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カテゴリ: 編集部より

記事カテゴリ:作品

みずかき

 会社の飲み会で、蛙のからあげが出された。

 私は手をつけたくなかったものの、隣に座っている部長が喰ってみろ、喰ってみろ、とうるさいので、とりあえずひとつ食べた。

 思ったより生臭くない、鳥のからあげのような味がした。でもその蛙のからあげは、私の喉を通るあたりで、小さく「行ってくるよ」と言った気がした。私は辺りを振り向いた。みな、酔っていて、訳のわからないことを喋っている。空耳だろう、と私はウーロン茶を飲んだ。

 帰宅して、バスタブにお湯をいれている間、喉が渇いて、水をごくごくと飲んだ。食欲がなかった。だから今日の飲み会はつらかった。ウーロン茶を飲んでいたのは、私のお腹に小さな命が宿っているからだ。

 だが私に夫はいない。子どもの父親は取引先の既婚者で、私に子どもができたことを知らない。きっと堕胎しろといわれるからだ。私はこの小さな命をひとりで育てていく、と決めていた。

 会社も変わらなければいけないな、と私は思う。でも私の仕事は薬剤師なので、就職先は割合早く見つかると思う。

 そして季節が変わり、出産の日が来た。陣痛がこんなに痛いものだとは思わなかった。それでも私は赤ん坊を産んだ。

 赤ん坊をとりあげた助産婦が、黙ったまま、赤ん坊を見ている。医師もじっと赤ん坊を覗きこんでいる。私は不安になった。

「どうかしたんですか」

「あのね、奥さん。気持ちをしっかりもってくださいね」

 私の心臓の鼓動が高まった。

「奥さん、赤ん坊は元気です。ただ手足にみずかきがあります」

「みずかき?」

「そう、蛙のような……

 医師の言葉に助産婦が笑顔を見せて、「大丈夫、形成手術をすれば普通の手足になりますから」と重ねて言う。

 私はいつか食べた蛙を思い出した。

「行ってくるよ」と囁くような声。

 私の赤ん坊はたとえ手術を受けても、きっとまたみずかきがはえてくるだろう、と思った。そしてそれはその通りになった。手術を何度繰り返しても、みずかきは悪魔の耳ダニのように戻ってくるのだ。私はもうつらい手術をさせることなく、みずかきの持った、父親のいない子どもを愛した。

 子どもは蛙が好きだった。六月の雨の街路樹を歩いていると、大きな雨蛙が何匹も顔を出した。子どもは嬉しそうに笑った。

 それから年月が経ち、みずかきのある子どもは美しい娘になった。その子のお腹がどんどん膨らんできた。娘もまた妻子ある男に孕まされた。

「なにがいけないの? お母さんもやってきたことでしょう?」

 娘は友達が開いてくれる誕生パーティに出かけていった。

 そして臨月が来た。

 私は待合室でじっと待った。

「お母さん」と顔色の悪い医師に呼ばれ、分娩室に入った。そこにはみずかきのある赤ん坊がいた。

「蛙を食べたでしょう?」と私は訊いた。娘は案外けろっとして、「そういえば友達が開いてくれたパーティーは中華だった」と言った。中華料理なら蛙が出てもおかしくない。

「でもいいよ。私、蛙が好きだし、蛙も私を好きだし」

「蛙も?」

「うん。蛙を食べる時に『行ってくるね』と声が聞こえたもの。あの時蛙が私の中に入ったんだよ。それにね、お母さん、今まで黙っていたけれど、蛙は未来のことを教えてくれるの。だから私はみずかきがあってもなんとかやってこれたんだよ」

「妻子のある男の人を好きになることも?」

「それはお母さんもそうじゃない。私は後悔してないよ。この子が産む子どもにも、きっとみずかきがはえているよ。運命なんだ。逃れられない」

 私は娘と孫の薄い膜がはったようなみずかきをみつめる。赤ん坊は真っ赤だ。

 娘が退院したら、みんなで蛙を食べに行こう、と私は思った。

 気が付いたら私の手にもみずかきがはえていた。みずかきのあるまま、死に向かう、私はもうそんな年齢をむかえつつあった。

(written by 白倉由美



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