編集部ブログ

2018年1月11日 16:50

『日本のメイドカルチャー史』上・下巻刊行記念 久我真樹・嵯峨景子対談(3/3)

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【お互いの研究について】

嵯峨: 研究するときに、「◯◯を扱ってない」と言われることがありますよね。例えば私の場合は少女小説の歴史を50年分分析しましたが、「青い鳥文庫が入ってない」など言及していないレーベルについて指摘されることがありました。でも青い鳥文庫は少女小説ではなくて児童書なんです。あの本のテーマはあくまで少女小説で、近接領域はどこかで線引きしないと内容がまとまりません。ただ、前書きで、「自分は何を取り上げ、何を扱わない」のかという選択基準や立場表明を書いておけば良かったなって、本を出してから思いました。

久我: 私も、ネットで書いていたときは「これにはこれを書いてない」って全部書いていたんですけど、今回の本を書くときはやっていませんでした。

嵯峨: 私の本は、内容はそれなりにご好評をいただいてますが、この中で言及しているのは基本的に少女小説のメジャーな流れです。だから扱えなかった作家や作品も少なからずあります。

 でも、そのメジャーな流れを歴史化する、通史として描き出すというのはとても大事なことですし、次の研究の足場に繋がっていくということが、すごくよくわかりました。

 逆に久我さんは、すでに色々なモノを集めているから、「ない」とツッコミが入りやすいスタイルかと。

久我: はい。それはもう諦めています。むしろ、「教えてくれてありがとう」という感じです。

 とはいえ、語られないことによって傷つくということもありますね。私も、Wikipediaのメイドブームのページを読んだときに同人のことが全然書かれていなくて、「同人がすごくメイドブームで大事だったんだよ」って伝えたいという気持ちがありました。

 だから、私が本を書くことによって、そこで言及されなかった人は、意見を言いたくなるだろうな、と思います。それを見越して、「アナタのメイドブームを教えてください」と思っています。

 メイドブームの起点を1997年とすれば、まだ20年くらいしか経っていないです。前の本(『英国メイドの世界』)では100年くらい前の英国のことを扱っていましたので当事者はほとんどいませんし、日本で詳しく知っている人や研究している人があまりいなかったので、そういう言葉はありませんでした。

 今回は生きている人がいて、当事者なので、大きな違いがあります。

嵯峨: 「全部は知らないけど、ここだけ知ってる」という人もたくさんいるから、英国メイドと反響は全然違いますよね。

久我: 反響の種類が違う感じです。

嵯峨: 私は、自分の研究では、どのジャンルを扱うのかということを明確に区切っています。

 でも久我さんの場合、メイドはジャンルを超えてあらゆるところに遍在していると思うのですが......。資料を集めるときは、常にアンテナを張っているのですか?

久我: 雑誌や新聞であれば、ある程度データベース化されていますのでキーワードや関連するもので拾ってきます。

 他のものは、e-honというオンラインの書店を使って、あらすじとタイトルを検索し、読んでいきました。各出版社の公式サイトにも情報が載っていますので、それも参考にしたり。それでもさすがに全部は読めないんですが......。

嵯峨: インターネットの時代だからできる研究ですね。

 私の場合は、実は検索はあまりしていなくて、まず雑誌の「Cobalt」を全部読むというところからスタートしました。これはこれで網羅的ではあったんですけど、検索などのネットツールはあまり活用できなかったので、とても勉強になります。

久我: もしかしたら数十年後には、メイド画像で作品を「イメージ検索」してすべてが解決する日が来るかもしれませんが、それまでは、まだ人力の部分が大きいですね。

 あと、検索はピンポイントになってしまうので、やはり、実際に読んでみないと、どんなメイドが出てくるのかまではわからないです。だから、もう資料は買うしかありません。

嵯峨: でも、それをお1人でまとめられているというのがすごい。これからのメイド研究の基礎になる素晴らしいお仕事だと思います。

 私の本が出た2016年は、コバルト40周年、ビーンズ15周年、ビーズログ10周年という節目の年だったんです。でも、正直、少女小説というジャンルには閉塞感が立ちこめていて、盛り上がっているとは言い難い状況でした。

 でも私がそれを歴史化して、言語化して、まとめることで、その土壌を活性化させることができるのではと思い、このタイミングで少女小説研究本を出版しました。

 少女小説は、実際に盛り上がっていた80〜90年代を中心に語られがちです。だからこそ、2006年以降、直近10年間の動向をまとめるということが自分の課題でした。この部分はレーベルや流行ジャンルの変動が大きく、かつての少女小説とは様変わりしているにもかかわらず、研究としてはまとまっていない状況だったので、調べるのがとても大変でした。

久我: それは、私もまったく一緒ですね。メイド喫茶ブームの2005年から2008年くらいまではある程度出版物が多く、後からみて調べやすい領域もありますが、それ以降はあまり商業でのメイド関連本が出ていなくて、情報がアップデートされていません。

 だから、メイドブームは終わったと思っている方も多いでしょう。

 でも、それは報道が減っているだけで、メイド喫茶は新陳代謝しながら増えていますし、同様に、メイドが出てくる作品の数も増え続けています。だからここ10年間というのは、私にとっても大きな意味を持つものです。

【今後の展望】

嵯峨: 久我さんは、資料は基本的に買っているんですか?

