嘘をついても怒られない日に、本気の決意をする勇気
2012.04.12
12月13日のニコニコ生放送「公開企画会議(仮)」にいたるまでの小柳粒男は、どん底に寝そべっていた。
どうすればこの状況から打開できるのか。それは誰の目にも見えていた。
僕にはそれしかなかったのだ。
小説を書く。それしかなかった。
それしか、この状況から動き出せないことは、僕にも分かっていた。
分かっていても、僕の指は機能しなかった。うまく動いてくれなかった。
こんなお話ではだめだ、こんな展開はありきたりすぎる、こんなことをいまさら語ることに意味なんてありはしない。
数多の言い訳が、僕の指を動かすことを、阻害していた。
絶望なんて言葉を使うべきではないと思うけど、客観的にみればみるほど、当時の僕の状況はじつに絶望色に満ち満ちていた。
単純に当時の僕を象徴する言葉を取り上げてみる。
長編小説が二年以上出ていない。大学中退。数ヶ月以上家族以外と会話なし。頭皮がやばい。外出は深夜が基本。母親が部屋まで晩飯を持ってきたこともある。ツタヤのレンタル履歴は18歳以上進入禁止の棚がほとんど。
このブログは読者をガチで引かせることを目的としていないので、これ以上の晒し行為はやめることにするが、12月13日を契機に、北海道から上京するまでの僕は、そういう生活を二年近く続けていた。
佐藤友哉先生からは、なにかしらのことがあるたびに電話をもらっていた。
細部を語ることはしないけど、佐藤さんからいつも言われていたことの根幹は、ただ一つのことだった。
「上京しないの?」「あのとき、上京していればよかったのに」
僕の返答はそのたびに、「お金ないですから」とか「していればよかったですね」だった。
そんな僕が上京した。
希望を抱いて上京したわけではない。
どん底で寝そべっていることにすら、いい加減に飽きてしまっただけなのだ。
精神的にどこまで落ちていけばいいのか定かではないが、当時の僕は別の環境に身をおくことを望んでいた。親の庇護にある生活とは、ラーメンを食べたいときにカレーを食べる環境だったから。
だから僕は上京した。
とても人にほめられるような理由ではない。人に認められるような理由ではない。
最低レベルの上京理由だけど、これだけは確かだと思う。
変わることを望んでいる。これだけは確かだ。
人生がそれほど面白くはない、時々生きていることに飽きてしまうくらい、生きていることが面白くない。
そんなことを思うことがある。
面白くない世の中だとしても。
面白くしようとしている人たちが、いる。
僕もそこにいきたい。そこでいきていきたい。
小柳粒男はつまらないのか。この世がつまらなくなってしまったのか。
ここまでの記事を読む限りでは前者の可能性が、いくぶん強いかもしれない。
そうだとしても、つまらないままなのに、面白いということはしない。
僕がつまらない人間だ。
つまらないからこそ、面白くしたい。面白くしてみせる。
僕は小説家だから。
僕がつまらないことと、小説がつまらないことは、イコールなのだろうか。
そんなことはないと、みせていく。
今の僕と、これからの小説となら、それが出来ると思う。
どん底で寝そべっていた小柳粒男は、12月13日に、立ち上がった。
1週間後、上京した。
上京して3ヶ月が経った。
立ち上がりはしたが、動きだしているとはいえない。
今日は4月1日。だから、あえていおうか。
今日から走ります。
小柳粒男の作品
(このリンクよりご購入頂いたアフィリエイト収入は作家活動への応援として、小柳粒男へお送り致します)
本文はここまでです。