2014年夏 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2014年8月27日@星海社会議室
佳作が集まるも受賞ならず。我々の心を熱くさせる魂の作品を待つ!
史上4番目の新人賞作品『アリス・エクス・マキナ01 愚者たちのマドリガル』、ついに発売!!
太田 座談会を開始する前にお知らせです。2013年秋の座談会にて星海社FICTIONS新人賞を受賞した伊吹契さんが『アリス・エクス・マキナ01 愚者たちのマドリガル』で今月デビューいたしました。拍手ッ!!
一同 おめでとうございます!!
太田 伊吹契さんも担当した平林さんもお疲れ様でした。大槍葦人さんによる装画、本当にすばらしい出来映えですね。
平林 ありがとうございます! 作品とイラストのマッチ度合いでは、いままで担当させていただいた本の中でも指折りだと自負しています!
山中 大槍さんが受けて下さったら受賞っていう前代未聞のハードルでしたよね。けど、やっぱりすごく合ってる。
平林 そして、『最前線』では第一巻の連載がはじまっています。星海社からのデビューを狙う皆さんには、必ず目を通してほしいですね。
太田 星海社史上最厚の480ページ、全て公開します! 期待の新人のデビューにぜひ立ち会ってください。
平林 そして、第2巻は早くも10月発売! 怒濤の2ヶ月連続刊行ですぞ!!
応募総数59作品
太田 さあ、今回の応募作はどんな感じでしょうか。
林 全応募のうち初投稿作品が41本。新規作品7割、平均年齢29歳。この数字はここ1年ずっと変わらず定着しましたね。強いていうなら、平均年齢は変わってないけど10代の投稿が増えました。
平林 そうなの? 今回僕が担当した中で一番おもしろかったのは63歳の人が書いた作品だったよ!
太田 わはは。若い人はもちろん、これからの60代の人って、ネット文化にも親和性の高い人が増えてくるはずだから期待ができると思っています。そして、このくらいの投稿数が続いてくれると一作一作をじっくり読むことができて僕たちも楽しいですね。
山中 60代のひとがおもしろがって投稿してくれる出版社って格好いいですよ。
太田 さぁ、それでは場が暖まったとことで今まで以上に気合い入れて座談会をはじめることにしましょう。
異能ものはつまらない!?
太田 それでは参ります。トップバッター、岡村さん。『踊るカレイドスコープシアター』。
岡村 座談会開始早々テンション下げるようで申し訳ないですけど、今回の投稿作品群、僕的には今までで最もひどかったです。何を読んでもつまらなくて……なかでも異能ものがやたら多くて、どれも最後まで読むのが苦痛なレベルでした。
平林 うん、僕が担当したやつも異能ものは総じてよくなかったかな。
岡村 で、なぜ投稿されてくる異能ものがこんなにダメなのか考えてみたんです。
太田 伺いましょう。
岡村 どの異能ものも、異能設定に関してはそれなりに考えられているんです。ただ書き手が異能設定を考えたところで満足してしまっているのか、総じてキャラクターが薄っぺらい。キャラクターがその世界で生きているのではなく、決まった台詞を演じている感じなんですよ。物語が淡々と進行し、異能を使ったバトルが始まり、問題が解決して終わる、それだけ。だから読み終わっても2日後には主人公の名前すら憶えていない。じゃあ僕はどんな異能ものを楽しいと感じるのかというと、今は『東京喰種』にすごくハマってるわけです。
山中 なるほど、あれも確かに異能ものだ。
岡村 『東京喰種』にグッとくるのは、月山だったり、真戸さんだったり、要はキャラクターに惹かれるんです。彼らの『赫子』や『クインケ』に惹かれるわけじゃない。この2人はぶっちゃけマッドな人達ですけど、「これが好きでたまらないとか」、「これだけは絶対に譲れない」とか、そのキャラクターなりの強固な持論があるんです。これまで歩んできた人生が垣間見えるキャラクターが、僕が読んだ投稿作品のなかには一人もいなかった。一人だけでもいいから、突き抜けたキャラクターを考えないと折角作った設定も生かせないと思うんです。
今井 『BLEACH』の藍染先生が格好いいのは幻覚みせるからじゃないですからね。
太田 だね。あの人何であんなに格好いいんだろうね。
岡村 ジャンプの新人賞の作品応募ページに載っていた、現役作家からのアドバイスなんですけど「第三者の客観評価でキャラクターを高めろ」って書いてありましたよ。
太田 『BLEACH』でも確かにすごそうな奴らが無条件に「藍染はすごい」って褒めまくってるもんな。藍染がどんなに酷いことしても何人かは狂信的に藍染先生マジ格好いいッス!! ってついて行っちゃうし。
今井 藍染さんを格上げするために、市丸ギンっていうキャラクターをわざわざ作っていますからね。
太田 第三者の客観評価を得るためには、第三者としてもキャラの立ったキャラクターを作らなきゃいけませんってことだね。
今井 やっぱり能力よりもキャラクターから先に考えるべきなんじゃないですかね? で、そのキャラクターの人生に基づく異能を与えればいい。
林 キャラクターの練り込みが一番必要なのは主人公じゃなくてむしろ悪役ですよ。信念があるから悪いことをしているはずなのに、どの作品も似たよ〜なラスボスが登場して大体同じこと言っている。
今井 それめっちゃ新人賞あるある! とくにラスボスは雑になってること多いですよね。最後、グアアアアアア!! って叫んで死んでいくとか(笑)。たぶん体力的な問題で、書いてて疲れちゃったんだと思うけど。
平林 一番力を入れるべきシーンで息切れしていたりするよね。
山中 そもそも悪役は主人公より人気じゃないとおかしいんですよ。だって美学があって、理想があって、かつヒーローの障壁、すなわち物語中での「超えなければならない壁」として立ちはだからなければならないんだから。読者が物語を読んでて、「こんなの倒せるわけないやろ……」って思わないと壁にならないでしょ。そう考えればフリーザ様の「わたしの戦闘力は530000です」はすごいですよ! 圧倒的有能感!
