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カテゴリ: 編集部より

編集部ブログ 作品

青い森

 人生は選択の連続だ、と僕は思う。ひとは常になにかを選んでいる。学校、就職、上京、帰京、友人、愛する人、そして今日、なにを食べるのかさえ。

 僕は他人の選択をみていて思うことがある。

 どうしてそれを選ぶんだ、って。

 その道はあきらかに間違っているでしょう。あなたは不幸になりたいの?

 でも勿論、それは他人であって、僕のことではない。僕以外の人間がなにを選択しようが、僕が口を挟むべきことではないことはわかっている。

 それは僕の人生ではないのだ。けれど他人が僕の思う結果を選択しないと、僕はその人間とは距離をおく。許せない、という訳ではない。ただ、ああ、間違ったな、と思うからだ。だから僕には友だちがほとんどいない。

「千隼(ちはや)は傲慢なのよ」と姉はいう。

「ひととひとは許しあうものなのよ」

海洋学者

「一年に一度、夏の朝、潮がひいて一本の道が現れる。その先に島が浮かび上がる。島には古くから続いている遊郭があるといわれている。でもその島に行って還ってきた者は誰もいない」

 僕が彼から借りたノートを大学の図書館でコピーしていると、彼は一人言のように呟いた。

「そこが僕の生まれた島で、この話はずっと語り継がれているんだよ。僕はその島にいくんだ」

 彼は物静かで、僕の他に友だちはいないようだった。何処となく風に吹かれる植物のような印象の男だった。

「行って還ってこられない島に?」

 僕の言葉に彼は静かに頷いた。僕は笑った。きっと冗談をいっていると思ったからだ。途切れ途切れの会話から聞き取れた彼の夢は、海洋学者になることだった。

やさしい音楽

 雨の中で私たちは立ち尽くす。突然の通り雨。日蔭も薄く、遠くに海の音がきこえる。でもそれはきっと空耳。寂しい心が呼んだ、雨雲。

 放課後ひとりで歩いていた。気がついたら、道の先に彼がいる。落ち葉が散って、砕ける雨に流れてゆく。髪を短く切った彼は振り向いて、私をじっとみる。夢をみる夢みたい、と私は思う。沈黙。仕草を盗みみる、ちょっとした冒険が頬を熱くさせる。私はうつむく。彼のローファーが視界に入る。どちらからともなく近づく。涼しい風。影を踏む。よりそうように。そう、いつの間にか、一緒になった帰り道。金木犀の匂いがした。彼の肩が近くに、遠くに、と揺れ動く。駅は遠い。コンビニもない。桜並木が続く。もう仄暗い、秋の黄昏。でも道の端の草はまだ緑。雨に濡れて、きらきら光る。ああ、もう指がふれてしまう。真珠の粒に濡れた指。

 言葉がでない。息もできない。

 それは私の初めての恋だった。

みずかき

 会社の飲み会で、蛙のからあげが出された。

 私は手をつけたくなかったものの、隣に座っている部長が喰ってみろ、喰ってみろ、とうるさいので、とりあえずひとつ食べた。

 思ったより生臭くない、鳥のからあげのような味がした。でもその蛙のからあげは、私の喉を通るあたりで、小さく「行ってくるよ」と言った気がした。私は辺りを振り向いた。みな、酔っていて、訳のわからないことを喋っている。空耳だろう、と私はウーロン茶を飲んだ。

 帰宅して、バスタブにお湯をいれている間、喉が渇いて、水をごくごくと飲んだ。食欲がなかった。だから今日の飲み会はつらかった。ウーロン茶を飲んでいたのは、私のお腹に小さな命が宿っているからだ。

 だが私に夫はいない。子どもの父親は取引先の既婚者で、私に子どもができたことを知らない。きっと堕胎しろといわれるからだ。私はこの小さな命をひとりで育てていく、と決めていた。

 会社も変わらなければいけないな、と私は思う。でも私の仕事は薬剤師なので、就職先は割合早く見つかると思う。

 そして季節が変わり、出産の日が来た。陣痛がこんなに痛いものだとは思わなかった。それでも私は赤ん坊を産んだ。

 赤ん坊をとりあげた助産婦が、黙ったまま、赤ん坊を見ている。医師もじっと赤ん坊を覗きこんでいる。私は不安になった。

「どうかしたんですか」

「あのね、奥さん。気持ちをしっかりもってくださいね」

 私の心臓の鼓動が高まった。

「奥さん、赤ん坊は元気です。ただ手足にみずかきがあります」

「みずかき?」

「そう、蛙のような……




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