久我: そうですね。時間がもったいないというのもありますし、書影をスキャンしたいというのもあります。

嵯峨: 私も、今でているものだったら結局買っちゃいますね。そのほうが早いしすぐ参照できるし。

 私はもともとの専門が明治時代なんですが、明治の雑誌や書籍って、集めたくても集められないものが多いんです。このコバルト本は企画が決まったのが2015年8月で刊行したのが2016年の12月だったので、1年ちょっとで調べて書きました。それができたのは、調べるノウハウが身についていたのと、上野の国際子ども図書館に雑誌「Cobalt」が全部入っていたからですね。自分でもかなり雑誌や文庫を購入しましたが、近代に比べると現代ものは資料収集がしやすいなと思いました。

 おたがい、資料を集めることに情熱を燃やす同士だと思うんですけど、やっぱりそれは大事ですよね。

久我: そこに、時間とお金と手間といった、いろんなものが集約されてきますよね。

嵯峨: 今、ご自宅ってどんな感じですか?

久我: 本で埋まってますね(笑) どうしようかなという感じですよね。もうこれ、自分しか買う人いないんじゃないか、と思う資料もありますし。保存目的になってしまうけれど、ここで閉ざすのももったいないな、と思っていまして。

嵯峨: これからのメイド研究の展開とか、展望というのはありますか?

久我: そうですね。できるできないは別として、文庫というか、色んな人が資料にアクセスできる状況を作りたいなと思います。以前、「月夜のサアカス」さんで、ヴィクトリア朝の本を展示したことがあったのですが、ああいう感じでできたらいいなと。

 自分1人で資料を読んでいるよりも、色んな人に読んでもらって、そこから発見してもらうほうが有意義だろうと思います。

嵯峨: 資料にアクセスしてもらえたら、そこからまた興味を持ってくれた人が、研究を繋げていくことができますね。でもやっぱりネックは場所ですね。

久我: 研究室が欲しいですね(笑)

嵯峨: 少女小説も、絶版になっているものが多いです。今、コバルトも電子書籍での復刊が進んでいますが全部の作品ではないですし、電子書籍だと借りることができないので、新規層、特に若い世代の読者へ広がりにくいという難しさもあります。

久我: あと、電子書籍の場合は、文字の大きさでページが変わるフロー形式なので、引用するときはページ数確認のために原本を買うことになりますね。

嵯峨: 私もそうです。

久我: それは辛いですよね。

嵯峨: これは時代ですかね。急ぎで調べたいときはKindleで買うんですけど、Kindleで買った上で、引用するためにもう一回紙で買うということをしています......。

久我: そうなりますよ。

嵯峨: 私も家に大量の少女小説があったりします。

久我: いつまで持っておこうか、というのはあります。でも、ここで失われてしまうのももったいないので、やっぱりアーカイブは考えたいです。

嵯峨: 難しい問題ではありますが、久我さんは資料を公開されるタイプの方だと思うので、

とても関心がありますし、お手伝いできることがありましたら声をかけていただければと思います。

久我: ありがとうございます。メイド作品は日々増え続けるので、もう年間アワードとか作って、読者投票したいな、と。そうすれば勝手に集まるんじゃないかとか。そこで、殿堂入りとか、今年度の作品賞とか。そういう野心があります。

 ひとつのレーベルを読み込み、その周辺領域までを幅広く分析する嵯峨さんの本『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』で言及されていた「姫嫁」「職業もの」は、「メイド作品」の多様性を言語化する上で非常に重要な指摘で、私にとってはメイド作品への視点を深めるきっかけになりました。執事については、少女小説のジャンルでそれほど多くない、というご指摘も参考となりました。

 嵯峨さんとは、秋葉原にあったメイド喫茶「月夜のサアカス」を使っていた接点や私の研究領域との重なりも多く、研究者として資料を集める苦労で共通項があり、今後もいろいろと取り組むことで相互の領域でプラスになる動きができればと思います。

 「メイド」は非常に広範なテーマを持っています。専門領域がある方にとって、メイドは時としてその領域と重なりながらも、強く意識されないこともあるでしょう。なので、様々な領域の専門家の方に、「メイド」についてのお話をうかがっていく機会を今後も作りながら、『日本のメイドカルチャー史』を、多様な視点で照らしていく所存です。

 今回はお時間をいただき、誠にありがとうございました!

(了)





【対談者プロフィール】

ーーー久我真樹(クガマサキ)【@kuga_spqrーーーーーーーーーーー

1976年生まれ、東京都出身。広範な領域のメイドイメージをテーマとするメイド研究者(19年目)。2000年頃よりメイドや執事など英国貴族の屋敷で働く家事使用人研究に取り組み、2010年に講談社から『英国メイドの世界』を刊行。2017年には、日本のメイドブーム20年以上の変遷を描いた『日本のメイドカルチャー史』上巻・下巻を星海社より刊行。本業は外資系企業のウェブプロデューサー。

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ーーー嵯峨景子(サガケイコ)【@k_saga】ーーーーーーーーーーーーー

1979年生まれ。
東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。
専門は社会学、文化研究。現在明治学院大学非常勤講師、国際日本文化研究センター共同研究員。
単著に『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社、2016年12月)、共著に『動員のメディアミックス 〈創作する大衆〉の戦時下・戦後』(思文閣出版、2017年10月)、『カワイイ!少女お手紙道具のデザイン』(芸術新聞社、2015年4月)など。

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