岡村 僕の好きな月山と真戸さんも主人公側から見たら敵役ですし、異能ものでは格好いい悪役が出てくる話が読みたいですね。
山中大絶賛! 63歳の挑戦
太田 次、平林さん。『天山の交易商』……うーん、タイトルがよくないね。
平林 なんですが、これが実は、今回読んだ中で一番おもしろかったんですよね。なんと、63歳の方が書いた作品です。
山中 これ、僕も今回上がった中だと一番だと思います。
平林 大量の隕石が地球に降り注いだことで大災害がおきて、人類の文明が一気に後退してしまった世界。なんとか生き残った人類は徐々に文明を復興させていくんだけど、天変地異が起きたせいで大陸の北と南が山脈で分断されてしまっているんです。その山脈の村に住んでいた主人公が、運命に翻弄されるって話です。家族は全員馬賊に殺されるわ、姉と生き別れるわ、自分は奴隷にされるわ……いろいろ酷いんだけどおもしろいんだよ。
山中 周りの人間の信頼を勝ち取って、島耕作並みに商人として成り上がっていくんだよね。
平林 そうそう、遊牧民の御曹司を仲間にしたりね。シミュレーション的なおもしろさとヒロイックファンタジー的なおもしろさが複合的に展開されていて、行方不明の姉や、家族を殺した犯人を捜すことで世界の謎が明らかになる展開もうまいと思った。ただ、ラスボスとの戦いや姉との再会という盛り上げるべきところが60点なのが欠点かな。あとこの人は名詞センスに重大な問題がある。主人公の名前が大介はアカン。
太田 うーん、昭和的ですな。
平林 総じて地名のセンスもよくない。設定過多なわりにテクノロジーに関する説明が足りてないのも気になったかな。
山中 でも文章は達者だし、キャラもよくできてますよ。なによりこの新人賞で読んだファンタジーの中だと群を抜いてよかった。ベースの世界観がかなり丁寧に積み上げられていて、物語上の齟齬がないし、設定もうまくキャラの動機付けなんかに活かせてる。「草原語」とか「回廊語」とか、ちゃんとこの国ならではの言葉が設定されていて、それが話せるかどうかがちゃんと物語中に生きてるんですよね。
平林 その辺はよかったね。
山中 60代の方がうちにこんなおもしろい原稿送ってくれたと思うと、ちょっと感動的ですよ。序盤の展開の速さもいいし、おもしろいものを紡ごうとする意志が伝わってくる。こういう作家を新人として輩出しないといけないんじゃないかって僕は思いますね。
太田 山中さん絶賛ですね。……とりあえず一回会ってきたら? 山中さん年上の人と相性いいし。
山中 了解です!
平林 雰囲気は全盛期のC★NOVELSって感じだけど、古くさいってわけではない。とにかく、60歳をすぎておもしろい原稿を送ってきてくれたのはこの人が初めてです。
太田 でもね。よく考えたら富野監督だって60歳の時に『OVERMANキングゲイナー』を作ってるもんな。人間、やる気があれば&やる気を出せば、一生現役です。
岡村 『信長の棺』の加藤廣さんだって75歳でのデビューですしね。
太田 この方は定年退職されているみたいだし、執筆のために必要な時間は十分にあるのではと思います。次回作を楽しみに待ちましょうよ。
山中 とりあえず会ってお話聞いてきますが、なんか次々書いてくれそうな予感がしますしね。
太田 こういう作品がうちに送られてくるって本当に嬉しいですね。新人賞はこれだから止められないですよ。
新ルールの反響やいかに!?
太田 これも平林さんですね。『Adverse-豪州海岸の謎-』。これオーストラリアが舞台のミステリーなの?
平林 そうです。高校の研修プログラムに参加するために渡豪したら、殺人事件に巻き込まれるってお話です。ある入り江で動物に食い殺されたような首なし死体が発見されるんですけど、これ犯人は鮫だとおもうじゃない? でもシャークザリッパーっていう殺人鬼の仕業なんだよ。
山中 シャークザリッパー!!!
岡村 これはジワジワきますね。
太田 くる。
平林 シャークザリッパーは誰なのか、奴の動機は何なのかって事がこの物語の肝なんだけど、それに先住民アボリジニが持っているヴィジョン(未来予知能力)が話に絡んでくる。
林 オーストラリアの名物が次々出てきてご当地ものみたいですね。
平林 オチを言ってしまうと○○○○能力で○○が来ることが分かったあるアボリジニが、○○○に人が集まらないようにするために殺人を犯していましたって話なんだけどさ。アボリジニの○○○○能力というファンタジー部分を、調査という現実的なもので証明する過程に齟齬が生まれている。京極さんの作品のような巧いバランスがとれていない。まぁ、京極さんと比べるのは酷だけどね。
山中 舞台は海外で派手だけど話は小さくまとまってる感じですね。
平林 出来は悪くないんだけど、全体的にミステリーの様式美に拘りすぎて情緒がない。少なくとも僕は好きじゃなかった。名探偵もしょぼかったし。でも野生のコアラが車に轢かれて死ぬシーンは唯一情緒的だった。
林 コアラ……。
平林 前回作った新ルールがあったじゃない。「どうしても読んで欲しいページに付箋立てたらそこは責任持って読みますよ」ってやつ。他の作品は「なんでこんなどうでもいい所に付箋立ててんだよ」ってやつばっかりだったけど、この作品はコアラの轢死シーンに付箋立ててあって、そこは評価したい。それで、少なくとも最後まで読もうかなって気にはなった。
岡村 書き手が考えるハイライトと読み手がおもしろかった個所が一致しているのはいいですね。
太田 そういえば今回どーだったの新ルールの適用は!
今井 付箋がはってある作品、全体の1割くらいでした。
林 作品全体を評価してくれってことなのか……それとも単に座談会を読んでいないのか……。
山中 単に読んでないだけなんじゃない?
太田 だとしたら克史悲しいよ!!! 我々が投稿者に期待していることはこの座談会にいっぱい詰まってますから。無視するところは無視して、生かすところはぜひ生かしてください。アドバイスを聞くときは取捨選択が大事です。
どうした常連エリート高校生!
山中 次、『オオカミ少女と僕』。ここ最近ずっと投稿し続けてくれてるエリート現役高校生の作品ですね。
林 彼、いつもちょっと変わったミステリーを書いていたんですけど、今回は恋愛でした。
一同 ええっ!?
林 美少女が突然やってくる、嫁おしかけものです! 満月の日にだけ現れる謎の少女と絆を深めることで主人公はトラウマを克服し、少女の謎も明らかになるというお話で、えっと、すごく……すごくですね……。
一同 ラノベだ!!
林 前回の座談会でラノベっぽすぎるのがよくないって評価したはずなのに、さらにラノベに寄ってる。
山中 迷走してるねえ……。これミステリー要素は全くないの?
林 ないです。一応、オオカミ少女は何者なのか? という謎はありますが、オオカミ少女は知り合いの姉妹でしたってだけ。たぶん今回はミステリーじゃないものも書けるんだぞっていうのを見せたかったんじゃないかな。
今井 実はこういうラノベ的な恋愛ものこそ彼が一番書きたい物だったりして……。
林 原稿を見る限り、恋愛ものは向いてないと思うけどなあ。主人公が成人した男性なんですけど、この人がどうやって生計を立てているのかとか、ヒロインに恋していく描写にリアリティがなさすぎです。まだ高校生だから、知らないのは当たり前なんですけど。背伸びして人生経験以上のことを想像で書いた結果、ライトノベル的な方向に行っちゃったんだと思います。
太田 …………僕はあえて沈黙を貫いてきましたけど、この言葉を彼に贈ります。まさに「若さ故の過ち」だと!(ドヤ顔)
一同 (爆笑)
林 原点回帰で彼にはミステリーを書いてほしいですね。1作目の作品の方が今より数段優れていましたし。毎回投稿するのは素晴らしいしガッツあると思うけど、自分は一体何が好きなのか、何を書きたいのかをじっくり考えて再挑戦してほしいです。今回は新人賞に間に合わせるために急いで書いたって印象があったので。
帯に短したすきに長し
太田 次、『黄金の骨』。これは歴史ものですね。あっ、平林さんが死んだ目をしているよ!
