなってきたのでこのへんでやめよう。

邪神大沼シリーズ川岸殴魚

ガガガ文庫のなかでも特にわたしが警戒しているのはこのシリーズ。個々のギャグの切れ味はラノベ界に名だたるラブコメ作家たちが軒並み警戒するレベル。しかも5、6人登場するヒロインが全員、主人公のことを心底なんとも思っていない。無条件ハーレムが当たり前のラノベでこの設定はあり得ない。「なんとも思ってないフリか?」と思って読んでいっても、どうやら本気でなんとも思っていないらしく、ある日突然主人公が女体化してロングヘアーをなびかせて帰宅しても、同居している妹キャラは「あれー、髪切ったー?」と問いかけてくる無関心ぶり。ネタは面白い、面白いんだけどなんだろうこの寒々した感じ。ネタの切れ味のためだけにラノベの定石を踏みにじるさまがとってもパンクでかっこいいと思います。いつまでも知名度の低いままでいてくれるとうれしい。

北回帰線ヘンリー・ミラー

ラノベ界隈の方ばかりだとあれなので、「レトリック(修辞法)」に関して嫉妬……というか嫉妬するのもおこがましいので「あのくらいのレトリックが書けたら死んでもいいなあ」と思っている作品を紹介。たぶん終生、わたしはレトリックに関してこの小説を目標にするのだろうと思います。中身は貧乏な文学青年が気まぐれ女に振り回されているだけでストーリーも無いに等しいのですが、そのレトリックがいちいちすさまじい。脱線と横転と転覆を繰り返しながら、暴風のごとき文章表現が分厚い本のなかを吹き荒れています。文章表現そのものを楽しみたい方におすすめ。

犬村小六さん

71年生まれ。作家。2008年に発表した『とある飛空士への追憶』で、高い評価と圧倒的な支持を得る。他の作品に『レヴィアタンの恋人』『とある飛空士への恋歌』などがある。書き下ろし新作『サクラコ・アトミカ』は今春星海社FICTIONSより刊行予定。アニメ版『とある飛空士への追憶』は今秋より全国公開予定。

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