嵐の前日は、暴風雨。
2012.04.17
12月20日の僕は、薄目の鼠色のエプロンという服を着て、一日ウエイターとして給仕をしていた。
13日のニコニコ生放送「公開企画会議(仮)」にて上京を決めた1週間後、上京して2日目のことだ。
上京した小柳粒男を応援するため、カンパを募ろうという企画だった。渡辺浩弐さんが、「公開企画会議(仮)」をおこなっているカフェを開いてくださり、そこでウエイターとして僕は働き、当日のコーヒー代をすべてカンパとして頂ける、ということだった。
有難い。
そういう感情は当然あったが、開店準備を済ませ、エプロンをまとい、開店を待っていた20日の僕が抱いていた感情は、そこまで実直ではなかった。
憔悴のようで、焦りのようで、興奮に近い何かはあったけど緊張は少なく、とにかくやるしかない、と思っていた。前日に指導してもらった給仕の作法を頭の中で反復しながら、同じような言葉を思い浮かべていた。
ただひたすらにやるしかない。そんな言葉を唱えていた。
仮に失敗したとしても殺されるわけではない。20日の僕に声をかけてやれるなら、そんな言葉をかけてやりたくなる。
たぶん20日の僕は、失敗したら普通に死ぬな、と思っていた。誰に殺される、ということではない。とにかくここで失敗したらもう絶対に何もかもおしまいだ、と思っていた。
カフェ開店の前日19日。
本当の意味で、完璧なまでに何も出来ないということを心身ともに徹底的に実感させられた、上京初日だった。
そんな19日を経験した20日の僕は、ただひたすらにやるしかない、と唱えながら、開店するまでの時間を待っていた。
20日の開店に先んじて、19日に上京した。
カフェの開店準備、渡辺さんのコーヒーの仕込みや買出しなどがあり、20日にウエイターをすることになっていた僕も、それの手伝いをするための前日入りだった。
ウエイターとしてまともな接客をすることが難しいことは分かっていた。だからこそ精一杯やろうと思っていた。できうる限りの真摯な態度でやろうと考えていた。
そんなレベルに至るまでもなかった。
僕はあまりに無能だった。圧倒的かつ絶対的なまでに、何もかも出来なかった。頭が真っ白になっていた時間もあったが、頭が真っ白になることすら許されない時間が大半だった。
緊張している余裕すらなかったと思う。あまりに何もかもができず、緊張することすら忘れて、どこまで自分自身が無力なのかひたすらに痛感されっぱなしだった。
渡辺さんの心の広大さに、頭があがらない。
とにかく出来ることをやろう。それだけを考えていた。
僕のような生き方をしていた人に共通して「何も出来ない」と卑下することはよくあると思う。ただ、実際問題どういうレベルで何も出来ないのか、を知る機会はそうそう訪れない。
ただ単に何も出来ないと思っているだけなのか、本当の本当に何も出来ないことを心身の深深まで実感として知っているのか。
僕もずっと、自分は何も出来ない人、と思っていた。
でもあそこまで何も出来ないなんて知らなかった。あそこまで何も出来ないことがあそこまで人を怒らせてしまうことになるなんて知らなかった。あそこまで何も出来ないことがあそこまで涙すら流れず逃げ出すことすらできなくなるなんて、知らなかった。
僕はつらいことや悲しいことがあると、よく涙を溢すことがある。
涙すら流れなかった。涙を流す余裕すらなかった。
20日のカフェ営業が終わったあと、よく逃げ出さなかったね、といわれた。
逃げ出すための勇気すら使い切っていた。
何も出来ない、と自分で自分を判断することは気が楽だった。
何も出来ないということを他者を通して実感させられることは、とてもじゃない重みが心身にすりこまれてきた。
何も出来ないってことが、こんなにも痛みを伴うことだと、僕は忘れていた。
もう二度と、死ぬまで、忘れないだろう。
でもだからこそ、19日がこんなにも痛かったからこそ、僕は今日までの毎日を、今日以降の明日を、当たり前のようにニヤニヤしながら生活していけるのだ。
この日以上に自分自身のことを理解させられた日はないのだから。
ただひたすらにやるしかなかった。考えることが出来なくなり、手と足と心がぶるぶるびくびくなってしまうことを抱えながら、ただひたすらにやるしかなかった。
何もできないことは、分かっていた。かといって、なにもしないわけにはいかないのだ。
これから東京で生きていくために。これから東京で小説を書いていくために。最初の一歩目を踏み出すために、とにかくやるしかなかった。
やるべきことは常に示されていた。
とにかくそれを頭に叩き込んだ。なにかあればすぐにパニックになって一瞬で忘却してしまう鳥頭だったけど、とにかく叩き込んだ。とにかくやるしかなかった。
20日の午後が過ぎ、カフェは開店した。
小柳粒男の作品
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