平林 ほんっとねぇ、本能寺の変の陰謀ものはもう勘弁してくれ!!!!
今井 平林さんがキレてる!
平林 本能寺の変で焼失したと思われていた九十九髪茄子という茶入を持った謎の男が堺に現れて、秀吉の命で石田三成と荒木村重がその調査をするっていうよくありそうな話。キャラクター像もこれまでの諸作品を踏襲しただけで何もおもしろくない。話も本能寺から茶入を持っていった男は何者なんだって話になるんだけど……文脈と歴史的に考えて、当てはまるのは一人しかいないのよ。天海だろうな〜って思ったら、案の定天海だった!!
岡村 歴史に詳しい人にとってみれば何の驚きもないし、歴史の知識がない人にとってはなんのこっちゃ分からないですね。
平林 話の切り口として、謎の人物が誰なのかってことを謎にするのがいけないんだと思う。同じ本能寺ものでもさ、加藤さんの『信長の棺』は信長の死体は何故見つからなかったのかっていう所を謎にしていて、その切り口がおもしろかったんだよ。語り手も太田牛一で、それも当時までなかった。そういった新味がヒットに繫がったと思うんだよ。だとすると、今歴史ものを書くなら、売れた歴史小説が過去にどういう問題設定をしているのか調べて、そこから今書くべきものを考えるべきですよ。
林 私の担当の『俺の背中に続け』ってやつも同じです。これは戦隊ものですけど、書いている本人は「こういう設定が特撮の王道なんでしょ」ってサービスとして取り上げてるつもりだろうけど、特撮好きにとっては馬鹿にされてると感じるだろうし、特撮を知らない人には稚拙でしかない。読者がいないんです。
山中 書いてる本人だけが楽しんでるんじゃないかな。
林 さっき平林さんが仰っていたことが真理で、自分が取り扱う題材についてはしっかり研究してほしいです。例えば平成仮面ライダーシリーズは、今私たちは何を恐れ、その恐怖とどう立ち向かうべきなのかってことを毎年表現してるわけですよ。それなのにこの作品は特撮の新しい部分には目を向けずに、通りいっぺんの表面的な部分しか描いていない。メタに見るのはかまわないけど、そこに愛がないなら書くのやめたほうがいいです。
今井 厳しい!!
太田 うーん、僕は「愛」って言い出すと最後は戦争になっちゃうからやめたほうがいい派なんだけど、まあ林さんの気持ちはわかります。
林 まずは『仮面ライダー鎧武ザ・ガイド』の虚淵さんへのインタビュー記事を読んで、今の特撮の熱さを知るところから始めてほしいですね。話はそれからだ!!
太田 さらっと宣伝を入れてくるとか、林さんもこなれてきましたね。しかし、自分の好きな題材を自由に描けることが、まさに何のしがらみもなく書ける最初で最後の機会であるところのデビュー作の特権なんだから、本当に好きなことをちゃんと調べて、考えて書いてほしいですね。
そこは激戦区です
太田 次、『こまあそび』。
今井 これは将棋の小説です。将棋の名門の家に跡取り息子になるための養子として迎え入れられた主人公は、20歳にして名人になるんですけが、実は女性で……という話です。
岡村 今はお休みしてますが、里見女流二冠が棋士になるかもしれないって話題ですよね。
今井 ちょっとワクワクする導入だし、勝負事の臨場感もそれなりにあるんですが、子育て要素が入ってきたりして……ちょっと散漫なんですよね。僕はこの作品で何がしたかったのか最後まで分かりませんでした。
岡村 そもそも将棋って激戦区だよ。ジャンルとして確立されていて、今も将棋漫画、新連載結構立ち上がってますし。
今井 そうなんですよね。これは初投稿作品なんですけど、彼が将棋をいちから調べて書いたのならかなりよく出来てると思うんです。だから、書く力はある人だなと。もし他のものを書けるんだったら、激戦区を避けて再挑戦してほしいですね。キャッチコピーには、「最高の小説ってこういうこと」なんて書いてあるし(笑)。
岡村 言うねぇ〜!
太田 逆に、どうしても「将棋」なら、何かひとつ飛び抜けたアイデアをみせてほしいですね。
そんなサービスいらねぇ!
太田 『失われたきみ』。これちょっと問題あるよね。
平林 この作品、僕と同姓同名のキャラクターが出てくる。
岡村 この作品に限らず、編集部の名前や人物を作品に登場させる人ってよくいますけど、それで好印象を持たれるとでも思ってるんですかね。
太田 ない!! 絶対ない!!! プロの作家さんの好意や余技を投稿者の方が真似する必要はありません。
岡村 正直読んでてうんざりします。
平林 これ、作品自体はそんなに悪くないんですよ。まあ、受賞を争えるレベルではないですけど、変なことをしていなければ見所があると思ったかも知れない。でも、こういうふざけたことをやってくる時点でテンションがすごく下がる。本気で書けよって思う。
太田 芝村さんの『マージナル・オペレーション [F] 』に平林さんが登場したみたいにさ、実績のある作家さんからおもちゃにされるのは恥ずかしながらも嬉しくって楽しいものだけれど、何一つ一緒に仕事をしたことのない人にやられてもねぇ。何より、失礼だってことがわからないのかしら。わからないからやっちゃうんだろうけどね。こういう遊び心はプロになってからでいいよ。プロになって、僕と仕事をして、偉くなってから、満を持して僕を作品の中で殺して欲しいな。
期待を返して
太田 次、『幸せという名の猫』。これ今回の書き出し小説大賞です。冒頭30枚くらいは本当によくできているからみんな読んだほうがいいよ!
山中 そうなんですよ! めちゃくちゃ読ませる冒頭で、期待させるんですよね。で……もうみんな察してると思うけど、後半の失速がすごい……。
岡村 それはもったいないですね。
山中 ミステリー作家の娘が飼ってる猫が主人公で、猫の一人称ものです。この猫、実は異能を使える猫又で、ご主人の目を盗んではミステリー小説を読みふけっているような猫なんですけど、すごく頭がいい。元々飼い主は現役女子高生の碁打ちだったんですね。ところが志半ばで棋士の夢を諦めることになる。ところがこの猫、「そんな人生もある」みたいな達観した目線を持っていて、猫らしいんだけどなんだか憎めない。
林 かわいいですね。
山中 で、そんな夢破れた飼い主なんだけど、囲碁はやめられなくて、高校の囲碁部に入部するんだよね。その囲碁部で起こる謎や殺人事件を猫の目線から推理するってお話です。うまいのが、猫の異能に人から見えなくなるという能力があって、日常的に学校に忍び込んだりしてるから、人間ではあり得ない視点から事件を観察することができる。
今井 おもしろそう!
