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テーマ ベストオブ「ゼロ年代」

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日本では長い間「戦後」という時代の区切りが機能していましたが、いとも容易く、戦争中が常態になりました。いろいろなものがあっという間に輝きを失いました。古色蒼然とした役にも立たない「きれい言」に変わりました。実際に訪れた未来世紀は、夢でも悪夢でもなく見事に現実でした。暴力が日常にずいぶんと馴染んでしまっても、僕たちは笑ったり、泣いたり、怒ったりしています。新しい楽しいことだってたくさん見つけました。美しいものや、正しいものを真剣に求め続けています。現実を生きています。そして次の「十年代」は大震災で始まりました。

暴力に逆らって書く―大江健三郎往復書簡大江健三郎

この書名の一行が「ゼロ年代」に生まれた全ての作品の共通の宿命です。それは好むと好まざるとに関わらず押された時代の刻印です。私たちは殺される側であり殺す側です。不条理な暴力に満ちたこの世界で、私たちは憎しみと恐れを以って人を殺す。誰もがあまりにも露わになったこの現実と向かい合うことを迫られました。「所詮エンタメです。ただの娯楽ですから」といった言い訳は通用しませんでした。この一行に耐え得ることが出来ない作品は魔法が解けるように、ぞっとするほど急速に色褪せました。それが「ゼロ年代」でした。

ワイド版 風の谷のナウシカ7巻セット「トルメキア戦役バージョン」宮崎駿

敢えて「ゼロ年代」の作品としました。この作品は現役で生き続けています。「完成度」が高い作品では決してないと感じます。物語は止め処なく捩れ続け、あちらこちらで途切れ、とうとうふるさとに還ることなくポツリと息絶えます。しかし、作品の息の長さ、生命の強さを決めるのは、鮮やかな手管ではありません。七転八倒して搾り出し滴らせた血の跡だけが消えずに残ります。作者の誠実な苦悩は読者の心と響きあい、大震災後の「十年代」の私たちにさらにあたたかく届き続けています。これからの十年でも重要な作品となるでしょう。

ロード・オブ・ザ・リング スペシャル・エクステンデッド・エディションP. ジャクソン

物語とは「圧倒的な危機に対して人はどうするか」を描くものです。この長大な物語も世界の圧倒的な危機に「小さき者」がどう立ち向かうかが描かれます。見事な映画です。3作品とも映画という物語形式のポテンシャルを絞りつくします。クライマックスでの深刻な倫理的葛藤の危機の設計と、それに対する回答が素晴らしい。サムに泣きます。ボロ泣きです。「私はあなたの重荷を代わって背負うことは出来ないけれど、あなたを背負うことは出来ます! 一緒に行きましょう!」是非とも、このエクステンデッド・エディションでどうぞ!!

Kind of Blueマイルス・デイヴィス

ジャズはほとんど聴いたことがなくこの歳まできました。少しずつ聴き方を覚え始めています。もはや古典といっていい作品ですが、自分にとっては紛れもなく「ゼロ年代」の収穫なのです。ネットの急速な発達は、これまでの「大衆」が一斉に共通の作品を感じるという大量生産・大量消費のビジネスモデルを終焉させませした。これからは、ひとりひとりが出会うべき時に作品と出会うことが、流行を追うことよりもはっきりと重要になっていきます。

愛人 [AI-REN] 特別愛蔵版田中ユタカ

自作です。およそ10年前に描き始められた自分の作品が、現在も生き続けていることをこの上なくうれしく思います。心から、感謝します。そして、読者も自分も次の「十年代」を生き続けます。一緒に生きましょう。どうぞ、お元気で!

田中ユタカさん

66年生まれ。マンガ家。主な作品に『愛人[AI-REN]』、『ミミア姫』、『愛しのかな』、『もと子先生の恋人』。『初夜』などの純愛系作品、多数。“恋愛漫画の哲人”、“永遠の初体験作家”、“愛の作家”と呼ばれる。携帯コミックでも新作を意欲的に発表。

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