太田 うん、おもしろいんだ。冒頭はほぼ完璧。
山中 そして猫は飼い主に危害が及ばないよう事件の捜査を進めていくんだけど、最終的に答えは明らかにならないのね。そうこうしている内に飼い主の親友が海外に引っ越しすることになって、その親友から自作の小説をプレゼントされるんだけど……その小説に事件の全貌が全て書いてある! ひょっとしてこれもミスリードで違う人物が犯人なのか……? と思ったら親友が犯人だった。これじゃミステリーにならないですよ!! オチが何もないの!!
太田 解答として提示されるトリックも、何の整合性もないんだよな。山中さんの説明をさらに補足すると、作中では囲碁の歴史の中で伝説とされている一局――「吐血の局」とか「耳赤」とか呼ばれている逸話を再現した見立て殺人が起こるんだよ。いい雰囲気でしょう。僕もこれは竹本健治の『囲碁殺人事件』の作品世界に対する挑戦、オマージュだ!! と思ってワクワクして読んでたのに「全ては偶然だった」って一言で片付けられるから本当にがっかり……。
山中 まったく納得できない筋立てで終わってしまっている。どんなに冒頭が良くてもこれはだめ!
太田 この人はちゃんと諦めずにミステリーやってほしいなって思います。
ちょっとおバカな常連組
太田 さあきた、『サルバドール!』。これは林さんがいつも目にかけてる人の作品ですね。
林 今回は私好みの筋肉作品でしてね!!! プロレス小説です!
岡村 いいね! プロレス4コマ『強くてカッコイイ女子は好きですか?』は「ツイ4」にて好評連載中です!
林 これみよがしに宣伝を入れてきた……!! 新連載『女の友情と筋肉』もよろしくね!! って「ツイ4」の宣伝はこれくらいにしておいて。今プロレスに注目するのってセンスあると思いません?
太田 そうね。
山中 地方プロレスとか盛り上がってるみたいだしね。先日も「煽りパワポ」でスーパーササダンゴマシンさんとか話題になってましたけど。
林 プロレスって個性強めのキャラクターでも不自然じゃないし、対立構造を作りやすい。小説としてもいい題材だし、そして今回はプロットがすごくいいんですよ!! 母校が廃校になるという危機に為す術がない生徒たちの前に、アメリカにプロレス修業に出たっきり失踪していた主人公の兄が現れる。そして、アメプロ仕込みの兄が主人公とクラスメイト達をプロレスラーにすることで学校を救うんです。いい感じでしょう? 私、「時は来た!!」って思いました!
一同 おおっ!
林 でも結論から言うと、このあらすじを読んでる時が一番おもしろかった……。
太田 それは残念ですね。時、来てなかったね。
林 物語を引っ張る兄貴のキャラクターが弱い! 兄貴の実力を証明する初戦の相手が友人だったり、言動や思考がいちいち小物っぽい。それなのに何の根拠もなく生徒達は兄貴の言うことを聞くから、こいつら馬鹿か!? って思ってしまう。ここは今井さんが敬愛する『天元突破グレンラガン』のカミナのような、言ってることは滅茶苦茶だけどカリスマ性がある豪傑な男にすべきではないでしょうか。
今井 (猛然とヘッドバンギングしながら)カミナはいいよね。21世紀を代表する兄貴ですよ。そもそも全27話ある『天元突破グレンラガン』の中で彼ががっつり登場するのって、8話分しかないわけですよ。にもかかわらず、これだけ語り継がれ、愛され続けている。この事実が、彼がキャラクターとしていかに完璧かということを物語っているよね。中川翔子さんが「いいとも!」に出た時、カミナ名義で花が出されてるんだけど、キャラクターとして「いいとも!」に花を出したのなんか後にも先にもアニキだけじゃないかな? 大体名前にも主人公シモンの「下」に対して「上」という字があてがわれていて、このこと自体がですね……(以下、今井の兄貴論が30分続く)
太田 (無慈悲にも遮って)うーん、残念だね。林さん、この人投稿作品全部読んでるのにねえ。
林 でも今回でこの人の最大の欠点が分かりました。この人の作品、キャラクターが「俺は○○して、この問題を解決するぞ!」って目標を立てた後、その言葉通りの行動をするんですよ。要は同じこと2回読まされるから単調なんです。
山中 なるほどね。小説は予定調和の向こう側がないとだめだよね。
林 予想がはずれるとか、斜め上のトラブルが起きてうまくいかないどうしよう! ってドキドキさせる起伏がないとね。
山中 物語上なにか困難は設定されているの?
林 一応あります。レスラーにされた女生徒が実は金持ちの令嬢で、大企業を経営している親戚が「こんな部活けしからん!」ってアメリカから極悪レスラー雇って部活潰そうとします(笑)。
今井 企業を背負う男の行動とは思えない。
林 これはいいバカだと思うんですけど、筆が追いついてなくて馬鹿馬鹿しくみえちゃう。勢いが足りないんです勢いが!! 兄貴のキャラさえ立っていればその勢いは作れるはずなんです!!
山中 じゃあアドバイスはひとつじゃん。「『グレンラガン』を観ろ」じゃないのかな。
今井 (首がもげそうなほどヘッドバンキング)
林 兄貴を残虐ファイトのしすぎでアメリカを追放された極悪レスラーにするっていうのはどうですかね。生徒達は騙されて奴隷レスラーにされるけど、最後に弟が兄を倒すことで周囲に認められて学校を救うんです。そして兄はこう、人知れずサムズアップしてリングを去る……プロレス『泣いた赤鬼』(笑)。
岡村 林さん、筋肉のこととなると話止まらないね……。
林 私、「筋肉エディター」を目指してますから!
太田 この人どうする?
林 この人は『ドカベン』とか『はじめの一歩』みたいな濃いめのキャラクターが次々出てくる王道スポ根ものを読んでみるべきかと。読者の予想を裏切るテクニックを学んで欲しいですね。
太田 次回こそデビュー作になるといいね。そういえば山中さんがずっと目に掛けている19歳の作品はどうだったの?
山中 いやーヤバイですよ。『少女の憧憬は鳥籠の外』って作品なんだけど、およそ400人の妹が登場する一大妹ものですよ!! アイディアはおもしろかったんだけどなぁ……。
岡村 序盤と中盤が全く違う話でしたね。
山中 そうなんだよ!! 前半は妹たちが鎌とか持って追いかけてくるサイコホラー。通行人はバンバン殺されるし、都内で大乱闘とかスケールの大きなことが起きるから、これは帯に「400人の妹、襲来!!」って書いたらインパクトは出そうだなって思った(笑)。
岡村 「お兄様! お兄様!」って妹がわらわら現れるのは超おもしろかった。
太田 性能のいいゲーム機で遊んでいる『妹無双』みたいだったよね。
山中 しかもよく見ると妹の中に男も交じってるっていう謎の世界観。これはこれで楽しめたんだよ。このテンションで最後まで走りきってくれたらよかったんだけど、中盤からまったく違う話になる……。
林 アメリカのB級映画観てゲラゲラ笑ってたのに、急に真面目な邦画が始まる感じでしたね。
平林 みんなは前半褒めるけど、凶器の描写なんかはすごく甘いと思う。包丁でバンバン人を殺してるけど、この人たぶんあまり包丁を触ったことがないよね。出刃包丁だって、メバルを2、3匹さばいたら切れ味が鈍るわけですよ。
岡村 出た! 釣り知識!
平林 (無視して)あと、包丁にも色々種類があるのに、単に「包丁」って書いてあるだけ。凶器は重要な要素なので、出刃包丁や刺身包丁などそれぞれの刃の形状や、切る・差す・押し切るなどの人体の傷つけ方まで考えて書いて欲しい。
山中 あと、妹たちは電気も存在しないような、世俗から隔離された村から初めて外の世界に出てきてるわけで、人を躊躇なく殺せるっていうのは理解できるんだけど。その割には都内で首尾よく主人公を待ち伏せしてたり……できるわけねーだろ!
太田 そうだよ!! 田舎の人間がいきなり東京にきたら、まず100%新宿駅で遭難しちゃうから!!
平林 これ一言でいうと、山田悠介さん的な書き方でが横溝正史の世界観ををやろうとした感じだよね。
山中 なるほど!!
太田 漫画だったらギリでありだと思うよ、この設定。
平林 漫画だと『彼岸島』ですよね。僕、大好きなんですよね。初期の『彼岸島』は青春もののテイストがあって、あれもまたそれでよかった。
山中 初期はそんな要素もありましたね……ただ、個人的には後半推しなんですよね。後半は村の因習を巡るミステリーになってて、意外によく書けてるんですよこれが。
太田 村っていっても、400人くらいいて文明的な生活してるわけじゃん。外部と交易せずに生活を維持するのは物理的に不可能だよ。
平林 なぜ村は外界と隔離されているのかとか、はなから説明する気がないよねこの人。
太田 こういうリアリティのなさに対して目を瞑ることができる人にとってはおもしろいのかもしれないけど、僕はだめでしたね。
平林 この人は教養がないんだよなぁ。土俗的な集落を書くための必要なものをこの人は何も持っていないし、何も得ようとしていない。
山中 まぁリアリティの部分は今回かなりひどかったですね。前回の応募作の時もそうだったけど、そんなやついねぇよ! ってところが今回物語の根幹の村全体に及んじゃってる。噓でもいいからその状態が成立するなにかを調べたり考えたりしてない感じが強い。ただ、勢いはあるし、書きたいことは伝わってくる。ちゃんとエンターテイメントしようって気合いだけはあるから僕はこの人嫌いになれないんですよ。
平林 資質としてはおそらく、こういうシリアスなものに向いてないんじゃないかな。
林 前半のテンションを続けたほうがいいってことですかね。
平林 教養のいらないものを書けばいいんだよ。必要なのは全国の田中さんを皆殺しにする話ですよ(笑)。
岡村 パクりじゃん!
太田 この人は、今けっこう難しいところにいらっしゃるんだと思うんですね。まず、魅力的な400人の妹が出てくる大噓を書ける器は今のところないんです。そして400人の妹が登場してもいいような辻褄あわせができるクレバーさもない。けっこう足りないものは大きいですよ。佐藤友哉さんだったら、「400人妹機関」とか作るはずなんですよ。大きな噓を、もっと大きな噓をつくことで補強する。
山中 調べるか、噓を作っちゃうか。どちらかを本格的にやるしかない。
平林 この人は調べられないタイプだと思うな〜。となると『彼岸島』と山田悠介さんに学ぶしかないでしょ!
書いた3倍考えよう
太田 次、『キギ』。これ今井さんが挙げたやつですね。
今井 オカルト的な現象が頻繁に起きる高校が舞台で、本当に生徒が失踪したりしているので生徒達は怯えていると。非常に危険な学園なんですけど、学内には、こういった怪事件を解決してくれる「キギ」ってやつがいるという噂があって、問題を抱えた生徒達がキギと接触していくという連作短編です。
平林 僕これだめだったわ。
今井 どの話もうまくまとまってるし、改行や接続詞の使い方がうまくて読ませる文章を書くセンスはあると思ったんですよ。
岡村 確かに。それ以外は何もなかったけどね。
山中 全体の構成も小さな話が連続して繫がっているだけで、大きな話になるわけでもない。僕のイメージだと、『ブギーポップ』シリーズを週刊少年ジャンプで連載しようとしたらこんな感じ。でも勢いが足りなくていつの間にかフェードアウトしてそうな。
平林 この作品の致命的な欠陥は、中立な観測者がいないことじゃないかな? ラスボスであり加害者でもあるキギが一方的に話を紡いでいるから、こいつの話を信じていいのか読者は判断できないじゃん。フェアじゃないよ。
太田 物語の中でどれくらいの魔法が使えるのかとか、妖怪がどれくらいのことができるのかはできるだけ誠実に提示しないとだめだよね。
山中 キギは高校を卒業する度に誰かに受け継がれるってことが最後に明らかになるけど、何でそうなるのかの説明も相当端折ってるよね。
今井 たぶんそこまでは考えていないんだと思います。
平林 考えたり調べたりしなくてもいいように物語を作ってるのが文章から滲み出てるよ。本人はうまいことやってるつもりかもしれないけど、それじゃ作家として成長しないんじゃないかな。
岡村 自分の作品のことだったら何を突っ込まれても答えられます! っていうくらい考えないと作品のクオリティも上がらないですよ。
太田 少なくとも小説に書いてあることの3倍くらいは考えてないと話にならないんじゃないかな。小説家は創作の底を見せちゃダメで、「この人には先がある」って常に読者に思わせ続けなければならない。じゃないと、いずれ読者は新作を買ってくれなくなるんです。だから、小説は小説だけで完成してしまっていてはおもしろくなくて、たとえば氷みたいに水面下に豊かなボリュームを作らないといけないんじゃないかなって思っています。それを可能にするのは著者の教養だったり研鑽だったりすると思うので……投稿者の皆さん、ぜひ頑張ってください。
想像力に酔う
太田 そして次の作品は、と。あ、これ、今井さんはいまいちって言ってたけどおもしろいじゃん!!
今井 『失学園―スクロール・ロスト―』ですね。絶対太田さんは好きだと思っていました。僕は立ち読みしても絶対に買わないですけど。
太田 今すぐデビューできる程ではないけど山中さんはこの作品好きだと思うな。
今井 僕はぴんとこなかったけど、読んでてセンスは感じたので太田さんに渡しました。
太田 この小説の登場人物は現実を違う形で認識してしまう特性、独自の「セカイ」を持っていて、舞台はそういった人たちが集められた特殊な学園なの。
今井 いないはずの鼠を大量に幻視したり。自分をロボットだと思っていたり。同じ教室にいても、全ての生徒が全く違うセカイを見て世界を認識しているんです。
太田 このセンスがすごくよかったね。たとえば、中庭に移動するだけでも「僕のセカイ観では引力が逆転しているので、そこに移動すると僕は空に墜ちてしまうから行けません」なんて言う生徒が出てくるんだぜ!?
岡村 太田さん的には好みだったけど、この設定に今井君はついていけなかったわけね。
太田 “魔法を使えるセカイを持った生徒”VS“自分をロボットだと認識しているセカイを持った少女”みたいなセカイ観バトルが始まるんだけどこれも奇妙でおもしろい。
山中 でも現実世界では何も起きていないんですよね?
太田 何も起こっていないはずなのに実は……ってのがこの作品のポイントなんだよ!! ネタバレすると、異能なセカイ観を持っている人を集めて、○○を次の段階に進化させようとするための実験だったの。○○の気持ちが分かる薬を食事に少しずつ混入させて、各々の生徒が持っている○○○をひとつに統合しようとするんだよ。
山中 ……○○○○計画だ!
太田 要は学園の中だけで新しい○○を作ろうって話なんだけどさ、ラストも秀逸で学園が○○に向かって墜ちていくんですよ!!
岡村 はぁ……。
太田 ある生徒のセカイが○○全体に共有されて、学園が○○に向かって墜ちちゃって何があったか誰も分からないってエンディング。
今井 僕はそのへんついて行けなかったんですよね……。
太田 これは『ジョジョの奇妙な冒険』のストーンオーシャンの世界だよね! 何が何だかよく分からないんだけどおもしろいっていうさ。この人は設定考える才能あるよ。
山中 今井君と太田さんの温度差がすごい(笑)。太田さんちょっと盛って話してません?
太田 みんな俺の言うこと信じてないでしょ!? ちょっと冒頭だけでも読んでみてよ。
世界のすべてを嗤う――それが、白戸恵夢のセカイだった。
常に嗤い続けているため、白戸は発話ができない。嗤いを止めることもできない。当然、まわりからは忌み嫌われていた。
その嗤い声をすこしでも軽減し、表情を隠すために、白戸はマスクをつけていた。小さな顔には似合わない大きなマスク。しかし、マスクは逆効果だった。
マスクには黒のマジックで大きな三日月が描かれ、その中に乱暴にジグザグの線が引かれている。口元が裂けるほどの嗤いのマーク。
外見も内面も不気味な存在だった。
チャイムが鳴り、授業がはじまる。
白戸は嗤い続ける。
なにがおもしろいのか、朽木にはわからない。
太田 ね? ……こんなやつが次々出てくるんだぜ!? 漫画だったらすごいワクワクする1巻になると思う。
今井 他にアドバイスありませんか?
太田 現時点でのこの人の最大の魅力はキャラクターの設定能力で、漫画の1巻の原作としては秀逸なものが書ける人だと思います。が、文章力、構成力がまだまだ足りない。具体的に言うと、小説としてはちょっとポエミーにすぎるかもしれない。そのあたりが弱点だと思います。とはいえビカビカと輝く何かを持っていそうな人なので、ぜひ再挑戦してください。
スクラップアンドスクラップだ!
太田 さてお待ちかね。超問題作だよね〜。『少数派の諸君!そして革命は電撃のように彼方から襲来するのだ!!』。
林 あの外山恒一さんからインスパイアされた学生闘争小説です。主人公は生徒会に参加するはずが、何故か極左団体「我々」にスカウトされてしまう。主人公の明日はどっちだ!? というストーリー。
今井 ヒロインが外山さんの演説を完コピしてるから、Ⓒ外山恒一って書かなきゃだめなんじゃない(笑)?
林 それがですね! 既に外山恒一さんに直接会って引用の許可を貰ってるんですよ。ほら!
一同 マジかよすげ〜〜!!
林 投稿作品でここまでちゃんとする人はなかなかいないですよ。だからこそちゃんと最後まで目を通そうと読み始めたら、すっごいおもしろかった。個人的には過去ベスト級です!
平林 これ僕と同年代の人が書いてると思って読んでたんだけど、この子19歳なんだよね。外山恒一をリアルタイムで観ていない世代なのに何があったんだろう。
太田 いやぁ〜〜、これは今回の白眉ですよ!! まさに今外山恒一をネタとしてぶつけてくるセンスがすごいよ。
林 出オチネタじゃなくて、ちゃんと作品の柱になっているのがうまいですよね。
太田 やっぱり、近年の演説の中で外山恒一の演説は秀でていたってことですよ。今聞いても響くものがあるよね!!(おもむろに演説動画を再生する)
一同 しばし聞き入る
太田 ……やっぱりいいね!!
平林 この人の注目すべきところは、19歳なのに高い教養があるところ。太宰や共産党宣言を本歌取りをしつつ、元ネタの力だけで乗り切らずに、ちゃんと太宰的な文体とラノベ的なキャラクター性を技術的に融合させてる。
山中 でも、みんな盛り上がってるけど、僕はそこまで楽しめなかったんだよ。僕、物語のない話が苦手だから。
平林 確かに物語らしい物語はないよね。キャラクターだけで引っ張ってる。そういう意味では30ページ読んだら満足できる作品だと思う。
山中 とくに大きな危機が起こるわけでもない。いわゆる日常系でしょう。
平林 部活ものの『はがない』とかだったら、この作品の内容って1章かせいぜい1冊の半分くらいだよね。不足している部分を増やすなら、主人公がこの後何かを達成しないといけないんだと思う。
山中 序盤で物語のゴールを設定するとか、何か起伏がないと長編小説としては厳しいよね。
平林 でも難しいところで、ストーリー的に盛り上げるとしたら最後に感動させるような流れになって今のキャラクターを貫徹できないと思う。別の方法で話を持たせるとしたら元ネタをもっとぶっ込んでいくしかないんだけど、そしたらこの世界観を保てるのかって話だよね〜。
山中 このキャラクターを書きたかったってのは伝わるし、それはできてる。しかしそれが小説になっているかというと僕はちょっと分からない。
太田 文体はある、頭もいいし手つきもいい。でもフックが足りなすぎるんだよね。次から次に何かが起こるみたいなところがない分、ワンアイディアで走りきったって感じがするよね。小説としてはもうちょっとサービス精神があってもいい。わりと後半は予定調和だしね。ヒロインにはトラウマがありました、敵だった生徒会長はいい人でしたってさ。
林 彼にはどうアドバイスすべきですかね。
一同 うーん……。
山中 持ってる引き出しが珍しいからそこを伸ばす方向がいい気がする。
岡村 いいものは持っているから、この方向で何とかしてくれって感じだよね。
林 私は彼を応援したいんですけど、じゃあ何ができるのかって考えると難しいですね。
太田 一回会ってきたら?
林 どうしよう……「あなたはマルクスについてどう思いますか?」とか言われても私答えられない!!
岡村 最終的に林さんがオルグされて帰ってきたらおもしろいよね。
太田 それはヤバイ! けどおもしろい!! 林さん、ぜひゴーです。
圧倒的な音楽表現
太田 これは前回話題になった人の作品ですね、『音楽の捧げものなんていらない』。
林 今回も音楽をテーマにした作品で、パイプオルガンを巡るお話なんですけど、みなさん、鞴師って何か分かります?
一同 知らない……。
林 私も知らなかったんですけど、パイプオルガンって鍵盤を押すだけじゃ音は出なくて、パイプオルガンに風を送る人間、つまり鞴師がいないと演奏できないんですって。主人公は自分のパイプオルガン作りの師匠の代わりに、ドイツ・ライプツィヒに実在する聖トーマス教会の鞴師として従事することになるんですけど、そこで、ライプツィヒの看板娘としても知られる鞴師の女の子と、聖トーマス教会専属のパイプオルガン奏者の少女と出会って、二人の因縁と、教会の闇を知ることになるんです。
平林 前回は異能ものだったけど、今回はリアリティのある音楽ものにふったんだね。
林 そうなんです。しかも前回あったヒロインに対しての指摘を今回のダブルヒロインでしっかり汲んでくださったのかな、と思います。このヒロインの設定もすごくうまくて、鞴師の女の子はあのバッハの子孫で、パイプオルガン奏者の少女は、バッハのライバルと言われたルイ・マルシャンの子孫なんですよ。ちょっと調べてみたんですが、二人のうちどちらが本当に優れた音楽家であるかを時の権力者が競わせようとして、結果マルシャンが対戦を放棄して逃げてしまうという逸話が本当にあったそうで、これが物語中でも非常にうまく引用されています。この2人の世紀を超えたリベンジマッチがクライマックスになっていて構造としても巧いんですけど……ラブコメ的要素にちょっとのれなかったですごめんなさい。
山中 というわけで林さんからバトンを渡されちゃったので僕が引き継ぎます。前回も上手いなと思いましたが、前回の座談会をうまく吸収してくださったなという印象です。まず方言。
平林 あったね、前回は地の文も会話もすべて方言だった。
山中 今回は地の文がなんと標準語に!
一同 (笑)
山中 会話も、主人公とその幼馴染みだけ方言なんですね。もちろん設定上ドイツ語で会話していることになってるので、なまりがあるとして解釈されてるんですが、現時点ですでにこの人の文体になっているなという印象があります。クセのある会話文なんだけど、読めなくはないし、勢いのある言葉遣いでリズムが生まれてて、これはいいんじゃないかと思います。
太田 前回は賛否両論あったけど、これはいいってことね。
山中 あと、本当にこの人は音楽が好きなのですね。よく調べてるし教養も深い。パイプオルガンの奏者が空気の流れを変えるための仕組みを「ストップ」と言うのだそうですが、英語の「Pull out all the stops.」――意味は「あらゆる手段を尽くす」という慣用句なんですが、これはこのストップが語源なのだそうで、おもわず「ほー」となってしまいました。
一同 ほー。
山中 冒頭のパイプオルガンを調律してるシーンはほぼ完璧な冒頭だと思います。そしてバッハとマルシャンという逸話をベースにしたり、教会の闇の部分である「賭け演奏」を物語の軸にしたりと、ストーリーを仕立てる基本的な部分もかなり高い水準にあると思います。ただ、林さんがラブコメ的要素といったのはここだと思うんだけど、キャラクターの言動にブレがあって、ときどき物語のリアリティを超えてデフォルメ化されてるときがあるんですよね。
林 といいますと?
山中 主には教会に従事する指導者のカントルと、幼馴染みがこの物語を壊してる。前者は鞴師の女の子、桜にちなんだキヨラオーカって名前なんだけど、この子のことが偏執的に好きすぎて呼称がほぼすべて「サクラちゅわん」ってなってたりする。後者は少年合唱団に、女の子なのに合格してしまったという設定なんだけど、こちらは主人公が好きすぎて秘密にしたいのか正体がバレていいのかよく分からない行動を取る。この物語のリアリティからするとかなり逸脱した言動になっちゃうから、どれだけシリアスなシーンでもギャグっぽくなっちゃって冷めるんですよ。どちらも安易に記号的に足されてるからあまり必要のない設定になってるし、後者の幼馴染みに至っては物語上必要のないキャラクターになってるとすら思う。
太田 なかなか手厳しいね……。
山中 あとは物語の構成ですね。「賭け演奏に囚われている奏者のヒロインを助けるため」、という物語上の目的の提示が遅すぎます。最序盤のパイプオルガンのシーンはすごく読ませるので、まずそこから物語を動かすのはいいとして、その後のゴール設定ははっきりした方がいいでしょう。この「音楽的知識をベースにした小説」というのはすでにこの人ならではの小説に達している気がするので、小説を学ぶよりドラマの仕立てを学ぶべきですね。ありきたりなアドバイスですが、ベタなハリウッド映画をストップウォッチとメモ帳片手に見て、キーの部分と時間軸を照らし合わせてみてください。しかしいいもの見せて貰った気持ちです。次も期待しています!
太田 山中さん引き継ぎありがとう。これは教養が必要とされる作品を最初に林さんに振り分けた僕のミスですね。ぜひ再挑戦をお願いしますね。
受賞作なし! 冬来たりなば春遠からじだ!!
太田 今回は残念ながら受賞作なしという結果に終わりました。うーん、最近低調なのが続いてますが、中村あきさんや伊吹契さんが出てくるまで1年くらい谷があったしね。嵐の前の静けさだと思いましょう!!
今井 受賞こそないものの送られてくる作品のクオリティが下がっている訳じゃないですし。
太田 (しんみりして)なんかさあ、今回の座談会でふと思ったんだけどさぁ、みんな成長したよね。俺がいなくても座談会ってきっと盛り上がるんだよな……さびしいよ俺は。
山中 なにいってんすかー太田さんいないと締まんないっすよー(棒読み)。
一同 (爆笑)
林 今の、自動返信するTwitterのbotみたいでしたね。
太田 いいよ……もう。YOUたち早く一人前になって克史にハリウッド利権とかを持って来てよ!!
林 『All You Need Is Kill』みたいなことですか?
太田 そうそう。僕には夢があるんですよ。いつかマイケルと仕事するんですよ。
山中 どちらのマイケルさん……?
太田 いや、まだマイケル(仮)なんだけど。たぶん映画のプロデューサーとかだよマイケルは! アメリカどころか世界中がひっくりかえるような作品を一緒に作ってさ、ヘブン状態。金髪のジェニファー(仮)と一緒に豪遊だよ! みなさんこの僕の夢を応援してくださいね。ハリウッドに豪邸建てるからみんな遊びに来てよ! みんなに一部屋ずつあげるよ!
一同 は、ははは……(乾いた笑い)
太田 いやいやいやいや!!! そのくらいでっかい夢みようよ! 一発『スター・ウォーズ』みたいなの当てれば余裕だから!
今井 「一発スター・ウォーズ」ってのいいですね。
林 この新人賞から『ハリー・ポッター』を出すしかないですね。あれはJ.K.ローリングのデビュー作ですよ。
太田 応募する人もそれくらいの夢を持って挑んで欲しいんですよ。で、本当にハリポタになったら、ハリウッドの僕の豪邸の横にもっとおっきい家建ててあげるからさ! ……というわけで次回に続きます!! 次の締め切りは2014年12月8日(月)です!
一行コメント
『ワールドエンドランドマークス 終わりの遊園地』
この日本語は辛いです。また、本文と梗概でキャラクターの名前が違っているのはどういうことなんでしょうか……。(平林)
『東京明治奇譚 煉瓦街三国志』
「明治初年」と書いてあるのに銀座煉瓦街ができていたり、「先日、三井銀行が設立」されたりしていて非常に気になりました。 (平林)
『花狩物語―SACRED HUNTERSはなものがたり-セイクリッド・ハンターズ』
設定が地の文でずらずら語られるのはエレガントではないです。 (平林)
『妙なるバカへ、花束でも』
キャラ付けの方法が安易すぎます。表面だけでなく、もっと内面も考えないと作り込みが浅いことはすぐバレます。(岡村)
『チェリー×ヴァージン≒キル/ゼム/オール』
品がないです。品位を犠牲にして、他のおもしろさを引き立てるならまだ良いですが、別にそういったこともなかったです。(岡村)
『悪夢の方舟』
癖になる世界観ではありますが、状況描写が長く散漫な印象を受けました。どこが見せ所なのか意識して再チャレンジをお願いします。(林)
『無人の境目‐an Uninhabited of boundary line-』
キャラクターの会話や行動に物語としてのリアリティを感じられません。尺も長すぎます。(山中)
『土地神戦争 マキマサの変』
設定にも物語構造にも、既視感がありすぎます。(今井)
『不思議のキャロライン』
キャラクター、台詞、設定、すべてが古すぎです。一周まわっておもしろいですがこれはだめです。(林)
『異世界史の行間』
淡々と始まってそのまま終わってしまった感じ。時折入るパロディや品のない単語も、全く必要ないと思います。(岡村)
『ランガイ!』
作品が完結してるとは思えない終わり方です。主人公も正直、居る意味あるの? という印象でした。(岡村)
『焦天回廊~歩み続けるその先に~』
新人賞あるある「ラスボスが叫んで死ぬ」。本文もよくある感じでした。(林)
『マトリョーシカの孵化はひとりでに-memento mori-』
まずは「てにをは」をしっかりしましょう。(林)
『掌上の雪』
物語にリアリティがありませんでした。異能ものな異能もので、その中でリアリティを作る必要があります。過去の座談会を読み直してみてください。ただ、テンポは素晴らしかったです。持ち味になると思いますので、それを活かし、またぜひ、別の作品を書いてみてください。(今井)
『スノーラビットは絵本の中で』
良く言えば王道。悪く言えばベタベタ。全てが60点、という感じなのでもう一歩突き抜けたものが欲しい。(岡村)
『小さな奇跡のその後で』
話がとっちらかりすぎ。何が書きたいのかわかりませんでした。(今井)
『操重王ドジャイデン』
10ページまでは楽しく読めましたが、この文体で最後まで押し切るのは無理です。(林)
『フルセット型』
情景が浮かんできませんでした。言葉が足りないのではありません。言葉選びの問題です。(今井)
『シューゲイザー』
ミステリーとしては弱い。青春ものとしては必要と思えない性癖描写が多い。ストーリーとして何が売りなのかわからないです。キャラクターと読みやすいシンプルな文体は好きでした。(岡村)
『雨粒の王』
主人公が悪者なら悪者なりに読者が応援したくなるフックを作るべき。あとヒロインちょろすぎ。(林)
『カゼフクニライ』
設定はおもしろいですが、残念ながら物語を説明する筆力が不足しています。(林)
『プラットフォーム・ブルース』
キャラクターに魅力を感じません。物語の中でキャラクターが最低限の演技をしているような読後感でした。(岡村)
『宙に死すべし』
難しく書こうとしているのか、物語としてのおもしろさの部分が置いてけぼりになっているように思います。(山中)
『青春スパイラル ~七夕のキセキ〜』
七夕に誓った願いが叶ってしまうのはいい。でもそれぞれの願いが独立しすぎているのか、物語に重層的にかみあってないのはまずいでしょう。(山中)
『Unbirthdays』
設定は美しいです。物語とキャラクターがその設定を活かしきれていないのが残念でした。(岡村)
『迷子のための物語』
「どこかで聴いたような話」の域を出ていません。(今井)
『ワタシ、ノ、ソンザイ、』
思いつきのアイディアを繫げた、いきあたりばったりな印象を受けました。(林)
『堕忍』
忍びの世界がまったく魅力的に描かれていませんでした。 (平林)
『エンムスビ』
オチが凡庸で、そこに向けた盛り上がりもありませんでした。「失恋パーティ」以外の方法で、物語を盛り上げることはできなかったでしょうか?(今井)
『SとMの女神たち』
キャラクターや地の文でなにもかも語るのではなく、行動によって物語は提示されるべきではないでしょうか。(山中)
『HYSTERESIS』
冒頭のシュチュエーションはわくわくしましたが、人物配置や状況説明が煩雑すぎて頭に入ってこなかったです。(林)
『FULL BLACK GHOST 漆黒の葬霊官』
厨二的な異能もの。それ自体は良いのですが、このジャンルを描くのであれば、さすがに何か目新しさが必要です。(岡村)
『マッシュルーム・パンデミック』
稚拙でした。(岡村)
『Rif:fractive』
良いところがありませんでした。小説を書くことについて、根本的に見直したほうが良いと思います。(岡村)
『駅猫』
もう小鳥遊って名字禁止にしたい! (平林)
『ティアドロップスカット』
冒頭が十分に読ませる作りで期待が持てたのですが、中盤から物語の起伏が急激に乏しくなり、展開も想像の範囲を超えたものではなかったです。(山中)
『癒えない天使』
異能バトルものですが、何がというより全体的にとても読めたものじゃないです。(岡村)
『カルナバル』
3期連続の応募を可能にする速筆っぷりは素晴らしいと思います。ただ、今回ふくめ、いずれも凡庸です。(今井)
『グッドメディスン』
「スタディクション」の設定はおもしろかったです。しかし、そのすばらしい設定が、物語に生かされていませんでした。(今井)
『ハイエンド ウィズ アース』
おもしろくなかったです。 (平林)
『飛蝗失墜』
オリジナリティを造語に頼るのは構わないのですが、それを設定として活かすためのリアリティが足りません。(山中)
『音無鈴蘭の心探し』
名詞センスや台詞回しが化石のように古く感じました。(岡村)
『マタニティ・ボーイ』
タイトルいいと思います。設定も悪くありません。ただ、主人公に人間味がなさすぎて、感情移入できませんでした。(今井)
『銀の鏃~余命十四秒のタイムラグ~』
ストーリーの軸がはっきりしないため読みづらく、また肝心のストーリーも単調です。(山中)